第二十二話 反射と屈折

「それで?どうやってこの火事を起こしたんだ?」


永久が興味津々に聞いてくるけど、まずは最後の確認をしないといけない。


「念の為聞くけど、ここに来たのは部屋の片付けをする子どもたちだけだったの?」


「あぁ。内膳童が部屋の片付けをしてくれたけど…それがどうかしたのか?」


よし。これでからくりが全て説明できる。


「じゃあ早速始めますね。まず使ったのはこの香炉です。」


私は墨で黒く塗った紙くずと少量の油の入った香炉と水を用意しておく。今は昼だから南の方角において…。後は香炉のガラスを見ながら鏡を微調整する。

これで準備完了。


「後は起きるのを見るだけなので少し遠くへ。」


「はぁ?何言ってるんだ。まだ何も…。」


良いからと永久を無理やり外に出させる。数分後、香炉から煙が出だして…。

そのままあっという間に火が付いた。


「「!」」


御息所と永久が目を見開いて固まる。私はすぐに消火すると二人の方に向き直る。


「どうして何もない所から火が起きたんだ?」


しばらくしてもとに戻った永久が食い気味に聞いてくる。


「この香炉も大陸から送られたものなのですよね。だからでしょう。この国には無いものが付いています。」


私は二人にガラスのようなものをのぞかせる。


「どういうことだ?中が大きく見えるぞ…。」


「そうです。これは光の屈折を用いて作られたレンズと呼ばれるものを付けたものです。レンズは光を屈折させることが出来るので、当然光を集めて一点に集中して当てることも可能になります。」


「そしてその熱が集まることでさっきのように燃えるということか…。」


御息所が納得したように頷く。やっぱりこの人はすごいなぁ。私なんかこれを授業で聞いた時、睡魔と戦いながら夕ご飯のこと考えていたのに。


「でもいくらなんでもこんな速さで燃えるのはおかしくないか?」


「確かに永久の言う通りこんな速さで普通は燃えない。だけどそのために鏡があるの。鏡は光の屈折とは別に、光の反射をさせることが出来るの。」


私は鏡を見た時違和感を感じていた。今ならそれが何かわかる。鏡は普通自分を映すために部屋の中に向かって置かれていることが多い。それなのにこの鏡は庭に向かって置かれていた。


「この鏡は太陽の光を反射してもう一つのレンズに向かって日光が伸びるように置かれていたんです。」


「!、そうすれば太陽の光が二つある状態、熱の伝わる速さが単純に考えて二倍になるわけか!」


「御息所様の言う通りです。夕方に起きた理由は、誰かが夕方までに準備をして、ちょうど西日が差し込むようにしたんです。」


そうだとすれば夕方の誰もいないときに火事が起きたことに理由がつく。

問題は誰がやったかだけど、正直もう判明しているようなものだ。


「永久、東宮の部屋に今日入ったのは確か…。」


「あぁ…内膳童たちだけだ…。でもそんな事あるか?子どもだぞ?」


「子どもは自分のしていることが悪いことかわからずにやっていることがある分、大人よりも躊躇がないわ。」


それに、犯罪をするための教育だけを施された子どもがいるかも知れない。

清子の言葉が頭をよぎる。彼女には弟がいて、もしその子が内膳童だとしたら…。

永久は苦しそうに頷きながら外の家来を呼ぶ。


「今すぐに内膳童を集めろ。全員だ。」


永久の言葉はいつも聞く声よりずっと冷たくて重々しい。何ならいやいや行っているという感じがする。

永久の命令がそんな感じだったからだろうか、すぐに内膳童達が集まる。

天皇たちに仕えて、配膳を主な仕事とする彼らは、必要なときは宮中の掃除とかもするわけだけど、やっぱりまだ子どもでこの状況を完全に把握していないようで、これから何が始まるんだろうと目をキラキラさせている子までいる。


「…この香炉と鏡を置いたのは誰だ?」


「「「知らなーい!」」」


検非違使たちの質問に子どもたちは声を揃えて答える。すると同時に他の検非違使が燃えて折れていた柱を持ってやって来る。


「もう一度聞く。誰だ!」


怒号とともに響き渡る柱が地面に叩きつけられる音。

子どもたちはみんな悲鳴を上げる。私はこの状況から逃げたくなって御息所を見る。でも御息所は眉間にシワを寄せながら腕組みして動かない。今度は永久を見ると唇をかみながら俯いていた。


「あ…そういえばあの子はどこにいるの?」


「あの子?」


一人の子どもが勇気を出してみんなに聞いた言葉を思わず復唱してしまう。子どもたちは一斉に私を見るとワラワラと集まりだした。


「そう!一人だけいないんだ!」


「僕達みんなで呼ばれたのにどこ行ったんだろう?」


子どもたちは口々に一気に話し出す。きっと今まで感じたことがないほど怖かったんだろう。たしかにそうだ。いくらなんでもあれは子どもにする尋問じゃない。

子どもには子どものための方法があるのに…。

私は子どもたちと目線を合わせて話す。


「ねぇ、お姉ちゃんにその子の話してくれないかな?」


「毒の君!恐れながら今は取り調べ…。」


「構わない。続けろ。」


永久の一言で検非違使達は渋々引き下がる。


「うーんとね、いつも喋らない子!」


「いっつも一人でいるよね。」


「それに一緒にいると結構怪我してる所見るよ!」


子供の言葉に永久が驚いたように目を見開く。


「そんな馬鹿な!内膳童は痣や傷がなく、眉目秀麗であることが絶対条件だぞ!」


あらそんなルッキズムの権化みたいな条件があるんですか。

でもそれが本当だとしたら…。焦りながら内膳童の名簿を見直すと人数がちょうどあっている。


「内膳童じゃない子がいた…ということになるのか…。」


流石に御息所も驚いたらしく、声が震えている。

突然消えた子ども…この子がやったと考えて問題はなさそうだ。他の子達ともあまり関わっていなかったらしいし、ますます怪しい。

だけど今いないからこれ以上調べるのは無理だ。

子どもたちが戻っていくと、検非違使達も今日の報告書を書くために戻っていく。


「今日はこれ以上なにか出来るわけではないし…。屋敷に戻ろうか。」


御息所の言葉に従って私もついて行こうとすると後ろから腕を掴まれた。


「申し訳ございません。妻と話があるので…。」


永久は私の腕を少し強く握る。御息所はわかったとだけ言うとさっさと帰ってしまった。


「何?話って?」


私が腕を引き離して聞くと永久はそっぽを向きながらもう一度私の手を握る。


「場所を変えよう。」


それだけ言うと永久は私の腕を引いていった。

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