第三十八話 夕顔という名前

「わぁ…!」


一気に語彙力が落ちたかもしれないけど気にしないでほしい。ここは市場で、当時の人達からしたら当たり前の景色だったんだろう。

でも私からしたらこんな目新しい光景初めてだ。お店の人達はこっちが良いよ、あっちは駄目だとか、今の日本で言ったらちょっと営業妨害に引っかかりそうなことを言っているけど、それがまた活気があることを象徴しているようでウキウキする。


「こら、俺の近くにいないと危ないだろ!」


後ろから永久の声が聞こえて振り返ろうとすると、誰かの肘があたってコケてしまった。


「危ない!」


どこか聞き覚えのある言葉と同時に、蹄の音が近づいてくる。

前にもこういう事あったなぁ…なんて思ってしまって何だか答えがわかっているのに足に力を入れてみる。

うん。やっぱり捻挫してるね。

私って人混みと縁がないのかな…そう思いながら目を瞑ると急に地面がなくなって、それどころか暖かく包まれて宙に浮いている気分になる。


「気をつけろ!死にてぇのか!!」


馬の主の護衛に言われてすっかり萎縮してしまう。


「本当に…危ないから離れるなって言ったろ。」


さらにさらに永久にも追い打ちをかけられてすっかり小さくなってしまったんだけど…。


「永久…そろそろおろしてくれない?」


なんということだろう。馬に引かれる寸前、永久にお姫様抱っこされてしまったのだ。永久は一生懸命になってくれてるから気付いてないけど、周りの奥様たちの熱い視線とおそらく恋愛関係が上手く言っていない男たちの冷たい視線が痛い。


「ん?あぁ、そうだな。一人で歩けるか?」


「大丈夫…痛っ!」


そうだった、さっき挫いたせいで一人では歩けそうにない。

ちらっと上を見ると永久が柔らかく笑ってくれる。


「だーかーらー!俺の近くにいろって言ったんだ!!全く…。」


今回も全く持って言い返せないから仕方なく反省した素振りを見せておく。でもしょうがないじゃん。人間新しいところは自分の足で見てみたいって思うんだから。


「ほら。」


心のなかで反抗している私を無視して、永久が肩を抱いてくれる。


「これで歩けるか?無理そうだったらまた…。」


「うん!歩けるよ。だからこれでいこう。」


流石にこれ以上は自分の恥ずかしさと周りの目の強さで頼めない。それにこれ、よく考えたら二人三脚みたいなものじゃないか。恥ずかしさなんてどこにも…。


「本当に、大丈夫か?」


永久の吐息混じりの声が直接耳に届く。

こんなの恥ずかしくなれって言ってるようなものじゃないか。そうか、今の状態はいつも以上に距離が近くなってるから耳元で喋る形になるんだ。

このままじゃ帰るまで心臓が持つがどうかわからないけど、歩くことが出来ないと永久がせっかく誘ってくれた市場巡りが台無しになる。私は決心すると永久の背中にそっと手を添えた。


私はいろいろな商品を見てはいちいち目を輝かせた。

永久が連れて行ってくれるのは主に女の子向けの手芸品なんだけど、これが現代と遜色ないどころか、より良質なものばかりで私がもうちょっと純粋な子なら素直に喜べていたと思う。

だけど、私はひねくれてるところがあるのか、良質なものを見るとまずお金の心配をしてしまう。

今日、私はお金をちっとも持ってきてないから永久が払ってくれるんだろうけど、どれだけの高級品までなら買っても良いんだろうか?

やっぱり、買ってもらうんだったら安いのより高級なもののほうが良いんだけど…。


「そこのお姫様!これはあんたみたいな可愛い子じゃないと買い手がつかねぇもんなんだが見ていかねぇか?」


呼び止めてきたのは衣を売っている店だった。

色とりどりの衣に描かれた柄は太陽の光を反射して優しく美しさを増していた。


「へぇ、結構ちゃんと染めてるし良いんじゃないか?」


永久も私と衣を交互に見て言う。


「それに珍しいぞ、こうやって貴族相手に衣の既製品を作るなんて。」


「そうなの?」


「あぁ、普通貴族は布だけ選んだら採寸して本人に一番合った形にするんだ。だからその分値段も上がる。こっちはそうじゃない分同じ質で安く買えるってわけだな。」


なるほど、オーダーメイドってやつか。

だけど、こっちの世界では身分が高かったらオーダーメイド。低かったら自分で作るのが普通だから既製品が売られているのは本当に珍しいらしい。

現代ではこのお店の形式が一般的だから私にとっては逆に馴染みやすいわけだけど。

永久と一緒に店内の衣を見ていく。私はついでに永久の顔色も伺わないといけない。

もし永久が渋い顔をしたらそれはきっと高すぎるということなんだろうけど、今のところそれはなさそうだ。


「あっ…。」


私は思わず声を上げてしまった。

店の端、人にあまり見えないようなところに見惚れてしまうほど美しい衣が置いてあるからだ。

吸い込まれそうなほど濃いオレンジ色の生地に、白いお世辞にも綺麗とは言えないシワのある花が描かれている。


夕顔。


今の私の体の名前でもあり、本当の私の名前でもあるその花がそこに咲いていた。

何でだろう。今までなら少しうんざりしていたはずなのに、今は全くそういうのを感じないし、それどころかホッとしている自分がいる。


「ん?その服が良いのかい?」


お店のおじいさんがニョキッと顔を出してくる。


「この服人気がないから奥においておいたんだけど…今なら安くしとくよ。」


「えっ…でも…。」


私は永久を見上げる。永久はこの服を気に入ってくれるのだろうか。

多分、ずっと前から私が感じていたのはこのことだったんだと思う。

古風な名前、ちょっと変。そう思われるのが怖かったんだ。それは今も変わらないし、永久なら尚更のことだと思う。


「俺は良いと思うぞ。夕顔が気に入ったなら。」



ありがとうございましたと店に頭を下げると、私たちは店を出た。

一人で歩ける程度には回復したけど、永久に買った服は持ってもらっている。


「ねぇ、永久…。」


「何だ?」


私はさっきの疑問をぶつけることにした。

きっと、どんな答えでも受け入れられるはず。だって相手は永久なんだから。


「この服…夕顔の絵が描いてあったんだけど…どうだった?」


「どうって…綺麗だなって思ったけど…。」


「本当に?夕顔って私あんまり可愛い花だと思わないんだけど。」


「そうか?まぁ確かに、他のなんたら顔って花と比べたら色に鮮やかさがないかもな。」


そう。それによく朝顔と昼顔と夜顔と一緒にされるけど、夕顔はこの三種類とは別の仲間はずれだ。

似ているくせに別物で、正直他の三種類の下位互換のように感じてしまう。


「だけどさ。俺は夕顔が好きだぞ。」


「えっ!?」


「えって…いやっ!そういう意味じゃなくてだな…。」


そういう意味じゃないんだ。いきなりの告白かと思ってドキドキしたけど、そりゃ今の流れでそんなわけ無いよね。


「俺は、外側が綺麗なものより、中身が大切だと思ってるから。夕顔って食べ物になるだろ。」


「それって…食欲の方を優先してるだけなんじゃないの?」


「ハハッ!そうかもな。」


永久はそう笑えるかもしれないけどさ…。

花のこと…なんだよね。


「それに俺、夕顔って名前もいいと思うけどな。」


「えっ?」


それってどういう意味?

ちょっと照れくさそうに笑っている彼に聞こうとすると悲鳴が耳をつんざいた。


「誰か!子どもが倒れてる!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜皆さんお久しぶりです

病気も治りましたので、またバリバリ書いていく所存でございます!


これからも応援よろしくお願いします!

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