第三十六話 物の怪説明書

「…今から何しでかすんですか!?」


「しっ!誰かに見つかったらどうするのっ!」


現在、清子と秋葉と私は右大臣家へ不法侵入…ではなく物の怪を用意するために少しお邪魔させてもらってる。

そもそも入り方なんだけど…。


「秋葉様、ここの壁がボロいですよ。」


「でかしたわ。じゃあそこに穴を作りましょう。」


一番老朽化が進んでいそうな場所を殴るとあっさり穴が開く。そりゃもう腐りかけの木で作られてるところがあったらねぇ…。

忍び足で屋敷に入ると、秋葉が上の衣を脱ぐ。


「どう?これで物の怪っぽいでしょ。」


確かに。白い着物一枚の秋葉は髪の毛を乱しまくっているのもあってまるで物の怪のようだ。でもさぁ…ここのセキュリティを心配してるのは私だけなの?

そんな私の気持ちなんて完全に無視して秋葉は迷わずにまっすぐとどこかの部屋を目指す。


「秋葉様…どうしてこんなに自信満々なんですか?」


「おそらく…一度宴会か何かでここに来たことがあるから土地勘を把握しているのと…こういうことに憧れている節があるのかと…。」


なるほど、遅めの中二病ってやつか。だけど、中二病がまっすぐ進んでくれるおかげで私たちも迷わずに済む。

私たちは北の、日の当たらない部屋へ着くと持参していた黒い布を出す。


「じゃあ、ここからは手筈通りにね。」


秋葉がノリノリで言っているから、流石にちゃんとしないとあとが怖そうだ。

私と清子が黒い布の準備をすると、その後ろに秋葉がスタンバイ。

これで準備は終わったみたいだ。

私たちは暗闇の中でアイコンタクトを取って燭台を倒す。

ガタンッ

大きな音が立つとともに、目の前の少女は目を覚ました。


「…なに…。」


少女はそのまま固まってしまう。

少女の目の前には、現在中二病真っ盛りの二十二歳…ではなく、おぞましい物の怪が立っていたからだ。

物の怪は静寂を切り裂くように声を発する。


「月の…隠れ…。」


「!」


少女はカタカタと震えて手を伸ばすけれど、物の怪は黒い布の奥…ではなく暗闇へ消えていき、少女が掴んだのは暗闇のような黒布だけだったのだった。



「…本当にこれで良かったんですか?」


秋葉に聞くと何が悪いんだというふうに首を傾げられる。


「みんな物の怪がいないってことは心の何処かでわかっているんですよ。だから、物の怪がその家に現れたというのは、その家が何か良からぬことをしていると他家に伝えるための手段のようなものですよ。」


なるほど、呪詛が人を殺すことを目的としているなら、物の怪は暗殺、もしくは警告を促すために使われていたのか。

華やかな時代と評される平安時代だけど、やっぱりドロドロしてるなぁなんて思ってしまう。

私たちはしばらく夜空の満天の星を眺めると、六条邸に帰ることにした。



次の日、都中で早くも右大臣家の噂が流れていた。

今、貴族たちは主に事情を知らずに、ただ物の怪が出たと言っている人と事情を多かれ少なかれ知っていて、他人事ではないと警戒している人の二種類に別れている。

中にはこれは六条の御息所の生霊に違いないと騒ぐ人たちもいた。


「御息所様、この状態で大丈夫ですか?」


私が少し不安そうに聞くからか、御息所は優しく教えてくれる。


「私が今回目的としたのは、右大臣家への警告だ。その場合、六条の御息所の生霊と騒がれるのは、相手からしても敵がどこから攻めているのかわかるから、双方明瞭化されてちょうど良い。いわば宣戦布告のようなものだからな。」


つまり、御息所は右大臣家と全面的に戦うつもりということだ。

正直、前東宮の后と次期中宮の家柄とでは格に違いがありすぎるけど、どちらの方が多く人を引き付ける魅力を持っているかに関していえば、身内贔屓なのかもしれないけど圧倒的に御息所だと思う。

御息所には、何故か一緒に働きたいと思わせる素敵な雰囲気がある。だけど、右大臣家の方は清子を筆頭に強制労働者が多いみたいだから信頼度はかなり低いんだろう。


「夕顔、お前はいらないことを考えなくて良い。」


この人は私の考えていることは何でもお見通しなのだろうか。ちょっとだけ怖くなるけど、やっぱり優しさに甘えてしまう。かなり長い事一緒にいるから何となく御息所の思考回路もわかるようになってきた。この人は、私たちが出来るだけ政治とかの世界に入って汚い人間になるのを避けようとしてくれているんだ。

でも、私は政治に入らなくてもこの事件を解決する義務があると思っている。

今でも、清光の死の一端を握っていることは自覚しているからだ。それに、今回の事件にはこの時代に無いはずの、つまり私の生きていた現代の知識が多く使われている。

もしかすると朧月夜は私と同じ側の人間なのかもしれない。

なら、会わない手はないだろう。私はぎゅっと握りこぶしを作ると、取り敢えず目の前にある返歌の山を処理していった。



夕顔がそんなやばいことをしているとはつゆ知らず、俺は難題を目の前にしていた。


「あの…いやでもなぁ…。」


最近になって、夕顔の誕生日が終わっていたことを知った。誕生日を教えてくれたらその日までに贈り物ができたのに、右近から聞くことになったんだからしょうがない。

それで、都で腕の良い織物づくりの店によっているんだけど、いざ女の子に人気のものはどれかと聞くとなると緊張してしまう。そんなこと聞いたらまるで俺が好きな子に贈り物をするやつみたいで…。ん?それは合ってるのか…。いや違う、俺は夕顔を愛してはいけないんだ。俺なんかが愛したらきっと夕顔は不幸になる。それでもこんなふうに贈り物をしたいと思えるのは、夕顔がいつも仕事で結果を残してくれているからだろう。

本人は余り知らないと言うか興味がないのかもしれないが、毒の君は才色兼備と話題になっている。特に頭中将に対して歌った歌は今宮中で相当な話題になっている。

でもな…。俺は自分の顔が紅潮していくのを自覚する。

当たり前だ。俺が毒の君の夫であることを知っている奴らにどれだけニヤニヤしながら見られることか。

正直俺も、あんなに甘い歌を歌えるとは思いもしなかった。

もし、その歌を歌ってたと知ってあの日牛車で急に抱きつかれてたら…。駄目だ、想像しただけで俺の理性が煩悩に潰されそうになる。

それはそれとして誕生日の贈り物だ。

俺は一旦織物店を後にすると、他にどんなのが良いか考える。扇か?いや、多分実用性がないとか言ってきそうだ。

なら琴?ちょっと高価すぎるとか言ってきそうだし…。

あいつが欲しがりそうなもの…。そういえばあいつが何かを欲しがってるところを見たことがない。もしかすると、あいつはものを欲しがるという気持ちそのものをどこかで失ってしまったのかもしれない。それなら何かを買うよりも…。

俺はおそらく人生初の、女の子への誘いの手紙を書くことにした。


『夕顔へ、休める日があれば教えてほしい。』


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更新時間を間違えました…

申し訳ございません…。

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