第三十二話 ロリ◯ン中将

「…ということで、近々左大臣家に行けるか?」


何がということで、なのか理解できないけど、永久が必死に頭を下げてきている。


「行けるかも何も…来いって言われて行かないほうがまずいんでしょ…。」


でも左大臣家かぁ…。昔ちょっとやらかしたからなぁ…。隣で見ている右近もおやめになったほうがと小声で言っている。

だけど格上の左大臣家に言われたのなら断るにも断れないから受け入れるしか無い。


「考えさせて。ところでお願いしてたのは?」


「あぁ…一応関係はあるには会ったけど、かなり遠いぞ。」


私はまとめられた紙を確認する。

確かに、清子のほうが十親等、為雪様が四等身でお世辞にも近いとは言えない。

だけど、右大臣家が昔から右大臣家であることを考慮すると全て納得できる。


「永久は、仮に左大臣家と何の関係もなかったとして、何か頼まれごとされたときに断る?」


「そんなこと出来るわけ無いだろ。身分が違うんだから…まさか、そういうことなのか?」


「そう。血縁関係があるなんてきっかけに過ぎないの。今回だったら、為雪様の方は大陸と繋がりのある国司であること、清子さんの方は…亡き寵妃、桐壺様に縁の深い家柄であることだと思う。」


だけど、そうなれば桐壺が死んだのも偶然ではない可能性がある。帝の愛が深すぎるあまり不幸にもいじめられたのではなく、愛が深すぎるあまり計画的に死へと追いやられたということだ。


「そうか…ならますます左大臣家に挨拶に行ったほうが良いな。」


「はぁ!?なんでそうなるの?」


「お前…俺達ごときが右大臣家に何か言ってどうにかなると思ってるのか?」


「…それは…。」


「せいぜいもみ消されるのがオチだな。今右大臣家と対等に話せるのは左大臣家と帝だけだ。」


永久の言葉にぐうの音も出ない。確かに私たちがなにか言ったところで馬鹿の妄言として処理されるのがオチだろう。

でも…でも左大臣家に行けば確実にあれがいるんだろうなぁ…。

それに永久いわく私のことは隠していたらしいし…。

私の悩んでいるところがわかる永久は半ば同情してくれるように肩をポンポン叩いてくれる。


「まぁ…色々思うところもあると思うけど、お前が不利益を被るようなことにだけは絶対にしないから安心しろ。」


「でも…。」


「夕顔、俺を信じろ。」


そうだ、永久がいるなら頭中将との気まずさなんて大したものではない。

私はかなり嫌々ながらも、ついに左大臣家に挨拶に行くことにした。



「…そもそもおかしくない?女が他の男に顔を見せるって。」


「あぁ…多分頭中将様はお前と俺の娘を自分のものにしようとしているんだ。」


「はぁっ!?」


あの時あんなにこっぴどく追っ払ってやったのに今度は存在もしていない娘をほしいとかおかしいんじゃないか?

というか娘…永久との娘!?それはちょっと…まだ大丈夫かな…。


「お前があの時頭中将様を追っ払った女ということは伝えていないからな…でも安心しろよ。多分冗談だ。あの人は流石に仕えている男の嫁の子どもを取ろうとするほどヤバい人じゃない…はずだ。」


最後の”はずだ”がすべてを物語っている。

だけど挨拶に来るよう言われた時点で私たちに断る余地なんて無いわけだし…。


「わかった。後は右大臣家のことだけど…。」


「安心しろ。それとなく伝えることなら出来るから。それにまだなんだろう?完全な証拠が。」


悔しいけど頷くしか無い。きっとそれは都の治安を維持する役目のある永久も同じことなんだろう。

右大臣家、朧月夜は今まで偶然起こった事故を演出している。

アレルギーのときもそうだし、鏡の火事もそうだ。

だけど、一つだけ隠しようのない事がある。


「清光と、いなくなった内膳童…。ここが右大臣家が残した最後の証拠ね。」


清光は心臓を一突きにされていた。これは明らかな他殺だ。

別に右大臣家が行ったということを言えなくても、右大臣関係の人がやったと言うだけで、殺人というのは致命的な汚名となるだろう。


「そうだな…今こっちの方でも内膳童を調査している。それでわかったことなんだが…その子、喋れなかったらしい。」


「えっ?」


「他の内膳童が言っていただろ。全然喋らなかったって。内膳童と関係のある内膳司に聞いたら、その時もその子だけ喋れなかったらしい。」


「その内膳司は、それを怪しいと思わなかったの?」


いくらなんでも、傷や痣があって口を利かない子どもがいたら何かあったのかと思うだろう。

それがどうして…。


「あぁ、もちろん前東宮様まで伝わったよ。そしたら東宮様は言ったらしいんだ。あの子は特別だって。」


「特別…。」


どういう事かわからない。

御息所は知っていたら教えてくれるだろうから、きっと入内する前の話なんだろう。私がじっくりと考えようとすると牛車が止まってしまった。


「左大臣様のお屋敷です。」


外から聞こえる声で更に気が引き締まる。

さぁ、今からあの男とちっとも嬉しくない再会だ。降りる直前に永久が私に耳打ちする。


「絶対に、俺のそばから離れるなよ。」


そりゃあの男の活動範囲で女一人になるのは危ないけどさぁ…。

その言い方はちょっと期待しちゃうじゃん…。

私は耳に熱がこもるのを感じながら小さく頷いた。

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