第六話 永久はかわいい…?

拝啓はいけい、お父さんへ


私は源氏物語の中で元気にやっています。


乳姉妹ちきょうだいの右近は優しいけど私のことをかなり適当に扱います。


そうそう、言い忘れてたけど私結婚しました。


相手は頭中将の乳兄弟の男性です。


まだまだドキドキの転生ライフ頑張ります。



追伸ついしん


賠償金頑張ってね。




届けることも出来ない手紙を書くと丸めて捨てる。


私は押されて線路に落ちたから慰謝料いしゃりょう支払われると思うけど…。


待てよ、押されたってことは私の方が賠償金を払うことはないのか。お父さん、賠償


金のことは心配しないでね。




私は婚約して、その日から三日間の通いがあって正式に結婚したけどその間何もなか


った。もう一度言うけど本当に何もなかった。


永久は家に来るとすぐに寝る。ちょっとは会話があると思ってたけど全くしない。多


分これを家庭内別居というのだろう。


本当に私を利用するために結婚したんだなぁ。別に特別な感情を抱いているわけじゃ


ないけど悔しい気もする。


「姫様…今日もお越しにならなかったですね…。」


私よりも事情を知らない右近のほうが心配してくれてるのが何だかジーンとくる。右


近はきっと素敵な人と出会えるよ。


正式に結婚してから一週間くらい経ったけど全く来る気配がしないということはまだ


利用する方法を見つけてないということだろうか。



そんなふうに考えていたある日、急に手紙が届いた。


右近は喜んでるけど私としてはちょっと複雑な気分だ。何かあったから来るに違いな


い。一体何があったというのだろう?




夕暮れ時に永久はやってきた。


右近の前では普通の夫婦を演じなければいけないからちょっと腕を絡めるとすっごく


嫌な顔をされる。


こっちだってやりたくもないことだったからすぐに離すとさっさと部屋に入る。


右近がいなくなったことを確認すると私たちはしばらく黙った。


今から何を言われるのか。何をさせられるか全くわからない。この期間の源氏物語は


特に多くのことは記されていなかった。


さぁ、どう来る?


「…東宮が亡くなった。」


「…!」


そうだった。六条の御息所みやすんどころの夫である東宮はちょうどこのときくらいに死んだ。


となると五年後くらいに光源氏と関係を持つはずだ。


このままではこの前折ったばかりの死亡フラグが復活する気がしてそっちの方に気が


行く。


「おい、聞け。それで次の東宮は右大臣家の弘徽殿こきでんの女御の皇子だ。」


「そうなると左大臣家としては不利になると…。」


「あぁ。他にいる皇子は…。」


「桐壺更衣の子どもでしょ。」


「…よく知ってるな。」


当たり前だよ。この世界はそいつが主人公なんだから。


「それで、私は何をすれば良いの?」


「お前には六条の御息所に仕えてほしい。」


「えっ?」


六条の御息所に仕える?私を殺す可能性のある人のところに行けっていうのか?


夕顔を殺した物の怪は六条の御息所の生霊だと考えられている中、そんな人の近くに


行くなんて自殺行為だろう。


「お前はそこで頭中将様に振り向くように仕向けるんだ。」


「どういう事…まさか!」


「あぁ、確か六条の御息所には娘がいたはずだ。前東宮との間の娘なら中宮にだって


なれる。」


「次期東宮に左大臣家として嫁がせるというわけね…。」


「出来るか?」


「出来るかどうかわからないけど…。でもやってみるだけやってみるわ。」


ここで嫌だと言ったら確実な死が待っているだけだ。それなら六条の御息所に近づい


たほうがずっと良い。


「あぁ、期待している。」


じゃぁ明日から出仕の準備をしないから早く寝よう。そう思っていたら後ろから咳払


いがする。


「何?まだあるの?」


「いや…まぁその…だな…。」


何だかいつもと様子が違う。多分よほど言いにくいことなんだ。私はこれから頼まれ


ることに緊張して姿勢を正す。


「結婚したんだから…添い寝くらいはしてやってもいいぞ。」


「は?」


こいつ頭のネジが外れたのか?


そうか、この時代の人たちって男性重視だから結婚したら好かれてるとか思っちゃう


のか。ウンウンわかるよ。そういう年頃なんだね。


さてどうしよう。このまま正直に伝えるのもありだけど流石にかわいそうだ。


「気持ちは嬉しいけど私そういうの興味無いから。」


「えっ?あぁ、そうなのか…。」


良かった。 多分傷つけずに伝えることが出来た。でも好きでもない女と関係持とう


ってどういう神経してるんだろう。いや文化だね文化。ジェネレーションギャップ


だ。


するとどうしたことだろう。目の前で変態さんが服を脱ごうとしているではないか。


「ちょっと待って!何してるの!?」


「お前が俺のことそんなに想ってたとは…。良いだろう、俺にだって気持ちに答える


くらいの甲斐性はある。」


なんかめちゃくちゃムカつく。何勝手な解釈してんだよ。もう相手が傷つくとか考え


ないで言わないとそっちのほうが不幸になる。


「言っとくけどあんたのことなんて全く興味がないから嫌なの。わかったらさっさと


寝るよ。」


びしっと言ってやったらどうだろう、今度はちょっと涙目になっているではないか。


私の中で永久という人物は腹黒で何にでも打算がある人間だと思っていた。でももし


かするとズレてるだけで人に優しくしようとか思う心のあるやつなのかもしれない。


そう考えるとちょっと可愛い気も…いや全くしない。


「おかしいぞ。俺と一緒にいると安心するんじゃないのか?」


「誰よそんな事言ったの!?」


「母上!」


「あぁ…。」


なんかごめん。すっごく気まずくなったのは私だけかもしれないけど。良いお母さん


に恵まれたのね…。


もしかすると私が腕絡めたりしなかったらそんな勘違いもしなかったのかもしれない


ね。


鏡とかがないから今どんな顔をしているのかわからないけどきっとカメムシでも見る


目だったのだろう。永久がしょんぼりしながら一人で横になる。


なんか私が悪いことしたみたいで気分が悪いからしょうがない…。


「永久…。」


「!」


私は永久のすぐ横に寝そべる。大きな声を出すのもどうかと思うから囁くように話し


かける。決して大きな声で言うのが恥ずかしいからじゃない。


「永久といると…ちょっとは安心する…かもしれない…気もする。」


暗くてよく見えないけど、永久の肩がピクッと動いた気がする。でも私は恥ずかしさ


と眠さに身を任せてそのまま目を瞑った。

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