第二十話 永久の職業

いつもよりちょっと早く、つまり日付が変わってすぐに着替えて準備を始める。

なんでこんなに早いのか、それはやっぱり火事の後最初に調べたいという御息所の願いを叶えるための必要な代償だからというわけだ。

別に良いんだけど、別に良いんだけどね…。でもやっぱりもうちょっと寝たいわけなんですよ。

そんな事言えるはずもなく私は御息所のところへ行く。

御息所もすでに準備を終わらせていたみたいで、動きやすさを重視した少し正装とは違う格好だけど、それが逆に様になっていて綺麗だ。

私はといえば葵の上のお下がりを二、三枚だけ着るという、多分見る人が見たらなんて適当なんだと怒られそうな格好をしている。


「あれ?今日は秋葉様は…。」


「秋葉は流石に寝かせてやらないとな。毎日忙しいんだから。」


私も忙しいんだけど、とは口が裂けても言えない。それに秋葉はいわば女子校の学級委員。上手く立ち回らないと一番嫌われるポジションをやっていくのは大変だろう。


「ただ安心しろ。私たちだけでなく、検非違使の方も来てくださっている。」


検非違使とは現代で言う警察官のようなものだ。本職の人達がいるのならきっと問題ないだろう。

でも彼らが調べるのは火事の理由。私が調べるのは火事に”月隠れ”が関与しているかだからあまりあてには出来ないかもしれない。

外に出るとすでに検非違使の人たちが来ていて、その中でおそらく仕切っている人がこっちに挨拶に来た。


「六条御息所様、お待ちしておりました。お話は伺っておりますので早速参ろうかと

思うのですが、お連れの方は?」


そう言っている男を見て私は数秒固まる。

多分いつもと何ら変わりのない姿だ。ちょっと違うところがあるとしたら外面用の笑顔を浮かべているだけで…。なのにどうしてだろう、久々に見る永久はかっこよすぎる気がする。

今まで永久をそういう目で見ていなかったのに急に男として目に入って思わず御息所の後ろに隠れてしまう。


「何をしているんだ?今回案内してくださる検非違使佐の永久殿だ。永久殿、私の女房が済まない毒の君と呼んであげてくれ。」


「承知しました。本日はよろしくお願いします、毒のき…なんでお前がここにいるんだ?」


恐る恐る顔を出すと永久が怪訝そうに顔を近づけてくる。

お願いだからやめて。さっきから心臓がうるさくてしょうがないのにそんなに近付かれたらもっとうるさくなるじゃない。


「…二人は知り合いなのか?」


「知り合いというか…夫婦です。まぁ、夫婦と言っても利害関係の上ですけどね。」


永久の言葉に私は殴られたような気分になる。

何一人で盛り上がってるんだ。何度も言ってるけどこれは完全に戦略的な結婚。勝手に妄想するな。

私は自分の心に蓋をして永久の顔を見る。

よし、大丈夫、いつもの永久だ。

自分の心が変わらない内に、そのまま私たちは宮中のなき東宮の部屋へと向かった。



「こちらが先日火事のおきた場所かと思われます。」


永久が指差す方向には、ほとんど何も残っていない中でも、特に焦げているところが指さされている。


「誰か立ち入ったということはなかったのか?」


「はい、亡き東宮の部屋に入室が許可されたのが最近のことだったので誰も近づいていなかったようです。」


確かに四十九日忌が終わったのは最近のことだったから、部屋付きの者たちが掃除をしたくらいだろう。それも集団で行くから絶対に互いにアリバイが作られる。

じゃあどうやって?

誰もいない状態から火がおきた理由は何だ?

私は部屋をゆっくりと見ていく。

焼け跡の中に残っているのはほとんどなく、燃えカスばかりだけど、何となくどこに何があったのかはわかる。

東宮の庭近くには紙入があったのか、ほとんど焦げていても綺麗な装飾があったことがわかる木箱がある。中身は全部燃えてしまっているようだけど…。

その近くには少しばかり残っている机と、ほとんど消し炭になっている硯がある。

本当に何もかもそのままだ。

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