第三十九話 清春と清子

騒ぎの中心へ行くとそこには綺麗な着物に身を包んだ子どもが倒れていた。それにしても大勢が心配しているのに助けはしないのはなんでなんだろう。


「夕顔、荷物持てるか?」


「えっ?そりゃもちろん。」


「じゃああの子は一旦六条殿に運んでもいいか?あの子は俺達じゃなきゃ助けられない。」


「それってどういう…。」


だけど私が聞く前に永久が動く。見たところ親らしい人もいないみたいだから六条殿に連れて行っても問題ないだろう。

子どもを抱きかかえて牛車に乗ると、私はようやく聞くことが出来た。


「さっき言ってた…私たちじゃきゃ助けられないっていうのはどういうこと?」


「あぁ、この子は誰がどう見ても貴族だ。平民が貴族に触ることは許されていないからな。」


「そんな…。」


そんな悠長なこと言って、私たちが来なかったらこの子はどうなっていたというのだろう。ここにもこんな悪習があるのかと少し目眩がしてしまう。

子どもは目を瞑って気絶してしまっている。この季節だから熱中症ってことは無いんだろうけど、あのままだったら凍死していた。

子どもの頭をそっと撫でで見ると生暖かい物に触った感覚がした。

もしかして…。

そっと手を見てみると悲鳴が上がりかける。

さっき土の上には付いていなかったけど、この子の頭から血が出ている。

六条殿に着くと私はすぐに永久を仕事場に案内する。


「夕顔様!この子は一体…。」


「清子様…。御息所様を呼んでくださいませんか?」


「…分かりました。」


清子は状況を何となく察してくれたのか、渋い顔をしながら歩いていく。

私と永久は子どもを寝かせると頭の血を布で拭いていく。

子どもの血はあまり多くなく、私がホッとしていると永久がチッと舌打ちをした。


「永久…。どうかした?」


「どうかしたも何も…この子ある程度治療されたあとほっぽりだされたみたいだぞ。」


「えっ!?」


私はもう一度見てみる。確かに血が止まりかけだったけど、頭の怪我は皮膚が浅く切れる程度にはひどい。ということはこの子は何かがあって怪我をして、その後誰かにあそこに捨てていかれたと言う事か?

考えていることが一致したのか永久が黙って頷く。


「もしこの子が命に別状がない程度に治療したあと捨てられたのなら…それは善意でもなんでもない。殺人にならない程度にこの子を苦しめただけだ。そうなるとこの怪我も…人為的なものだと思う。」


人為的なもの…。私は頭の鋭い傷が清光の光景と重なる。

じゃあこの子は…この子は殺されかけた。いや、殺さない程度に痛めつけられたのか。


「これはどういうことだ?」


「御息所様…。」


御息所は子どもをちらっと見ると私たちを見る。


「まさか…お前たちの子どもではないだろう?」


「違います!」


「まだいません!!」


えっ…。いま永久絶対まだって言ったよね。それってどう言う…。


「だろうな…。改めてきく、これはどういうことだ。」


夕顔のいつになく真剣な眼差しに、私はさっきまでの浮ついた気分から一変して冷水につけられたような気分になる。


「この子は…今日市場で倒れていた子です。どうやら貴族のようで、私たちでないと助けることが出来なかったから治療品の揃っている六条殿に連れてきました。」


「なるほど…。」


御息所は子どもの服の袖を触ったりして頷く。


「じゃあこの子はここで介抱しよう。ただし一人では絶対に駄目だ。清子と二人で看るように。清子も同じく一人で看病するのは禁止だ。」


「はい…。でも何でそんなに慎重なんですか?」


私の言葉に御息所はやれやれと首を振ると永久を見る。


「永久殿ならわかっているのではないか?」


永久を見るとかなり苦しそうに頷く。


「夕顔、この子の服はかなり上質なものだ。少なくともそこら辺の中、下級貴族が手に入れれるものじゃない。それなのにこの子の肌には細かい傷跡がある。それにこの子が倒れていた理由だってさっきも言っただろう?」


「うん。確かに上級貴族にしてはおかしいよね。こんなに怪我してるのは。」


「ならこの子は上級貴族の何かとしてこの前まで動いていた人間の可能性が高いだろ。そんな子最近いなかったか?」


「もしかして…。」


私の頭に清春という名前が浮かび上がる。

姿を消した、もともと名簿になかった内膳童。その子はおそらく前東宮が遺した文字の練習帳に書かれていた名前、清春と一致しているはずだ。


「わかっただろ。この子が清春である可能性がある以上、安全な存在とは言えない。子どもの方が恐ろしいって言ったのはお前だぞ。」


永久の目は真剣だ。何も知らずに育てられた子どもほど恐ろしい子がいないと言ったのは私だ。


「少しよろしいですか?」


私たちの間にしばしの沈黙が広がったあと、今まで会話に入ろうとしなかった清子が口を開いた。


「確かに夕顔様が清春に関わるのは私と一緒にいるときだけにしたほうが安全です。ですが、この子のことは私が基本的に一緒にいたいです。」


御息所は清子が初めて自分の意見を表に出してきたことに少し驚いたのか、目を大きく見開き、直後には試すかのように目を細める。


「それは…一人でいるときにも清春と一緒にいるということか?」


「…はい。」


「駄目だ。危険すぎる。」


御息所は迷いなくきっぱりと言う。私は正直これに驚いた。清春と清子は姉弟だから一緒にいてもいいと思っていたんだけど違うんだろうか。


「でも…私たちは家族です。姉弟なんですよ。」


清子も同じ事を考えていたらしく、半ば懇願するように御息所に訴える。でも御息所は許すどころかもっときつく断る。


「姉弟だから尚更だ。清春は誰が何と言おうと殺人の実行犯である可能性が高い。その場合清春は容疑者だ。容疑者とその身内の接触を極力少なくさせるのは当然だろう?」


「それは…。」


清子はそれ以上言い返せない。御息所の言うことが正論すぎるからだ。御息所は少しだけ表情を和らげると清子の方に手を添えた。


「お前を疑うことはしたくない。これは嫌がらせや不信感からやっていることじゃないことだけはわかってほしい。」


「…はい。」


清子も何とか納得して清春を見つめる。そして何かを決心すると私に向き直った。


「夕顔様、清春の前で私が姉であることは絶対に言わないでください。」


「えっ…、良いんですか?」


「はい。時期が来たら、自分で伝えます。」


清子の目には揺るぎない決心が垣間見える。私は永久に目配せすると頷いて清子のお願いを受け入れることにした。

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