第二十七話 久しぶりの里帰り

「じゃあ新年にまたよろしく頼む。」


御息所と秋葉、それに清子に見送られて私たち女房は六条邸を後にする。

そういえば私一度も帰ってなかったなぁ…。

右近は元気にしているだろうか?家に仕送りはしていたから生活には困らなかったと思うけど…。


「ただいま。」


「姫様!おかえりなさいませ。」


久しぶりの実家に戻ってくると右近が涙目で出迎えてくれる。右近…あなた私のことをそんなに…。


「あぁ、いよいよ解雇されたんですね。今度は何をやらかしちゃってんですか?」


うん。右近は今日も元気そうだね。


「解雇されたんじゃなくてお休みをいただいたの。また二週間後に仕事に戻るわ。」


「良かった…。また生活が苦しくなってしまうのかと思いました…。」


「そこら辺は安心してて。後これ、御息所様からのお土産。」


実は私たち女房は実家に戻る時お土産を渡された。まだ中身は見てないからちょっと楽しみなんだけど…。


「キャー!こんなに沢山のお菓子とお米!どうしましょう!!!」


右近がはしゃぎすぎてちょっと引いてしまう。だけど確かに貧しい我が家からしたらこんな贅沢なかなかないんだろうなぁ…。


「それに海老までありますね!これはお正月にいただきましょう。」


「えぇ、そうね。そういえば私がいない間家で変なことはなかった?」


「いえ特には。でも永久様が何度かこちらにいらしておりましたよ。今日は帰ってないのかって。」


「…へぇ…。」


どうして彼はそんな期待してしまうことをするんだろう。いっそ最初のように完全に利用するだけにしてくれたら良かったのに。私にとって彼の優しさは毒だ。だけどそういうときに限って嫌なものはやって来る。


「夕顔!帰ってたのか。」


夕方辺りに、荷物の片付けを終わらせてゆっくりしていたら永久がやって来る。

ちらっと永久の顔を見ると思わず二度見してしまった。何だかとってもご機嫌が斜めっぽいな…。

ずんずん近づいてきて私の隣に座ると、嫌なほどの笑顔で見つめてくる。

どうしよう…すっごく嫌な予感しかしない。でも最近そんな問題起こしてないはずなんだけど…。


「知ってるか?今宮中で流行ってる噂だ。」


「…何?」


「御息所様のところに手紙を送ると三種類の返歌が来るってものなんだけどな…。一つ目は理路整然とまとめられた漢文のように知性を感じる文。二つ目は情緒に溢れた儚く美しい歌と字の文だ。」


多分一番目が御息所で二番目が清子だろう。あれ?誰か抜けてる気がするぞ。


「そして最後が、情緒のかけらもない、見た者は目が腐ると言われている文だ。…そしてそこから付いたとされるのが毒の君というものならしいな。」


なるほど、起こっているのはこれが原因か。でもちょっと違うからそこは否定しないと。


「ちょっと違う。確かに私はそういう文を書いたけど、それが原因で毒の君って名前になったんじゃないから。」


そう、毒の君は御息所に寄り付く悪い虫を追い払う毒としての異名だ。間違っても馬鹿にされた名前ではない…はず。

永久さんは納得できないらしくまだ腹を立ててらっしゃる。


「それでもあの歌はひどいな。部下が見せてくれたんだよ。何だあの…う…うぉう…。」


「うぉううぉう イェイェい 馬鹿みたい ロマンティックな 浮かれ気分 …のこと?」


実は私なりにこれは行けると思ったものしか使っていない。だからちゃんと考えてあげてるのに…時代はまだ私に追いついていないみたいだ。


「…せめてよくわからない言葉を使うな。それで、御息所様には気に入られてるらしいな。」


途端に真剣な顔つきになったから思わず私も姿勢を正す。

多分今永久が聞きたいのは私がいつ御息所に頭中将をおすすめできるか、ということだろう。

だけど御息所の女房となって、ううん、人には滅多に見せないあの人の等身大の感情を見てわかった。

あの人には東宮以外いない。あの人の中できっと東宮は特別な存在を超えていたんだろう。


「永久、私は御息所様と頭中将をくっつけれる自信がなくなってきたの。」


「…何でだ?」


「私は愛がどんなものかいまいちわからない。でも…御息所は東宮を深く愛していたんだと思う。今も東宮のことを中心に考えてしまうくらいには。」


御息所は男の手紙でまだ承諾文を送ったことがない。その理由はあの方が東宮を中心に考えているからだろう。御息所は手紙を吟味する時、いつも東宮ならという言葉が最初に付いていた。

そんな人を誰か他の人と結婚させるなんて自信ない。もしあったとしてもやりたくない。

永久は何かを感じ取ってくれたのかため息を付くと優しく微笑む。


「別に御息所の娘はまだ四歳くらいだろう?ならまだまだ時間はあるから焦らなくていいよ。」


何でだろう。いつもなら勝手に諦めんなとか、うだうだ言う暇あったらやれとか言いそうなのに…。


「…。」


「…何だよ?」


「いや…今日はやけに優しいなって思って。」


永久は少しだけ顔を赤くしてそっぽを向く。


「お前に…嫌われたのかと思ったからだ。」


「はぁ!?」


「だから!お前この前話遮って帰っただろっ。それで…俺何か悪いこと言ったのかなって考えたんだけど思い当たらなくって…。」


「…。」


「だけど、今のお前の反応見て安心した。俺、お前に嫌われたくないから。」


きっとこの人は言葉通りの意味で言葉を発しているんだろう。だけど…そんなの期待しちゃうじゃないか…。


「…そういうところだよ。」


今、私が彼を意識してしまうのと、彼が私を意識するよう仕向けるギリギリのラインはここだろう。

私はそっと大好きな人の手を握る。永久の手はあったかくて、冬の寒さを優しく包んでくれる。

永久は驚いたように私を見た。流石に見つめられると恥ずかしい。


「寒いから…温まろうと思っただけ…。」


こういうときに限って本当の気持ちを伝えられないんだからと自分に嫌気が差す。

そんな私を見てまた永久は優しく微笑んでくれた。


「そうだな…今日は冷え込むなぁ…。」


それだけ言うと私の指と指の間に彼の指が絡み始める。永久は私の手が絶対に離れないように強く、だけど優しく握りしめてくれた。

これって…俗に言う恋人繋ぎってやつじゃないだろうか。いやいや、この時代にそういう文化は無いんだろうけども…。やっぱり刺激が強すぎるよ…。昔は抱き枕にされても何とも思わなかったのに…。

抱き枕?そういえば今日は永久が家に来ていて、更に私も当分ここにいることになる。…ということは…。

私はちらっと永久を見上げる。

かっこいい…。

今まで感じてなかったはずの気持ちがまた溢れてくる。永久はかっこいい。永久は素敵。永久は…。

これは抱き枕にされたら生きて朝を迎えられないかもしれない。そんな危険を感じながらも、私は強く結びあった手をぎゅっと握りしめた。

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