第十八話 似ているのに、全然違う
恋バナも盛り上がって、私たちは御息所にちょっとは仕事をくれと願い出ると、奪っていたつもりなんてなかったと驚かれてしまった。つくづくこの人は仕事が好きなんだなと思う。秋葉によると御息所の父は北の方である御息所の母のもとには殆ど行かなかったせいで、自分がなんとかしなければという男に頼らない精神を人一倍持っているせいらしい。
で、肝心の清子の再就職先だけど…。
「…。」
「…。」
清子はまともな返歌の代筆係、要は私と同じ職場にいる。そもそも女房の仕事についてだが、最優先になるのが主の日常生活の手助け。その次に自分たちに割り当てられた仕事だ。
なのに、御息所は結局日常生活のことは殆ど自分でやってしまうから私には返歌代筆しかすることがない。もちろん清子もそれは同じだ。
というわけでここ数時間一緒にいるわけだけど…。
「…。」
「…。」
どうしよう、滅茶苦茶気まずい。清子は御息所を殺そうとしたことで絶対に思い悩んでるだろうし、私は私で、清子の兄の清光が殺害される一端を担ってしまっている。でもまだ事件は解決したわけではないから清子からは色々聞いておきたい。
私には別に事件を解決する探偵みたいに特別頭が良いわけでもないし、圧倒的に秀でているなにかがあるわけじゃない。
だけどこれだけは強みといえること。それはやっぱり源氏物語をあらかた知っているということだろう。嫌いなものの方が詳しくなるとはよく言ったものだ。漫画や小説で大抵のことは頭に入ってしまっている。
だけど多分自分のせいで物語から一部外れてしまっているところもあるから段々と当てにはできなくなってきてるんだけど…。
「夕顔様…。」
「っはい!」
思わず声を張り上げてしまった。急に清子が私の名前を呼ぶものだから…。そういえばここに来てから夕顔と呼ばれたのは久しぶりな気がする。
清子も急に来た大声に驚いて目を見開いていたけど、また無表情へと変わってしまう。
「兄は…どのような最期でしたか?」
「…私は最期の瞬間を見ているわけではありませんが、心の臓に一刺しでしたから…ほとんど即死だったのかと思います。」
こんなのが慰めになるとは思っていない。だけど、ちょっとでも安心してほしかった。あなたのお兄さんはほとんど苦しんでいなかったって。
「…あなたがいなければ、そんなことにもならなかったんですけどね。」
清子は初めて目を合わせてくれた。とてつもなく冷たい、思わず目を背けたくなるような殺気をまとって。
「私が悪いことはもちろんわかっています。私が御息所様を殺そうとしなければ、兄が馬鹿な真似をしなければ…ほんの少し勇気があればこんな事にならなかったと思います。でも…。」
清子に言われるがままで声が出ない。そうだ、私のせいだ。私がいなかったら源氏物語でそんな描写は出てこなかった。本来なら清光は生きていたのだろう。
別に触れなくても良かったのに、勝手な正義感でこの事件を解決したくなって、結果がこれだ。私は一体何のために…。
「でも…、私は嬉しかった。もうこれで何もしなくて良いんだとホッとしていました。正直今も気が楽です。…今は兄が死んだのにそう思っている私が一番嫌いです。」
「清子様…。」
「だから、今から言う話はあなたのためでもありませんし、罪滅ぼしでもありません。ただ…罪を犯した愚か者が言っている戯言だと思ってください。」
清子は少し苦しそうに、でも確固たる意志を持ってそう伝える。私は黙って頷くしかなかった。あなたに罪が有るとしたら、私はあなたの罪を少しでも背負う責任があるのだから。
「私の一家は昔、帝の妻にしては身分の高くない女性に仕えていました。桐壺様というのですがご存知ですか?」
「第二の皇子、光る君の産みの母ですね…。」
まさかそんな繋がりがあったとは…。物語の主人公である光源氏の産みの母、桐壺に仕えていたのが清子たちの一家だったなんて知らなかった。
「そう…それで数年前になりますか、桐壺様がお亡くなりになって私たちは没落しました。それでその後から本名は名乗らなかったのですが月隠れと言う方たちが私たちを脅すようになりました。私はその頃すでに御息所様に仕えていたし、兄も内膳司の端くれとして食い扶持を与えてもらっていたので最初の頃は無視していたのですが、両親を人質にと聞いて…。」
「それで、兄妹で東宮様と御息所様を陥れろと命令が?」
「いえ、命令は非常に簡単なものでした。兄はそば粉をいれるように、私は木炭を燃やすようにと…。」
命令自体はとても具体的。気付かれる可能性を考慮していなかったのだろうか。それともたとえ気付かれたとしても何とでも出来るという余裕?
「呪詛も確かに入れました。ですがあれも何が書いているかわからないままに入れさせられたんです…。…すみません言い訳がましかったですよね。」
「でもそれが誰による指示か結局わからず終いになってしまったと…。」
清子はゆっくりと頭を縦にふる。きっとなにか怪しいことはわかっていたんだろう。だけど自分の両親が人質に取られている状態で何が出来ただろう。
私はずっと思っている疑問をぶつけてみることにした。もしかすると彼女なら何か知っているのかもしれない。
「あなたの仲間はお兄様とあなたと…そしてもう一人いましたか?」
清子は目を丸くして顔を上げる。
「どうして…そう思われるのですか?」
「理由は単純で、そば粉を大量に入れた場合それの違和感を感じさせずに食べる場所を準備する人間が必要になります。そんな事出来るのはあなた達の仲間なのではと思ったのですが…。」
清子は目を細めて私を品定めするように見てくる。そして何度か見直した後ゆっくりと口を開いた。
「私には弟がいるらしいです。私が物心付く前にしかあったことがないんですけど…。でもその子が関わっている可能性は大いにあります。」
弟と会ったのが清子が物心付く前…。ということは弟は完全に人を殺す教育を受けてきたと考えて良いだろう。となると香りで味の方に意識が回らないように出来るかもせれない。でも食感は?食感はどうしても変わらないのだからそば粉によってできるあのザラザラ感をどう誤魔化した?
「私は弟の名前も覚えていませんからあっちは私の存在自体を知らないかもしれません。」
清子はどこか寂しそうにそう訴える。
今、清子は一人だ。愛する両親を人質にされ、お互いに姉弟と名乗り合えない弟がいて、兄が殺された。
私も似たようなものだった。幼い頃に母が出ていって父も友人も失ってここに来た。だけど今は…、今は私は一人じゃない。永久がいて御息所がいて秋葉がいて…。
しばらく私たちは見つめ合う。
似ているようで、何もかもが違う私たち。こんな私でも、清子と対等にいられるんだろうか。
「…さぁ、仕事に戻りましょう。」
清子は話を切り上げるように手を叩くと手紙を丁寧に書いていく。
私も自分の目の前にあるいらない手紙たちに適当に返事をしていった。
そして、夕日が眩しくなってきた頃、宮中の方からここにも聞こえるくらいの悲鳴が
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