第32話
「礼奈、紫蘭からここまでどのくらい掛かると思う?」
「……さぁ?私はここが何処かも分からないから、計算のしようがないわね」
せめて紫蘭からここまでの距離を教えて欲しい。
「車で30分だ」
それだけ言って環は黙ってしまう。
一体彼はどういうつもりでこんな事を言ったのだろう。
意図が読めなくて首を傾げるけれど、環は何も答えない。
教えてくれそうにないので、私は考える事を辞めた。
環は何も言わない。
沈黙が部屋を支配する。
じりじりと緊張感だけが増していく部屋。
時間の感覚が失われてしまいそうだ。
「……ねぇ、たま………………ッ!?」
耐えきれなくなって口を開きかけた瞬間。
自分がソファの上に押し倒されている事に気がついた。
視界に映るのは、環と薄汚れた鉄製の天井。
「……え…っと…どういう?」
「俺が礼奈を押し倒してる」
眼の前の彼は余裕そうな笑みを浮かべている。
微かに動いた衣擦れの音でさえ耳に障る。
「…悪いな?」
謝る彼の手にはいつの間にかネクタイが握られていて。
何処から取り出したのか、お世辞も綺麗とは言えない薄汚れたネクタイ。
それであっさりと私の腕の自由を奪う。
それを私はただ見つめる。
焦ること無く。
「…抵抗、しないのか?」
ここまできて環が不思議そうに私を見る。
彼は優し過ぎると思う。
悪役になりきればいいのに、結局なりきれずに心配してしまう。
優しく人想いの良い人。
不良というだけで、世間の目は冷たいかもしれないけど。
私は思わずフッと笑ってしまう。
「貴方は何もしないでしょう?」
私の言葉に環は表情を変えること無く、色の無い瞳で見下ろしてくる。
「……何か、勘違いしてないか?」
「え?」
「俺は男だ。感情が無くても綺麗な女なら幾らでも抱ける」
「………」
「…礼奈、だってな?」
その言葉言い終わると、環の腕が背中に回ってワンピースのファスナーをゆっくりと下ろす。
じりじりと焦らすように時間を掛けてゆっくりと。
唇同士がくっついてしまいそうな距離の中で、私はゆったりと口角を上げる。
蕩けるような艶やかな笑みを浮かべて口を開く。
「…無理よ。貴方に私は抱けない」
言った瞬間、環がヒュッと息を呑む。
環の動きが止まった時。
「………ふざけてんじゃねぇぞ!!!」
低い怒号と何かが蹴破られる凄い音。
私からは何も見えないけれど。
私から離れて笑う環には、相手が誰なのか分かっているらしい。
「早かったな。……折角、お楽しみ中だったのになぁ?」
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