第四十六話 変わる清春と、束の間の休息

朝になってもこいつは目を覚まさない。

いい加減待つのも疲れたし死んだってことにするか。ずっとビービー泣いてるアイツらもうざいし。

牛の準備をしろと言おうとした時、清春は目を覚ました。


「へぇ…目覚ましたんだ。」


まあ別にどっちでも良いんだけどね。目覚ましたなら仕事をしっかりしてもらうだけなんだから。

全く迷惑なことをしてくれたものね。こいつを助けて、挙句言葉を教えるんだから。

そんな迷惑なやつ消えてもらわないと困るの。


「じゃあ清春、仕事をあげる。」


「…。」


「あんたに言葉を教えた女、毒の君を殺して。出来なかったら…今度こそ三人まとめて牛のおもちゃになってもらうから。」


清春は痛みでまだ起き上がることが出来ないのか寝たままになってる。気に食わないわ。この私が喋っているのにそんな態度。

私は男たちに目配せすると清春を殴らせる。

やっと立ち上がるとコイツは私を確かに睨んできた。

髪はボサボサで、顔が見えない。だけど、たしかにその目は全てを貫いて私を見ている。

…怖い。

いつぶりだろう。こんな感情を持ったのは。怖いじゃない。怖いは不愉快。そう、コイツは私を今不愉快にさせた。もう一度目配せして殴らせる。

それでも清春は倒れなかった。

血を吐いてふらつきながらも近づいてくる姿は、すでに死んで、ただ体だけが動いている死靈かのようにさえ見える。


「な…なによ?」


「…。」


そうよね。近づいてきたところでコイツに私になにかする勇気も力も…。


「…絶対だ。これからもお前の道具になってやるから…絶対に僕の家族を苦しめるな。」


一気に汗が出てくる。

不快不快不快。嫌だ、コイツ。

確かに喉には潰された証明のように残る黒い跡がある。

なのにコイツ…。

か細くって言っているか言ってないかわからない瀬戸際の声量。

だけどたしかにコイツは喋った。

私が震えているのを見ずに清春は歩いていく。今度はさっきのフラフラした歩きじゃない。いや、今までのオドオドした感じがない。

あぁ…。本当に毒の君は迷惑なことしかしない。

意志のある人形なんて求めてないんだけど。

まぁいっか。アレならきっと殺せるでしょ。確実に。



清春がいなくなって最初の夜が明け、私達はお通夜のようなムードになっていた。

私は御息所に言って里帰りすることにした。

どうせここにいても見つけることが出来ないから、外に出て探したいというのが半分、正直息苦しさを感じたからが半分だ。

久々の実家でほっと一息つくと右近が困ったように私のところにやって来る。


「姫様…今度はどんな姑息な手を使ったんですか?」


待って待って。

まだ私帰ってきてちょっとしか経って無いよ。



「今度は何?」


「姫様にそれはそれは多くの恋文が届いているんですよ。」


「えっ?ここに?」


こんな場所に住んでるってなんでバレたんだろう。もしかして私家バレするくらいの有名人?

いやいや、確かに可愛いけどそこまでとは思ってないよ。


「お前があんな歌読んだせいだぞ。」


二人で何でと言っていると永久がやって来る。

この人今仕事みたいで黒い服着てるから…さては抜け出してきたな。


「あの歌…ってなんですか?」


右近が聞くと途端に永久の顔が赤くなる。

あっ、右近ナイス。

こうやって照れてる永久は身内びいき無しでとんでもなくかっこかわいい。

突然の眼福タイムを噛み締めていると急に私を指さしてくる。


「コイツがっ!…俺のことが…他の人に聞かれるくらい?…その…何だ…えっと。」


もしかして…ここに来てまたあのことを掘り返されて私まで真っ赤になる。

ただ、宮中と全く関係ない右近は何があったと眉を下げ、そして唐突に明後日の方向の答えを導き出した。


「そんな…!姫様ったらなんてはしたない…。それに旦那様も旦那様です。人に聞かれるくらいって…。一体どんな事してたんですか!?」


えっと…。

これは純粋な女子高生夕顔ちゃんには縁のないお話かな?

しかしさすがは純度百パーセント。右近が何を言っているのかまるで分かってないみたいできょとんとしている。


「そういうことは一切ないから安心してっ!…とにかく。こういう手紙ってどうすればいいの?」


無理やり話を切り替えると右近は一切ないのは困るとか言いつつ教えてくれる。

実は私がやっているのは手紙を書くことだけだからその後どういう工程が行われているか知らない。


「今回は完全に断るので何も返さなくていいですよ。」


「えっ?じゃあ何で御息所様はいつも返してるの?」


「それはもちろん…大臣家のお姫様が手紙を返さないとなると噂が変わっていってだらしないとか言われる危険性があるからでしょうね。」


そうなんだ…。

でもおかしい。御息所は東宮が亡くなったから未亡人で既婚ではない。

だけど私には永久っていう立派な夫がいるはずなんだけど…。


「あと、こうやって手紙が耐えないのには旦那様が周りに姫様の夫であることを伝えていないせいというのが考えられます。」


あっ、やっぱりこいつのせい?

永久はまた顔を赤くするけど今はそんなのどうでもいい。

でも待てよ。こうやってこのままにしておいたら紙に困ることはないのか…。


「永久、絶対に私達が結婚してること広めないでね。」


「はぁ!?どういうことだよ。」


「旦那様!姫様は姫様なりに旦那様の名誉を考えてくださっているんです!」


「そういう事か夕顔…お前優しくなったなぁ…。」


こいつらしばいてやろうか。

好き勝手に言ってくれちゃってるけどまあ良い。とにかく紙はこの時代ではいろんな事に役立つからね。

文字を書くのはもちろん、火をつけて明かりにも出来るし、ハンカチ代わりにもなる。

だけど、これが後々面倒なことになるなんて私は思いもしなかった。

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