第十一話 六条の御息所

「こちらが御息所様みやすんどころさまの部屋だ。私たちはここで失礼する。」


女房たちが案内してくれたけれどそれもここまで、ここからは自分一人で会いに行く


ことになる。


御息所に謁見えっけんを依頼すると二日後、一人だけで来ることが条件として許された。だけ


ど許されたからこその心配も募っている。ここで印象を悪くしたら死に直結するかも


しれない。


「御息所様、先程ご紹介に預かりました毒の君、夕顔と申します。」


「…入れ。」


しばらくの沈黙の後に響き渡る声は怒りや悲しみは一切乗っていない、だけどそれ以


上に深く重くのしかかる。


御簾みすの中にはかつての東宮の正妻で、今尚も男たちに求婚されるのが納得の美しい女


性が寝ていた。だけどその頬は落ち窪んでいて目にはまるで生気がない。これは果た


して東宮の死によるストレスだけなのか?


私がそんなことをいぶかしんでいると美女はゆっくりと私を見た。


「お前は私に亡き東宮様について聞きたいそうだな…。何があったのか事情は聞い


た。私の知っている範囲のことは何でも応えよう。」


「!」


思っても見なかった答えが返ってきて驚いた。


私の想像していた御息所は気位が高くて自分と東宮の思い出とかを特別視することで


何も話さないのではないかと思っていたのだけど…。これは女房長のおかげだろう


か?


黙っているとフッと御息所が笑う。


「どうした、怖気づいたのか?」


「っ、申し訳ございません。ですが少々踏み入ったことをお聞きしますのでご気分を


害されましたらすぐにおっしゃってください。」


「あぁ。」


出来るだけ嫌われたくないからこういうことは聞きたくないのだけれど…。しょうが


ない、仮にこれで御息所に殺されるほど恨まれてもそれは私の運が足りなかっただけ


だ。


乳姉妹ちきょうだい以外に会わないと聞いていた御息所が会ってくれた。それだけでとてつもない


幸運だろう。


「東宮様がお亡くなりになったときの様子をご存知ですか?」


「…。」


しまった。いくらなんでもストレートすぎたか。もし死因が他殺なら絶対に死ぬ直前


になにか動きがあるはずだ。だけど最近死んだばかりの夫の死に様について語ってく


れは良くなかったかもしれない。


「申し訳ございま…。」


「構わない。…ただ少し、気味が悪かったものでな。あの方は亡くなる直前から急に


体調を崩された。呼吸も浅い…というより出来なくなっていき、顔や体中が腫れ、赤


くなっていた。私にわかるのはこのくらいだ。少しは役に立ったか?」


今ので断定はできないけど似たような症状になった子が学校にいたのを覚えている。


もしそうならもう一つ。


「それが起きる前に食されたものを覚えていますか?」


朝餉あさげのことか?そうだなぁ…。確か白米と漬物、汁物の他には特に…、いや、その


日はエビが出てたくさん食べたよ。」


エビ、もうこれは確定だろう。呼吸困難や腫れを引き起こすものは多くあるのかもし


れないけど私が知っている中で、これが一番しっくりくる。


「御息所様、東宮様はアレルギーというものでお亡くなりになりました。」


「何?」


「アレルギーとは特定の物を食べると体に異常をきたすことで、東宮様はエビが食べ


れなかったのだと思います。」


これで死因はわかったけど…。一体誰が?


「待て。」


「はい?」


話し終わるとすぐにストップが入ってドキッとする。流石に踏み込みすぎただろう


か。


「夕顔、お前が言っていることが嘘ではないことは何となく分かる。しかしそれでは


辻褄が合わん。東宮様はエビが大好物でいらっしゃったんだ。」


「へっ!?」


思わず素っ頓狂な声が出てしまった。エビが大好物だった?ということは魚介アレル


ギーじゃないということだ。食べないことには大好物とかもないんだから。


だけど死因は確かにアレルギー反応だと思うし…。


これは実際に見ないとわからないかもしれない。


「御息所様。よろしければ私が宮中に行くことのお許しをいただけませんか?」


「えっ、まぁしてやりたいが今は喪に服している身だから…。」


だけど喪中だろうがそうじゃなかろうが私が動かないとこの事件は解決しない。誰か


に任せている間に逃げられたら意味がないんだ。一週間前に渡した壺。アレルギー反


応。この二つが偶然だとは思えない。だから多少手荒にでも御息所には協力してもら


わないと。


「御息所様、もし東宮様の死が偶然ではなかったとしたら…?」


御息所の目に生気が宿る。


「あぁ、良いだろう。ただし三日だ。三日の内に何も見つからなかったら即刻帰って


こい。」


こうして私は宮中へ入り込んで事件を解決することになった。

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