第三十三話 しのぶれど

「頭中将様の御成りにございます。」


静かな部屋に響き渡る声と同時に、嘗て家に侵入してきた俺様系がやって来る。

もちろん、頭を下げてるから顔が見えるわけではないけど、今も自信満々なんだろうなぁなんて勝手に想像している。


「今日は遠い道ご苦労だった。永久、今年もよろしく頼む。」


「ありがたきお言葉にございます。こちらこそ今年もよろしくお願いします。」


永久がしっかり猫を被っているし私もちゃんとお行儀よくしないとね。


「あぁ、ところでお前の妻は…そなたか?」


頭中将が聞いてくると私は顔をあげた。すると頭中将の顔が青ざめていく。


「永久…こんな女が趣味だったのか?」


これは新年早々随分な挨拶ですこと。だけど今言い返したら右大臣家のことを話す前に追い出されるかもしれない。


「頭中将様がどのように毒の君を見ているかは存じ上げませんが、妻は博学多才で六条でも信用の厚い女房です。」


永久の言葉に頭中将はもう一度私を見る。その目には色欲とかは一切なくて、単に本当に自分に毒を盛ろうとした女なのか考えているんだろう。


「わかった。毒の君、あなたは私に毒を盛ろうとした夕顔と言う女を知っているか?」


予想の斜め上の回答が出てきて少し目眩がする。

こいつ、あのときの女でないと信じようとし過ぎだろう。永久もぽかんとしてしまっている。


「えっと…その、毒を盛ったと言うかは毒と見立てた遊びだっただけで…。」


ヤバイよこれは。こっちに来て最初にやったことがこんなところで仇になるとは誰も思わないじゃん。口を開けば口を開くほどにボロが出そうだから次第に声が小さくなってしまう。

頭中将はそんな私を見て豪快に笑い出す。


「ハハハッ。別にそんなに固くなるな。俺はもうあのことは気にしてないからな。やはりあのときの夕顔で間違いないんだな。」


私は項垂れるように頷く。でもこうやって見てると自分が思っているよりかは頭中将は良い人なのかもしれない。少しだけ安心していると頭中将が永久に話しかけた。


「永久、あっちで片付けてほしい仕事があるからやって来てくれるか?」


それは誰がどう聞いても適当に距離を取らせるための言い訳だ。この男結局目の前の女欲しがるとか獣だな。

永久はでもと言いながら私を見る。

永久は私を心配してくれてるんだ。やっぱりこの人は優しいなぁ…。

私は大丈夫と伝えるためにそっと永久の手を握って頭を縦にふる。

大丈夫、私はあなた以外の男になびくことは絶対にないから。

永久はそういうことは求めてないのかもしれないけど、私は永久以外あり得ない。だから、この男と二人っきりになったところで私にとっては関係のないことだ。

永久にどこまで通じたのか分からないけど、安心したような顔で仕事へ向かっていく。


「…。」


しばらく沈黙が続く。私はこの男がどんなふうに出てくるかを見極めているけど、頭中将は違うようだ。

さっきとは完全に違う、舐め回すような視線を私に向けてくる。

うん、どこかの偉い人が言ってたけど、こういうときは見るだけでも痴漢にして良い気がする。


「夕顔…また会えたな…。」


この人、ついにおかしくなったのか?私は今あなたの従者の嫁なんだが…?おっと危ない、ついついカメムシを見る目になりかけた。


「夕顔、ここで会えたのもなにかの縁だとは思わないか?俺達はきっと、前世からの宿縁なんだよ。」


ごめんなさい、私の前世はごくごく一般的な女子校育ちです。というかこの人切り替え早くないか?

私なら自分のことをただのオカルト女と思って二度とかかわらないようにするんだけど…。


「そうですね、ある意味ご縁だと思います。人妻になった後に頭中将様に会うなんて。」


精一杯の嫌味を言ったつもりなのに何故か近づいてくる。


「やはりそうか…永久は女の気持ちがわからないからな…だけど安心しろ、これからは俺がたっぷり愛してやるからな。」


この人どういう解釈したんだ?

私は人妻を欲しがってる変態やろうって言ったんだよ。それなのに多分この変態は好きでもない男の妻になっちゃったから助けてとか私が思ってるとでも思ったんだろうか?

頭中将は構わずに私に近付く。永久に助けてとかは求めないけど、後で問い詰めよう。あんたの乳兄弟はどういう教育を受けてきたんだって。


「…きれいな瞳だ。」


頭中将は少しずつ後ずさりする私に構わずに抱きしめてきた。その手には相手への思いより、自分が多くの女を手中に収めてきたことへの自惚れが感じ取られる。

…気色悪い。

私はありったけの力を出して頭中将の腕から離れる。別に私は頭中将の抱きしめ方に憤りを覚えたわけじゃない。私を抱きしめることが出来る男は永久だけだ。永久の触れてくれたところを、永久以外に触られるなんて絶対に嫌だ。

こういう感情の高まりをこの時代の人は歌にするんだっけ?でも私そういう教育をされてきたわけじゃないから全然思い浮かばない。

だけど、私が覚えている百人一首にちょうどいいのがあったな。

多分歌い主はこんな感じでは歌ってないんだろうけど、今の私にぴったりだ。

秋葉に悟られるくらい、永久への恋心が漏れている私に。


しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は ものや思ふと 人の問ふまで

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