第二十三話 特別と当たり前

「…ここは?」


「俺の好きな場所だ…ここにいると心が安らぐ。」


そこには手入れされているとは言い難い、でもどこかほっと出来る庭園があった。


「ここのご主人は?」


「もうずっと前に死んで俺が引き取った。」


永久は適当なところに座ると横を叩く。


「座れよ。」


「あっ…ありがとう。」


なぜだか今日の永久は他人行儀に見える。久しぶりに会ったからだけだろうか。


「…もう、話せるか…?」


その一言が私の胸をぎゅっと締め付ける。倒れた場所から徐々に広がる鮮血を思い出す。

だけど…。だけど永久にいつかは言わないといけないとわかっていたから私は頷いて、御息所にした説明とほぼ同じことを言った。もちろん清子の名前は伏せておいたけど。


「そうか…。」


私が話し終わると永久は腕組みをして月を見上げる。今夜の月はきれいな満月で金色の光を振りまいている。


「…ゴメンな…。」


「えっ?」


「つらい仕事…頼んで…。」


「そんなことないよ…だって…。」


絶望のどん底にいた私を助けてくれたのは、あなただったから…。その言葉が喉に詰まって出てこない。

満月のせいか、代わりに私はずっと気になっていたことを聞きたくなった。


「ねぇ…。」


「ん?」


どうしよう…いざとなったら声が出なくなる。だけど…今言わないとたぶん一生言えない。


「どうしてあの時…優しくしてくれたの?」


言葉にするとなんて馬鹿馬鹿しく聞こえるんだろう。だけど知りたい。あの時…私が清光を死に追いやってしまったと言ってボロボロになった時、どうしてあんなに慰めてくれたんだろう。どうして…私の心をかき乱すようなことをしてくれたんだろう。


「優しくって…あんなの当たり前だろ。」


永久の一言に叩きつけられる。当たり前…。その言葉が頭の中で何度も聞こえてくる。

永久は私だからしたわけじゃない。悲しんでいる人がいたから、慰めてくれたんだ。

きっと私は彼の特別になりたいと思っていたんだ。

もう、これ以上自分に嘘を付くことは出来ない。

私は永久のことが好きなんだ…。

私は震える唇から無理やり言葉を作り出す。


「そっか…永久はすごいね。私は誰かを慰めることをすぐには出来ない。あんなふうに人に寄り添うことは出来ない。」


そういうところが好き…。そんな言葉は口にすることなんて出来ずに夜に舞う。

永久は照れ笑いをしながら私の目を見る。


「でも、俺はお前のことが羨ましい。」


やめて。


「お前は俺の持っていない知識を持っているし、それを応用して考える頭脳も持っている。」


お願いだから見ないで。


「だから俺はお前が必要なんだ。それにもし、お前にとって俺が必要ならこれからも頼ってほしい。」


もうやめて。


「だって俺らはふう…。」


「ごめん。今日はもう遅いから御息所様の所に戻るね。」


これ以上私に期待させるような言葉をかけないで。私の心を無駄に掻き立てるその瞳で私を見ないで。

溜まっていた気持ちが溢れて、遮るように永久に告げると私はいつかと同じように逃げるように戻っていった。

これ以上自分を傷つけないために。

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