第二十四話 あなたの特別になるために

ボー。


「ねぇねぇ…毒の君どうしちゃたのかしら…?」


「あれはもう駄目かも知れないわね…。」


ボー。


「夕顔…一体どうしたんだ?もう朝からそこに座ってるじゃないか。」


「そうですよ、掃除の邪魔です。」


御息所は心配してくれてるみたいだけど、秋葉はやっぱり平常運転だ。

心配してもらっている所悪いけど、別に体調が悪いわけじゃない。

単に精神統一をしようとしているだけだ。頭を空っぽにしてアレのことを考えないようにする。もちろんアレが何を指すかは考えない。


「そういえばあの後永久殿とどうしたんだ?」


永久という言葉に心がえぐられる。それを考えないようにしていたのに言われてしまっては同仕様もない。

私はやっとその場から動くと御息所に向き直る。


「特に何かあったわけじゃないですけど…そういえば、これは私の家にいる右近という者から聞いたことなのですが、右近には夫がいるんです。」


「へぇ…家にいる…ねぇ…。」


秋葉が面白そうに見てくるけど、御息所は真剣に聞いてくれている。


「それで、その夫が右近にいつも以上に優しく接してくれて、その理由を聞いたら当たり前って言われたそうなんですよ…。私はそれが可愛そうで…。」


「そうか…。」


「なるほど…右近さん…がですよね。」


ちなみに右近は未婚だ。


「しかし、その男も嫌なやつだな。気まぐれに優しくするなら来ないほうがマシだ。」


御息所の言葉に何故か私は強い反発心を覚えた。


「何ならなにかの罪滅ぼしとかじゃないのか?最近通っていなかったとかそこら辺の…。」


「お言葉ですが、その男はそんなことをする者ではございません。彼は誰よりも純粋で、優しくて…それで誰よりも正義感に溢れた誠実な人間です。」


「?。やけにその男を擁護するじゃないか。」


しまった。永久のこととなるとつい言ってしまう。

少しだけ気まずい空気になると、秋葉が見かねたように御息所に言う。


「御息所様。年末の掃除をしなくてはいけないので私たちはこれで失礼しますね。」


「あぁ、わかった。私も書物の整理とかをしないとな。」


御息所は特に気にする様子もなく去っていく。

良かった。御息所はさっきの擁護を特になんとも思っていないみたいだ。


「嘘が下手くそですよ。」


安堵していると横から背中をポンポン叩かれる。


「御息所様は人一倍その手の話に疎いから上手く言っただけですからね。」


秋葉はため息をつくとまた適当に座る。


「今度は自分の気持ちを正直に言いなさい。そしたら相談のやり甲斐もあるってものですから。」


秋葉には気付かれていたみたいだ。しょうがない。私は包み隠さず話すことにする。


「私はその…嫌だったんです。彼の特別な存在になれていないことが…。馬鹿みたいですよね…。」


「そうですね。馬鹿みたいです。恋でくよくよ悩んでるだけならまだしも、本気で相手に向き合っていないのが。」


「えっ?」


俯いていた顔を思わずあげて秋葉を見る。彼女は何かを思い出すように空を見上げながら話を続ける。


「相手に向き合わなかったら気が楽ですよね。自分にとって都合のいい解釈が出来る。だけど…その後後悔するのも自分ですよ。」


いつになく真剣に語る秋葉はゆっくりと私の目を見る。


「毒の君は自分の考えを述べているだけで肝心の、相手がどういう意図で当たり前といったのかを考えていません。それを考えてみると、もしかすると違う見方が出来るんじゃないですか?」


違う見方…。もし永久が、私だから当たり前と言ってくれたのなら…。でも当たり前ということは、困っている人がいたら誰にでもああするということなんじゃないのか?


「よく…わかりません。」


正直に言うと秋葉は笑い出す。


「まぁ、難しいとは思いますよ。だけど、恋愛をしたことがない私から言えることはそれくらいです。あと、いつまでもくよくよしてるのは本当に毒の君らしくないのでいつもの様子に戻ったほうが良いですよ。」


サラッと私の頭を撫でると秋葉は立ち上がる。


「さぁ!今年中に屋敷中を整理しますよ!」


秋葉が勢いよく伸びをする。

確かに、永久は私のことなんて何とも思っていないってばっか考えてくよくよしたって意味がないじゃないか。このままじゃ本当に永久に依存しているだけの女になる。

なら、永久が私無しじゃ生きていけないくらい、私のことしか考えれないようにしてやる。

ちょっとだけ艶っぽい決意を胸に、私は屋敷の掃除をするべく秋葉の後ろをついて行った。

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