狼と人
お披露目式は、歓声に包まれながら無事終了した。
めったに入ることのできない王宮、そして人気あるミアの結婚のお披露目式ということで、国民の盛り上がりは想像の数十倍だった。
バルコニーに王と王妃、そしてミアとガイアスが現れると歓声が上がり、手を振ってそれに答えた。
ガイアスは、このような大きな式に主役として参加するのは初めてだ。緊張で、ミアと繋いだ手にはしっとりと汗をかいていた。
『ガイアス、皆喜んでくれてるね』
『そうだな』
ミアが歓声の中話しかけてきたことで、ガイアスの緊張は少し解れた。そんな二人の様子を、先に席についていたラタタ家とジャックウィル家の皆は後ろから見守っていた。
「俺達はガイアスの屋敷に顔を見せに行ってくるから」
「夜の食事会までには必ず戻るんだぞ。今回の主役はお前達なんだからな」
広い休憩室に集まる家族にミアが告げると、カルバンが涙で腫れた目のまま言い聞かせる。
「はーい」
兄の言葉に返事をし、ガイアスの腕を取るとサバルの屋敷の前まで転移した。
「おかえりなさいませ」
執事であるロナウドの声を聞き、屋敷の使用人達が続々と集まってくる。皆、ガイアスとミアの姿に目を奪われていたが、慌てて祝いの言葉を述べた。
「う、うう……ガイアス様、ミアさ、ま……グスッ、」
「わぁぁ、ご結婚本当におめでとッ、ござ……いますッ」
涙腺の弱いメイド二人がボロボロと涙を流しながら祝福する。
「まったくこのようなハレの日に……」
メイド長のレジーナはそう言いつつも、用意していたハンカチを二人に手渡した。
ずっと見守ってきたガイアスが結婚とあって涙腺を刺激されたのか、料理長のバンチョスもぐっと拳を口に当てる。
「あれ? 料理長、泣いてるんですか?」
皆がつっこまずにいたにも関わらず、見習いのウィンは顔を覗き込んでニターッと悪い笑みを浮かべている。
「うるせぇ! 黙れ!」
「いったッ!」
結局いつものようにゲンコツが頭に落ち、のたうちまわるウィン。庭師のイーロイも、その見習いのダンもそれを横目で見て溜息をついた。
明るい声が響く玄関で、ロナウドがガイアスとミアに声を掛けた。
「私はガイアス様が生まれた時からお側に仕えさせていただいておりますが、今日ほど嬉しい日はございません」
ロナウドはそう言ってにっこりと微笑む。
「これからも仲睦まじいお二人を見守ることができること、心から楽しみにしております」
「ああ。これからはもっと賑やかな屋敷になるだろう。よろしく頼む」
(ミアがこの屋敷に来るようになってから、屋敷の雰囲気がずいぶん柔らかくなった)
ミアの影響で、最近屋敷へ頻繁に訪れるようになったガイアスの兄達。最近では、ミアの家族も屋敷へ遊びに来た。
客人の訪問で仕事の張り合いがでてきた使用人達は、皆活き活きと働いている。
そんな変化はガイアスにとっても喜ばしく、この屋敷にはミアが必要なのだと改めて感じる。
「少し森に寄っていこう」
「いいね。でも、ジャックウィル家の皆は大丈夫かな?」
ミアはその提案に賛同しつつも、王宮に残しているガイアスの家族のことが心配になった。
初めて訪れたシーバ国の宮殿。王族が勢揃いの中、彼らがどんな様子でいるのか……
(お兄さん達、緊張で固まってるかも)
ガイアスもそれを聞いて、兄達がどう過ごしているのか気になった。
ガサツな三人の兄達が大人しくしているところは少し見てみたいが、準備ばかりで忙しかったガイアスは、ミアと早く二人きりになりたかった。
「大丈夫だ。シュラウド兄さんがいる」
「はは。なら、大丈夫かな?」
シュラウドならば、どんなに緊張した場でも和ませることができるはずだ。後は彼に任せておこうと、二人は使用人達に見送られて森へ転移した。
「なんだか久しぶりに来た感じがするね」
「最近は予定が詰まっていたからな」
出会ってから一番忙しかった今月を振り返る。
平日はお互い仕事があり、その後は式の準備、そして週末はお互いの家へ行き来し衣装合わせや家族での食事。最後に森に来たのは一か月以上前だ。
「やっと二人きりになれたね」
「そうだな」
ミアも同じように思っていたのだと分かり、嬉しくなったガイアスはそっと小さな手を握った。
歩いて湖の近くに行くと、椅子に腰掛ける。設置されたテーブルと椅子は、ミアが二人で休むためにとガイアスにプレゼントしたものだ。机には、ガイアスが告白の時に用意したキャンドルのうちの一つが置かれている。
「俺達、結婚したんだね」
「そうだな。今更実感してきた」
そう言って隣に座るミアの頬を撫でるガイアス。ミアはそれにすり寄るように頬を寄せると、ふふっと笑った。
「ミア」
ガイアスは真剣な声で話し始めた。
「この森に来てくれて、ありがとう」
「ガイアス……」
「ミアと出会わなければ……俺は一生、愛することを知らなかった」
突然の告白にミアは顔が熱くなった。
「屋敷もそうだ。皆が楽しそうに働いている姿を見ると、ミアが来る前は、寂しく暗いものだったんだと気付いた」
ミアをはじめ自衛隊の者や兄達が遊びに来る機会が増え、使用人達は屋敷の管理に一層力を入れている。
そしてミアが屋敷に来ない日も「ミア様が帰られた時には」「ミア様にこれはどうか」と、使用人達の話題の中心はいつも白いふわふわの狼だ。
「俺は世界一幸せだ。これからは、俺がミアを幸せにすると誓う」
ガイアスの言葉に、ミアはぎゅっと胸が締め付けられる。そして自分の気持ちも素直に伝えたいと思った。
「見つけてくれてありがとう」
ガイアスが自分を探し続けてくれなければ、出会うことも無かったのだ……こうして結婚できた奇跡をかみしめる。
「俺だって、ガイアスのこともっと幸せにする」
ガイアスに近づき、頬に両手を添えてその目をじっと見つめる。
「ガイアス、愛してるよ」
心から幸せだと笑うミア。
ガイアスはその身体をぎゅっと抱きしめた。
「俺も、愛してる……ミア」
少し震えた声。ミアは大きな背中に手を回した。
大きな人間と小さな狼が、この森で出会って恋をして、家族になった。
水面にキラキラと光が反射した美しい森の中で、二人はどちらともなく唇を近づけた。
◇◇◇◇◇
「ガイアス、今夜からシーバで過ごすんだよね?」
「そうだな。明日は朝からカルバン様と乗馬の約束もあるからな」
「また~?」
不機嫌な反応を示すミアを見て、ガイアスが笑う。
結婚し晴れて家族となった二人。
現在、ミアはガイアスの屋敷に住んでいる。そして、週末や長期休みの時には、二人でシーバ国の王宮で過ごすのが習慣になっていた。
今日は平日最終日であり、仕事終わりのガイアスは今夜からシーバ国に泊まる予定だ。
「無理に兄様の言うこと聞かなくていいから!」
「いや、俺もカルバン様といるのは楽しい」
その言葉に口を尖らせるミアと、面白そうに笑いながら白い耳を撫でるガイアス。
ミアは部屋で着替えている夫を、ベッドに腰かけて待っている。
一応、隣にミア専用の部屋もあるのだが、ミアはそこにはほとんど立ち入らない。ガイアスの部屋か一階で過ごしてばかりで、ミアの部屋は片づけた当初のままだ。
「俺の前に乗ってくれるだろ?」
「兄様と二人きりがいいなら邪魔しないけど」
「ミアが来ないなら断る」
その台詞に満足したミアは、拗ねた顔を少しだけ元に戻した。
「しょうがないなぁ」
やれやれといった口調だが、後ろでは尻尾が揺れていた。
(ミアは素直で助かる)
ガイアスは笑いが零れそうなのを抑えて、ミアに支度が出来たことを伝える。
「待たせたな。シーバに向かおうか」
「あ、もうこんな時間だ」
部屋を出て階段を降りると、ロナウドとレジーナが見送りに出てきた。メイド二人も後ろから顔を出す。
「今週末もシーバ国におられるのですか?」
「たまにはこちらでお過ごしになってください」
「こら、貴方達」
寂しいと苦言を漏らすメイド達を、レジーナが諫める。
「来週末はこっちで過ごすよ。皆で庭で火を起こして調理するのはどう?」
ミアは微笑みながら提案する。カミラとメイはそれを聞き、表情を明るくした。
「では、すぐに料理長にご相談します!」
「待ちなさい。お見送りが先です」
走り出しそうなメイド達を、レジーナが止める。
まだやりとりは続きそうであり、ロナウドはガイアスに目配せをした。
「では、明後日戻ってくる」
「行ってきまーす」
ミア達は手を繋ぎ、シーバ国の王宮へと転移した。
ミアの部屋へ転移して、すぐに食堂へと向かう。その途中、廊下でばったり会ったリースが声を掛けてきた。
「あ、来てたんだね! 兄様が首を長くしてガイアスさんを待ってるよ」
「では、急いで行かないとな」
ガイアスが真面目に答え、リースが笑って頷いた。
食堂では、席に座っているカルバンが手を挙げた。
「よく来たなガイアス」
「カルバン様、お久しぶりです」
カルバンはガイアスを手招きして近くに座らせる。
「食後に一戦どうだ?」
「ちょっと兄様! 夕食もまだなのに、勝手に食後の約束しないでよ!」
前回、食後にガイアスとボードゲームをしたのが随分楽しかったようで、誰よりも先に声を掛けたカルバン。
ミアは策士な兄に文句を言った。
「何? ガイアスは私と酒を飲む約束をしているぞ」
「酒はゲームの後です。酔っていては勝負にならない」
アイバンも席に着き、会話の輪に入ってくる。
「酒なら私が後日、父上のお相手をします」
「カルバンは酒が弱いからつまらん。つまみの趣味も上品すぎて合わんしな」
「私は弱くはありません!」
軽く揉める親子に、ミアはぷるぷると震えて拳を握る。
ガイアスが家族と仲良くなったことに関しては嬉しく思うが、そのせいで二人きりの時間は確実に減っていた。モヤモヤとするミアは、父と兄の間に無理やり入っていく。
「ちょっと、俺のガイアスなんだから!」
自分に断りを入れろと尻尾を立てるミアは、横にいるガイアスにどうどうとなだめられている。
そして、その様子を困った顔で見守るリース。母・シナとカルバンの妻・メルは、気にする様子もなく幼い子供達を抱き、席で談笑している。
日が落ちて、辺りはすっかり暗くなる。
王宮では黄色い温かな灯りが窓から零れ、そこから聞こえる狼と人の楽し気な声は、夜遅くまで響いていた。
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