第五十話 決戦の刻

すぐに対応することができたのが功を成したのか、火事の沈下は思っていたより早くに終わった。

だけどここからが本題だ。

どうやって右大臣家、朧月夜を止めるかどうか。

ついに御息所に危害を及ぼすようなことをしたということは、あっちも何か仕掛けようとしていると考えていいだろう。

あっちが考えていることは大体想像できる。

敵対しそうな勢力を徹底的に潰すか、味方につけるための策なんだろう。

もし、朧月夜の入内がすでに決まっているのなら、葵の上が光源氏に嫁いでいる今、敵となるのは大臣家の御息所、もしくは梅壺になるのは当然だろう。

でもそのためだけか?

そのためだけに、清子や清光、清春を使って人を殺めてきたのか?

何か、何かが足りていない。

多分、朧月夜が狙っているのはもっと違うなにかだ。


「それで、いつ会いますか?」


秋葉の声に我に返る。

御息所は悩みながらも、冷静に判断を下す。


「こちらから仕掛けるのは危ない、あちらが狙っているのはこちら側の立場がなくなること。もし右大臣家になにか言われたらただでは済まないから相手の策にハマってしまう気がする。」


「でしたらこちらから、右大臣家に危害を加えられたと言えば…。」


そうすればあっちが痛手になるはずだ。

いくら右大臣家でも、大臣家に危害を加えたということはマイナスにしかならないはずだから。

でも御息所は首を横にふる。


「あの男たちは清子の監視人たち。確か清子は朧月夜にあったことがないんだな?」


「はい…。」


「あの男たちも直接朧月夜に使役されているわけではなさそうだった。それは逆に、私達が右大臣側のせいだと訴えても、証拠がないことを意味する。」


確かに、別にしっかりとした書類が必要じゃないこの時代に、非公式な雇用があるのは少なくないだろう。

そしてそのことを証明することができるものは無いのも事実だ。

なら同仕様もないのかと半ば諦めてしまうと、御息所はニヤッと笑う。


「いや、あっちは焦っているのかもしれないな。」


「焦っている?」


「知っているだろう?いま東宮になっている方は右大臣家の血を継いでいる。だが世間で騒がれているのは二の君である光る君。本人たちにとっては面白くないくらいかもしれないが、家側は少しばかり脅威に感じるだろう?」


なるほど。

光源氏の登場によって危機感を感じたから、天皇家とより強固な関係を築くために朧月夜を嫁がせ、邪魔者である私達を消そうとしたのか。

でもやっぱりなにか引っかかっている。

もしかして…私が気にしているのは右大臣家がどうしてこのやり方をしているかだろうか。

やり方自体は本当に巧妙で、現代の知識がないと理由を解明できないものばかり。

だけど今回は随分と古典的なやり方だった。

もし、御息所の言った通り、今朧月夜側が焦っているのなら、朧月夜には相談役がいたんじゃないだろうか。だから知識を貰う前に焦って行動した結果こんな今までとは違うズボラなものになったんだろう。

なら…攻めるのは今しかない。


「仕掛けるなら…曲水の宴のときですね…。」


清子が少しこわばりながらも御息所に伝える。

曲水の宴、これは2月下旬に行われる平安時代固有のイベントで、主に詩歌を詠むものだ。

今回のは宮中で行われるらしい。

つまり、今最も皇族と密接な関係の右大臣家だからこそ絶対に断ることができないというわけだ。


「ただ…ここからお前たちにもかなり準備してもらわないといけなくなるな…。」


「えっ…何か用意することってありましたか…?」


秋葉はやれやれとため息をついて私に説明してくれる。


「良いですか?私達は大臣家の姫君の女房。当然装いも主人に合わせつつ素敵なものにしないと恥をかくのは御息所様なんです。」


だから素敵な装いの衣を縫う必要があると言うらしい。

御息所は基本的に青い服だから、私達は白色で合わせるのが良いらしい。


そこから私達はどんどん縫って、縫って…これ以上無いくらい大変な日々を送った。

どうせ参加するものだったんだから、こんな遅くに言わなくても…なんて言っても仕方ない。

そのお陰でどっかの誰かさんのことも考えなくて済んだから良かったんだけど。


そしてついに当日、私達は宮中に行った。

やはり帝と一緒に歌を詠む人ともなれば、身分の高い人達ばっかりだ。

そうなるとやっぱり…。

予想通り頭中将が呼ばれている。

ってことはその従者も来てるんだろうなぁ…。

あんまり会いたくないけど、今日ばっかりはしょうがない。

それに姫君たちは全員見過ごしにいるから絶対にバレることはない…はず。


御息所はできる限り女房を少なくして連れてきて、基本的にずっと一緒にいるのは秋葉と私、そして清子の三人になった。

でもこれは朧月夜を見つけるという一点においては良いのかもしれない。

私と秋葉は来ている人たちに挨拶と手土産を渡していく。


「あなたは女性陣中心に挨拶していきなさい。」


「えっ?」


「私は婚期が遅れているんです。分かってください。」


「…はい。」


口ではこう言ってるけど、秋葉はきっと気付いてるんだ…。

私が今…永久に会いたくないこと、会えないことを…。


でもまあ良い。これからどんどん挨拶していかないと。

最初に行くのは左大臣家、葵の上への挨拶だ。


「お久しぶりです、葵様。」


「まぁ!毒の君久しぶり。」


簡単な挨拶の後、葵の上は人払いをする。

そしたら気品ある気位高そうな女性から、可愛らしい女の子にガラッと変わる。


「本当に久しぶり!」


「はい、お久しぶりです。」


「おにいちゃ…永久とはどう?」


やっぱりそれ聞いちゃうよね…。でも嘘はつきたくないし…。


「私のせいで何処かに行っちゃいました。もう二度と帰ってきません。」


できるだけ笑顔で言ったはずなのに、葵は心配そうに私を見る。


「もしよかったら…私の方から…。」


「いえ、お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。」


永久が嫌だって言ったんだから、これ以上嫌われたくない。そのためにはもう関わらないことだ。他人と同じくらいなるまで。

私がこの話題に触れたくないことが伝わったのか、葵は無理やり話題を変える。


「そういえば、私の隣の御簾は言っちゃ駄目だからね。皇族様だから。」


あぁ。皇族のところには流石に女房ごときが行ったらいけない。

でも、多分そこに藤壺の女御もいるってことだよね…それはちょっと気になるかも。

そのあと葵と分かれると、私は他の女性にも挨拶に行った。弘徽殿の女御は今日見た感じでは変なところはなかった。きっと、栄華を極めることを疑っていないからだろう。

さぁ、ここからが問題だ。

私はゆっくりと部屋の中へと入っていく。


「六条の御息所様の使いにございます。挨拶に参りました…右大臣家が六女、朧月夜様。」


「あら…六条の…ありがと。」


目の前には宿敵、朧月夜がいる。

決戦の刻が今、始まる。

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【コラム】〜これであなたも平安博士3〜

今回は「曲水の宴」についてです。

曲水の宴とは、小川など、曲がりくねった流れに杯を浮かべて、それが自分のところに来るまで和歌を読むという行事です。

普通は桃の節句に行われたそうですが、2月下旬くらいにもあったみたいです。

ちなみに、物語内では今、2月下旬ごろだと勝手ながら考えております。


これで今回のコラムを終わりたいと思います。

回数を重ねるごとに短くなっていると思ったそこのあなた、次から頑張ります。


これからも「夕顔は枯れない」の応援よろしくお願いします。

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