第三話 こんなお家デート嫌だ

もうすぐ夜になるという頃、右近が帰ってきた。火おこしに苦戦している私に代わっ


て簡単につけてくれる。


「ねぇ…他の従者っていなかったっけ?」


「姫様…御父上がお亡くなりになったときに皆行ってしまったではありませんか。」


「そういえば…そうだったわね。」


右近はもう私を記憶喪失と断定したらしく、特に怪しむ素振りもない。


「そういえば言われた通り銅を集めましたよ。こんなかけらしかもらえませんでした


けど。」


右近はそう言って沢山の小さな銅片を見せる。うん、これだけあれば充分だ。横には


箱に少し入った塩もある。


後は頭中将様が来てくださればいいだけ。流石に今日は来ないだろうから明日にでも


準備しよう。


…と思っていたら外で声がする。


まさかと思いながら右近と顔を見合わせてそっと外を見る。


そこにはいかにも俺様系のイケメンが立っているではないか。


(うわ〜、出たよ。こういうタイプほんと無理だわ。ていうか手紙送ってまだ一日も


ってないだろ。自分への返事は一日以内ってことか?)


人を見かけで判断するのは良くないとか偉い人が言ってた気がするけどそんなの関係


ない。戸惑いつつも右近が俺様系の方へ行くから慌てて伝える。


「あの人は家に通してね、でもちょっとだけゆっくり来て。」


「…姫様、変なことだけはしないでくださいね。」


もはや今までの夕顔への信頼はないのだろう。右近がすごく心配そうな顔で私を見て


くる。


安心して、これ以上没落するほど我が家に余裕はないと思うから。


右近が本当にゆっくりと接待をしている間に私は準備をする。確かリヤカーなきK村


動力…だからきっと上手くいくはずだ。


燭台に近づくと今はしっかりと赤い火が灯っている。ここに銅を入れて後は待つだ


け、じゃなかったあともう一つ用意しないといけないものがある。


私はあの虫の好かない男をさっさと片付けるためにとびきりの演出を仕込んであげ


た。



段々と近づいているのだろう、床の軋む音が大きくなってくる。私の方も準備は万端ばんたん


だ。


「会いたかったのだろう、俺の夕顔。」


自信満々に近づこうとしてくるのもつかの間、頭中将は足を止めた。それもそのはず


だ、眼の前にいる女は火を操っているのだから。


「あら、頭中将様。こんなところへようこそ。ちょうど今から右近と楽しい遊びをし


ようと思っていたところです。」


青緑色の炎に灯された笑顔はとてつもなく気味悪いのだろう、あのいけ好かない顔が


引きつっている。


追い打ちをかけるように私は黒い液体の入った湯呑みを三つお膳に置く。


「この内の二つが毒入りです。」


世間知らずな姫が言う言葉なのだから嘘に決まっている。通常ならそう思えるかもし


れないけど、今の異常な炎の色と目の前にある黒い液体を見てそうは思えないだろ


う。薄暗い部屋で笑っているのは私だけで二人は青白くなってカタカタと震えてい


る。


「どうされましたか?お選びくださらないなら帰っていただくしか…。」


「わかった!飲む。」


「!」


正直予想していなかった回答だ。流石に命の危険性があればやばいと思って帰るか、


こんなおかしい女のところになんて居たくないとか思って帰るかすると思っていたけ


ど意外と惚れたら深入りするタイプなのかもしれない。


でも大丈夫。しっかりと万が一のときのために仕掛けている。


右近にはかわいそうだけどこれは飲んでもらうしか無い。


「では、いただきましょう。」


二人が湯呑みを手に取ったことを確認すると私はぐっと湯呑みの液体を飲み干した。


二人も意を決したかのように飲み干す。


「今のもので、喉に辛味を帯びたものが毒入りです。」


その言葉と同時に頭中将の顔から一気に汗が出て逃げるように外へ出ていった。右近


は着物に顔を埋めて泣いている。二人は毒入りを飲んだのだろう。当たり前だ、全部


に入っていたのだから。


頭中将が帰ったのを確認すると私は銅を取る。燭台の光は普通の色へと変わり周りを


暖かく包み込む。


「右近、泣かないで。毒なんて入ってないから。」


「!本当ですか!?」


「えぇ、ただの塩よ。」


私は右近に取ってきてもらった塩を前に置く。


「でも禍々しい黒色で…。」


「あれは墨汁。ほんの少ししか入れてないから体に問題はないはずよ。」


「はぁ…でも、でもあの火の色は何なのですか?あれこそまさしく物の怪が姫様に取


いてしまった証なのかと思ったのですよ。」


「あぁ…これは…。」


私は右近に銅を見せる。


「これは銅を燃やすと炎の色が変わる性質を活かしたの。炎色反応っていうの。」


「はぁ…。」


私にだって死んですぐにまた死ぬようなものを飲む趣味はない。ただあの状況で言わ


れたら信じてしまうのは当然なのかもしれない。


「あの…姫様はいつこのような知識をつけたのでしょうか?」


「え?」


「今までの夕顔様はおっとりしていて少し世間を知らないふしがありましたが今の姫様


はまるで人が変わったようでございます。」


「えーっと…。」


記憶喪失で性格が変わることはあるのかもしれないけど変な知識をつけることがない


のは当たり前か…。


「内緒!」


私は困ったような笑顔を浮かべてちょっと舌を出した。


右近は怪訝そうな顔をしていたけど、最終的に諦めて部屋へ帰っていく。


その時私は、自分が見られていることに全く気が付かなかった。

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