第四十五話 生きろ
…暗い。
ここでは僕に人としての価値はない。
ただ、されるがまま、言われるがままの操り人形だ。
あの優しい場所にいて、僕は多くのことを知った。僕の年齢は普通”かわいい”と言われるはずだということ。僕は普通の十一歳よりも活発でないこと。…僕はみんなのいう”普通”じゃないこと。
だけど、あそこにいると楽しい気持ちになっていた。声を出すことがこんなに幸せなんだって初めて知った。
「ほら歩けっ!」
何度も見た僕を管理する男が僕の足を蹴る。
そんなんじゃ歩けないよと言いたくても声が出ない。
きっとこのまま歩けばあの人に会うんだろう。朧月夜はきっと笑って僕のことを迎え入れるんだろうなぁ…。そしてそのまま死ぬまでいたぶられるんだろう。
暗い、明かりのなくなった廊下で地下に続く階段を降りる。
そこには僕とそんなに歳の変わらない女の子が座っている。
「おかえり、てっきり死んだかと思ってのに…。」
「…。」
「あんたが生きてたって分かったときはびっくりしたわ。市場でぼろぼろになっていた貴族の子どもが御息所付きの女房、毒の君に拾われたって聞いてまさかと思ったけど…。最近宮中で時々話に出てくるらしいけど、毒の君って何なの?ほんっとに邪魔。」
多分、この人の言っている毒の君って夕顔様のことなんだろうな…。
いつの間にか日は沈んで地下牢には蝋燭の光だけが怪しく光っている。
「とにかくっ、あんたが生きてたから罰を与えまーす。みんなそいつら持ってきて。」
なんだろうと思って朧月夜の指差す方向を見ると動きが固まる。
お母様とお父様だ…。
今までだって人間としての扱いはされてこなかった。
豚の住むような地下牢に入れられて、そこら辺に出てくるネズミを食べて生きながらえてきた。
今回も人間としてみていないだろうからやることは分かってる。
「安心して。生きてるからね。まあ、今から殺すんだけど。」
まずはお母様が引っ張られる。
何度もこういうところを見てきた。
僕達一族の他にも、朧月夜に使役されて犬のように働かされ、最後は虐殺される一族はあった。
そっか…。もう、終わりなんだなぁ…。
お母様が殺されて、お父様が殺されて…最後に僕か…。
死んだら、会ったこと無いお兄様やお姉様に会えるのかな…。
嫌なことがあったら嫌ってちゃんと言うこと。
どうしてだろう。
急に清子様の言葉を思い出した。
夕顔様も秋葉様も、他の方たちもみんな僕を大切にしてくれた。
だけど、あの人だけはちょっと違ったなぁ…。僕のことを立派な人間にしようと人一倍頑張ってくれてた。…あの人が、僕のお姉様だったら良かったのに…。
多分今までだったらここで諦めてた。
だけど今は絶対に嫌だ。みんなのところに、清子様のところに帰る。
「…ろ。」
「はっ?なんて?」
「やめろっ!お母様を殺すのも…これ以上僕達のことを利用するのも…!これ以上はもう…嫌だっ!」
しばらく呆然と立ち尽くす朧月夜。だけど動き出すといかりで顔を醜く歪ませながら僕の首根っこを掴んだ。
「おい…お前誰に言葉なんか学んだんだよ?…まあそんなのどうでもいいわ。良いわよ。あんたの両親の命は取らないことにしてあげる。」
良かったと思ったのも束の間。朧月夜はお父様を呼び出した。
「ホントはあんた達に使おうと思ってたんだけど…。息子の懇願だからね。特別にお父さん直々にやらせてあげる。」
朧月夜はそばの男たちに鉄板を持ってこさせる。その鉄板には木の持ち手があって、まだ何に使うかもわからないけど激しい恐怖に陥らされる。
朧月夜はその徹版をろうそくの火で熱しながらご丁寧に説明してくれる。
「今良いこと考えたの。あんたには賭けをしてもらうわ。もしあんたが生きてたならコイツラも生きる。あんたが死んだらコイツラも殺す。分かった?」
しばらく熱して若干赤くなっているところもある鉄板をお父様に渡すと朧月夜は嫌なほどニッコリと微笑んできた。
「あんたに声なんてもったいないでしょ?だから喉潰すね。」
じわりと嫌な汗が吹き出す。お父様は泣きかけながら朧月夜に指示を下されるのを待っている。
「あんたの息子の首を焼け。」
その言葉と同時に決壊したのか、お父様は激しい嗚咽とともに大粒の涙を流し始める。だけどそんなのお構いなしに朧月夜は続ける。
「もし、十秒以内に出来ないならそうねぇ…三人仲良く牛に引きずってもらおっか!」
そしたら確実に死ぬ。
もし、少しの確率でも生き残れるなら…。
あぁ…やっぱり僕は普通の十一歳にはなれないんだろうな。もう、死ぬことへの恐怖心がなくなりつつあるんだから。
「お父様、焼いて。」
これが、僕がお父様に言う最初の言葉になるなんて考えてもいなかった…。だけど、もう良いんだ、これで。あとやることは一つだけ。
絶対に生き残る。
お父様がすまんと一言言い、僕の首めがけて鉄板を振り落とした。
ギャアアアアアアアアァァァァァァ……
断末魔とともに消えていく声。
生きろ生きろ、ただそれだけを言い聞かせたけど、僕は痛みに耐えきれずに目を閉じた。
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