騒がしい昼休み
目を覚ましたミアは、自分が自室のベッドで寝ていることに気づいた。
見知った天蓋が目の前に広がり、部屋は少し暗くなっている。
「ん……ガイアス?」
「ガイアス様ならお帰りになられましたよ」
「……イリヤ⁈ なんでここに!」
「私はあなたの従者ですよ。お部屋にいて何かおかしいですか?」
(えっと、ソファでガイアスに抱っこしてもらって……
まさかイリヤに見られた⁈)
「あのさぁ、イリヤ……えーっと、」
探りを入れようと声を掛けると、イリヤが説明を始めた。
「ガイアス様からは、ミア様が疲れてベッドで眠ってしまったと聞いております」
ひとまずイリヤには、恥ずかしい体勢を見られていないのだと安心する。
「ガイアスはどうやって帰ったの?」
「私が自衛隊本部までお送りしました」
「ありがとね」
申し訳ない気持ちを込めつつイリヤに礼を言う。
「いえ。ガイアス様は、なかなかに好青年でした」
「え、珍しい! イリヤが人を褒めるなんて」
共に過ごす時間が一番多いミアですら、褒められることは少ない。
「いつもうるさいミア様の相手をしていますから、無駄なことを喋らない方と話すと安心します」
「俺はうるさくない!」
言いたい放題な従者にミアが言い返す。
「はいはい。では静かにパーティの準備をしてください」
「げ、もうそんな時間?」
「急がないと、またカルバン様に怒られますよ」
「……服を用意しといて」
ミアは掛け布団を退けると、ベッドから降りて浴槽へ向かった。
「ふぅ~……」
気持ちの良い温度の湯につかりながら、ミアは今日の出来事を思い出していた。
ガイアスの『好きだ』の言葉が頭の中で反芻する。
(夢じゃないんだよな……)
ガイアスの剣舞や正装した凛々しい姿。この部屋での甘い顔を思い出し一人でニヤニヤとしていると、風呂の戸が無遠慮に開けられた。
「ミア様、早く上がってください。パーティに間に合いませんよ」
「わっ、邪魔しないでよ!」
「……何の邪魔をしたって言うんですか」
理不尽な……と怪訝な目でジロリとミアを見る従者。
(また夜にでもゆっくり思い出すか)
ミアは諦めて浴槽を後にした。
お披露目式後のパーティは無事終わり、応接室に移動したラタタ家とサバル国王の親族は、まるで宴会のような状態になっていた。
「兄は、兄は、お前達が大好きなんだッ!」
カルバンは、次期王と呼ばれる威厳ある姿を捨て、今はただの兄として弟妹をぎゅっと抱きしめた。
「分かったって。もう何回目だと思ってんの……」
ミアが呆れた声で言う。
「いいじゃない、こんなに酔ってるカルバン久しぶりよ」
「ちょっと面白いけど、苦しい」
姉はこの状況を面白いと笑い、リースは腕の力に苦しみながらも嬉しそうだ。
「面白くないよ! 姉様とリースは三回目くらいだけど、俺はもう十回はやられてるんだから!)
しかも、その度に「あの男には渡さん!」と言われ続けるミア。
「もう、やめてってば」
ミアはカルバンの腕をはがしながら、その顔を見上げる。
「お前は、兄が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないってば。兄様、今日はどうしたんだよ」
カルバンは泣きそうな顔でミアを見下ろしている。
「カルバンは寂しいんじゃない? ミアが剣の師匠にばっかり懐いてるから」
スーシャはミアの肩をポンポンと軽く叩く。
「懐いてるって何……俺とガイアスは、」
「あら、どんな風に仲良しなのか姉様に詳しく教えてくれるの?」
「え……ッ」
顔を赤くするミアに、姉がクスクスと笑っている。
「おい、なぜ赤面するんだ! おかしいだろうッ!」
「やめなよ兄様!」
「ダメだ、ミアは俺のものだ! リース、お前もだ!」
リースも巻き込み、ギューッと抱きしめてくる兄の腕。さっきよりも力が強い。
「くるしいってばー!」
「やめてよー!」
「あらあら、大変」
叫ぶ弟達の姿を、笑いながら見ているだけの姉。
(お義姉様……! 早く帰ってきて!)
ミアは、子ども達を寝かしつけに戻ったカルバンの妻の、一刻も早い帰りを心から願った。
◇◇◇
式の翌日、執務室に出勤したガイアスは、いつもと変わらない隊員達の様子に少々疑問を持った。
朝から隊員達が自分を囲み、昨日のアレは何なのだと質問攻めにあうのを想像していただけに、この静けさに違和感を覚える。
すでに噂が他の隊員達に回っていると予想していたガイアスだったが、「おはようございまーッス」と挨拶し、自分の前を過ぎていくマックスを見ると、噂にはなっていないのだと確信する。
ミーハーなマックスのことだ。昨日の控室での出来事を聞いたら、飛んできて根掘り葉掘り聞いてくるはずだが、それもない。
ガイアスは、剣舞に参加した男達を思い浮かべる。
(昨日のこと、誰も漏らさなかったのか……)
午前中、自分の元に助言を求めに来た隊員達も、いつも通りの態度だった。
なんて素晴らしく出来た人達なのだろうか。ガイアスは剣舞のメンバーの口の堅さに、有難いと思うしかなかった。
そろそろ昼になろうかという時間。
ガイアスが食堂に行こうと席を立ったところで、扉がバンッと勢いよく開いた。
急ぎ足で入って来た五人は、昨日の剣舞に参加していた者達だ。
「ガイアス、会議室を予約してあるから行くぞ」
「弁当も注文しておいたから安心しろ」
男達は口早にそう言うと、返事を待たずにガイアスの腕を引き、あっと言う間に会議室へ足を進めた。
「……あの、」
「さぁガイアス君、昨日のことをお兄さん達にちゃんと話しなさい」
昨日の剣舞で揃った二十四名の団員が、目の前にズラッと並んでいる。そして、皆より一歩前に出た第四隊隊長・バルドが、ガイアスに『話せ』と圧をかけてきた。
「暇なんですか?」
「おい、ふざけるなよ! 昨夜と今日の午前中に死ぬほど仕事して時間作ったんだよ!」
「そうだ! だから早く話せ!」
ヤイヤイと野次を飛ばす隊長陣と、「まあまあ座って」とガイアスに席を勧める数名の副隊長達。
その他の団員達は、ワクワクと席で待っている。
「何を聞きたいんですか」
「おいおい、しらばっくれてんじゃねぇぞ~」
「全員見たんだからな」
「ミア様と公開キスしたってのに、知りませんじゃ済まされねぇぞ」
ワイワイと盛り上がる男達に、自衛隊を取り仕切る人達が、一体何をしてるんだと呆れてしまう。
(ごまかせる状況ではないな……)
それに、昨日と今日だけではあるが、ミアとの件を誰にも言わずにいてくれた信用できる人達だ。
「最近知り合い、良くさせていただいてます」
「なんだって! ミア様と知り合いだったのか⁈」
「どうやって知り合ったんだ……シーバの王子だぞ」
詰め寄ってくる団員達に首を振る。
「それは、彼の許可がなければ話せません」
『王族の許可がなければ』という話に、もっと深く聞きたい男達もしぶしぶ納得した。
「彼から招待状を貰い、昨日の午前中は棟から式を見ていました」
「ミア様から直接……!」
ゴクリと喉を鳴らす団員達。ガイアスの話の続きが気になり、皆静かに耳をそばだてている。
「そして昨日、ミア様に好きだと伝え、彼も応えてくれました」
その言葉を聞き、「うぉおおおおおお!」と大声で盛り上がる会議室。
なんなんだ……とガイアスが眉をひそめる。
(宿泊学習の夜でも、こんなに大声では騒がなかったぞ)
ガイアスは遠い日の学生時代を思い出す。目の前の男達は三、四十代であり、世間一般的には落ち着いている年代にも関わらず野太い声で騒いでいる。
「二年間の遠征中、偶然ミア様に会ったんじゃないか?」
「ミア様の美しさに、ガイアスがナンパしたに違いねぇ」
「いつもは堅物のくせによ~! すみにおけねぇなぁ~」
「こういうタイプは、むっつりで手が早いんだ」
「それからガイアスがしつこく迫って、しかたなくって頷いたんじゃねーかな?」
「可哀想なミア様」
妄想で好き勝手に話し出す男達は、仕事では頼りになる素晴らしい存在だが、集まると子供っぽい一面がある。
今も盛り上がり冗談を言っては、ど突き合っている。
「それで、今度はいつ会うんだ?」
団員達はガイアス抜きに楽しんでいたが、ワクワクとした表情で一人が問いかけてくる。
「自衛隊の本部には連れてこないのか?」
「ミア様とは出会ってどのくらいになるんだ?」
「おいおい、お互いどう呼び合ってんだ?」
「いつも会って何してんだよ」
相手が王族とあって、皆も軽い話題を選んでいるようだ。
次から次へと飛んでくる質問に、休憩時間が過ぎても帰れないことは明らかだった。
(今日は残業だな……)
ガイアスは、一人目の質問をもう一度聞き直した。
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