第十五話 ここは現代じゃない
どうして気付かなかったんだろう?誰かに操作されていた人が失敗したらその人は消
される。刑事ドラマとかで当たり前の事だったのに…。ここは平安、現代の平和な日
本と違って欲望と打算が交差しているってわかっていたつもりだったのに…!
私はいつの間にか安心していた。現代と同じ感覚で、いろんなことがあっても人が殺
されるなんて身近なものじゃないって勝手に思っていたんだ。
「通して!通してください!」
宮中に入ろうとすると門番達が取り押さえてきた。それもそのはずだ。走ってきたせ
いで髪は乱れて目は血走って、ゼェゼェと息を吐く姿はヤマンバのようなんだろう。
でも…。それでも今行かないと間に合わないかもしれない。
それでも結局門番たちに取り押さえられて気持ちだけが空振っていると後ろから声が
した。
多分今までで一番頼りになる初めてかっこいいと思えた声が。
「それは私の妻だ。通せ。」
冷たい声が今は心地よく聞こえる。
「永久様…!これは失礼しました。」
門番たちはすぐに道を開けてくれる。こんなにすぐに人を動かせるって、永久は一体
何者なんだろう…。でも今はそんな事考えてる暇なんかない。
私はまた走り出す。ポツリポツリと雨が降ってきた。次第にそれは土砂降りとなって
髪を濡らしていく。
着いた頃にはびしょびしょになっていたけど構わずに奥へと進んだ。それと同時に私
は全身から力が抜けた。
「…おい。…おい!」
追いついたらしく永久が話しかけてくる。だけど今は何も考えられない、何も考えた
くない。
あぁ、こういう時って涙も出てくれないんだなぁ…。ただ心のなかで感情が渋滞して
ぐるぐる動き回っているようで吐き気がする。
私は目の前に広がる惨状から永久に目を向けて言った。
「…私のせいで…人が死んだ…。」
遠くからゴロゴロと雷がなった。
「…さっきの男は司馬清光。没落した貴族の生まれだったがその料理の腕で内膳司に
なったらしい。」
「…。」
「…。」
あたりはしんと静まり返って、ただざぁざぁと雨の音がするだけだ。
清光が死んだ。私がそば粉を入れたことを知ってしまったせいで…。私が彼の気弱な
性格を利用したせいで…!
「ねぇ…。」
「ん?」
「私は…私はもうここにいたらいけないんじゃないの…。」
「雨が止むまではいても良いぞ。」
「そうじゃなくて!…私のせいで人が死んだのにここにいたらまた誰かが死んじゃう
かもしれない…。」
また会話がなくなって雨の音が響き渡る。遠くからまた雷の音が聞こえた。
いっそこのまま雷に打たれて死んでしまえたら良いのに…。もう、何が正しくて何が
悪いのかもわからなくなりながら虚ろな目を永久に向ける。
永久ははぁっとため息を付くとゆっくりと私を抱き寄せた。
「…何があったか知らないし今は聞かない。でもな…お前が来たときにはもうあの男
の命はなかった。お前のせいじゃない。」
永久の正装があったかい。私は永久の服に顔を埋める。永久の言葉は不思議だ。その
言葉だけでやっと私は解放されたような気持ちになった。
解放されると一気に涙が溢れてくる。涙で服を汚してしまっても永久は何も言わなか
った。
それからどれくらい泣いたのだろう。何時間も泣いたのかもしれないし、何秒も泣い
ていないかもしれない。それでも私の気持ちは少しだけ軽くなってやっと永久から離
れる。
「…ありがとう。だけどもう大丈夫。帰るね。」
「そうか…。まだ雨降ってるからこれ使え。」
永久が黒い正装を脱いで私に渡してくれる。いつの間にか衣を脱ぎ捨てていたらし
く、今頃になって寒さを感じてくる。雨に打たれすぎたみたいだ。
私が服を傘にして帰ろうとすると後ろから暖かく包みこまれる。
「お前を利用し始めたのは俺だ。もしお前が責任を感じるようなことがあったら全部
俺のせいだからお前は抱え込むな。俺はお前をこれからも利用すると思うけど、お前
の重圧にはなりたくない。」
「永久…。」
「もしお前が抱えきれないことがあったなら俺にぶちまけろ。言葉にできるならそれ
でも良いし、今みたいに泣いてくれても良い、殴る蹴るも…はやめて欲しいけど…。
とにかくっ、お前も俺を利用しろ。俺らは夫婦なんだぞ。」
あぁ、今絶対に永久の顔は見れないな…。だって、今見たら絶対にかっこいいって思
っちゃうから、それでもう後戻りできなくなっちゃうから…永久なしでは生きられな
く…なっちゃうから…。
降りしきる雨の中、私はすべてのことから逃げるように思い切り走った。
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