プロローグ
第1話
どんよりと薄暗い空模様。突然降り出した雨粒が勢いよく大地を濡らす。
一人掛けのソファに座り足を組む美しいの男は、窓の外を見ることもなく、優雅に黒い液晶端末を見つめている。
年相応の年輪は刻まれて入るが、天性の美しさと恐ろしさは衰えることなく、年々磨かれていくばかり。
人間離れした美しさの中に猛毒を隠し持った、白百合のような御方。
人は彼を“氷城の死神”と陰で呼ぶ。
本人の前で言ったのならば………。
物理的に首が飛ぶことだろう。
人間離れした容姿は美しく天界より舞い降りた神の使いのよう。けれど時として、彼は地獄の底から這い出て来た死神のように恐ろしい。
捕まれば骨の髄まで利用されて。
使えなくなれば、捨てられる。そこに感情などない。
この御方に逆らえる人など存在しない。
血の繋がりでさえ、利用価値のある
側近く長年仕えてきた私も然り。
この御方は、周りに存在する人間のことを利用出来る駒としか思っていない。
酷薄で冷血な絶対的なこの城の当主。
その口が命じる事はほぼ全て現実となす。
いとも簡単に人の命が消える世界。
彼はまるでボロボロになった
その者の人生など考えもせず、頭の片隅にさえ死者を悼む気持ちは湧いて来ず。泣き荒ぶその者の家族を見下ろしてほくそ笑むだろう。
私に逆らうのが悪い、と。こうなりたくなければ、私に従えと。
証拠も出ない完璧な殺人。
それを成し遂げられるからこそ、この御方は今の位置に君臨し続けられている事を百も承知で。
死者に気を取られていては何にも成せない。
成し遂げたくば、過去のしがらみなど振り捨てて、縁を切り、茨に足を傷つけられながら、それでも高く飛べる
例えばそれが幾万の犠牲の上に成り立つ自由、栄光だとしても。
美しくも冷酷な我が主。
空になったティーカップに温かい紅茶を注ぐ。
主は眺めていたタブレット端末から視線を上げて、ゆったりと口角だけを上げて、淹れたばかりの紅茶を一口飲み下す。
瞳の奥は腹を空かした肉食獣のようにギラギラと鋭い光を宿し、それなのに氷のように熱が伝わって来ない。感情を読む事の出来ぬ眼。
…この顔は機嫌がよろしい時にお見せになる表情ですね。
この表情を別の者が見れば竦み上がり、尻尾を巻いて逃げ出す事だろう。
恐ろしい程秀麗な笑み。
酷薄で惚れ惚れする。
……どうやら有益な情報でも有ったようですね。
現役を退き老後を愉しむと公言している我が主だけれど、息子に座を譲った今でも実権は主が握っているようなもの。
表舞台には姿を出すことが極端に現役時代に比べると減りはしたものの、名は衰えることなく未だに恐れられている。隠居とは名ばかりの引退。
御子息はそれを知りながらも、父である我が主に否やを申し立てることが出来ず、与えられた地位に君臨する哀れな
「…オリヴァー、この人物を徹底的に調べ上げろ」
1枚の紙を旦那様より受け取る。
その紙には人の名前のみ記されていた。
「畏まりました、旦那様」
頭を下げて紙を胸元の手帳に挟んでしまう。
この人物が誰で、旦那様にとってのどのようなポジションなのかなどどうでもいい。
旦那様が仰った事は絶対。
憐れな黒蝶が旦那様の関心に、ほんの僅かでも触れてしまっただけの事。
逃げられはしない。
囚われた憐れな黒蝶。
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