第9話 謙信の部屋へ


 謙信の部屋の前で立ち止まる。


 この時代のノックって何回が正解なんだ····?さっき、夢は何回してたっけ·····。思い出せない····。


 戻って聞くのもなぁ····。すぐ会える、って言ったけど、あの別れ方で、数分後は流石に気まずい!


 ·····まあ、このくらいで怒るような人じゃないか。


 開き直って俺は二回ノックする。


「····ん····春喜君?」


 中から謙信の声が聞こえてくる。気のせいだろうか。昨日より声のトーンが低いような····。


「はい」


「どうぞ。入って」


 了解を得たので、俺は戸を引いた。


 謙信は胡座を組んで座っていたのだが·····


「───け、謙信さん····?」


「なんだい····そんなところで、固まって」


 ───そこには白いTと茶色の姿の上杉謙信がいた。


 俺が目を丸くしていると、謙信がシャツを指で摘み、あーこれかぁー、と気の抜けた声を出す。


「このTシャツと短パンって、とても楽だし涼しいんだよね。部下との集まりが無い夏の日はこの格好でいる事が多いかな。····部下たちにも進めようかな?夏は動くと汗だくになるし···ほら、現代あっちでなんていったっけ?····職場改善?」


「····なるほど」


 俺は今、戦国時代のクールビズを目撃している。·····あまり格好が良くないので、この史実は心の中にしまっておこう。


 部屋に入ってすくのところに座るのは変かなと思い、謙信に少し近づいてから腰を下ろした。····座る時に謙信が着ている白いTシャツに書かれている英字を


「···っく!」


 吹き出しそうなのを抑えて、変な声が部屋に響いた。


 謙信は眉を歪ませながら、俺に何事かと尋ねた。


「春喜君?···いったいどうしたんだい?」


「····いえ·····何も·····」


 両肩を震わせながら、何とか言葉を絞り出す。


 謙信が着ているTシャツには─sugar than salt─

と書いてある····。


 直訳すると─────


 『塩より砂糖』


 筆記体で格好良く書いてあるので尚更ツボに入った·····。これはあれだ····。小学生の時に親が何も考えずに買ってくれる服に、この様な《テキトー》な英語が書いてある時がある。まさにそれ。自分も何着か持っていた。


 確かにこの時代の砂糖は高級品のはずだけど·····それに『塩』に関連する戦国武将と言えば謙信だし····。


 考えれば考えるほど、笑いが止まらなくなる。謙信が現代あっちで読めなくてまま買ってきたのか。····それとも親父が謙信にあげたのか····。


「ちょっと····本当にどうしたの?」


 ····いけない。謙信が少し不愉快そうだ。


 何とか笑い声を押し殺し、背筋を伸ばしてみせた。


「···失礼しました」


 まあ、この時代の家臣は英語読めないだろうからセーフ。着ていても謙信の威厳は守られるからと安心し、一息付くことに成功した。顔は笑ったままだが····。


「そうだ····昨夜は泊めて頂き、ありがとうございます」


 不意打ちを食らったが、お礼はキチンと言えた。


「はい。それはどういたしまして。······で、あので寝たかい?」


「·····はい」


 俺の笑顔がすーっと消えた。····冷静さを取り戻し、疑問をぶつける。


「しかし、何故あの場所で寝ることを勧めたのですか?」


 謙信は頭を掻きながら、申し訳無さそうに答える。


「····私があの部屋の存在を君に隠しておくのが嫌だったのと····夢が君を大好きな事をわからせたかった····ってとこかな····あとは年頃の二人を何も仕切りの無い部屋で寝させるのはちょっとな····まだ早い」


 ······謙信の言う事もわかる(最後の一言だけはわからん)気がするから、不満は言い辛い。それに驚きはしたが、夢が俺を好きな事に対して嫌という感情はない。····ぶっちゃけ、かなり嬉しかった。


 「····あのコレクションはどうせ親父が持ってきたんですよね?」


「そう。····夢はかなり春吉に頼み込んでいてな。····春吉も夢には甘いから····」


 容易に想像出来てしまう····。《あの》可愛さを前にして、拒否出来るとは思えん····。しかも親父の事だ。きっとノリノリだったんだろう。


「····まあ、夢ちゃ····娘さんが幸せならそれでいいですが····」


「····ん?···娘と何か進展でもあったのかな?」


 キラキラと目を輝かせながら謙信は追求してくる。流石、戦国時代最強の武将と云われていただけある。見逃してはくれないか····。


「····名前で呼んで欲しいと言われまして·····」


「そうか····仲良くなってくれて嬉しいよ」


 謙信は微笑んでいる。完全に夢のの顔になっている。やはり昨日と違いシラフなので随分と穏やかに感じる。····改めてアルコールってすごーい。


 そんな月並みの感想を思っていると謙信はさて、と手を叩いて気を締めなおす。


「それじゃあ、昨日話せなかった話····しようか?」

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