第18話 準備
「もちろん。構わないよ」
謙信は俺の持ってきた豆大福を食べながら平然と答える。
今、俺達がいるこの謙信の部屋も夢の部屋同様、殆ど物が無い。ここにも床下収納があるのだろうか····。
夢が先程パフェを食べたいから
──正直断られると思ってた。
豆大福の粉がついた手を同封の紙で拭きながら、越後の龍は満足そうな顔になる。
「気を付けていってらっしゃい」
その双眼は俺───ではなく隣にいる夢に向けられている。
「はい。····準備してまいります」
「えっ····今から!?」
俺は驚いてしまって上ずった声をあげてしまった。·····急すぎませんか?
割烹着姿の夢は立ち上がり、部屋を出る前に律儀に礼をしてから退出する。
夢がいなくなってから目の前に座る、日焼け顔した武将は俺に頼んでくる。
「····そういうわけで、夢をよろしくね」
「はぁ」
謙信に初めて会った日の様な弱々しい声が出る。
「····本当にいいんですか?」
俺は怪訝そうな顔を謙信に向けるが、当の本人はケロッとしている。
「
謙信は空になった紙袋を物恋しそうに見ながら続けた。
「実際の話、夢はそろそろ
「そうなんですか?」
「その際、一緒に行ってくれる人の最有力候補が春喜君だったんだけど····」
まあ仕方ないか、と謙信は何か諦めた顔に変わった。
「本当の事を言うとね····君が今月の内に
「な·····なぜ?」
戸惑う俺に謙信は少し口角を上げる。にやっ、と効果音が聞こえてきそうだ。
「····転移に使う箱をどうやって見つけた?」
「どうやってって····」
───だって親父の部屋の作業机の上に置いてあったから·····。
いや·····待てよ·····作業机の上っていつも散らかってなかったか?·····あの日の机の上はあのプラモデルの箱しか置いてなかった。───それどころか部屋自体がいつもより綺麗で整理整頓されていた気がする····。俺は親父が今月帰ってきた後で親父の部屋に入ったのは転移したあの日だけ·····。
───つまり。
「······俺は狙い通り誘導されたって事ですね?」
「そういうことになる」
いやー、綺麗にハマったなと、笑顔を見せる謙信に俺は暗い顔で応える。
「·····なんでそんな回りくどい事をしたんですか?」
「そりゃあ··」
謙信は俺をくっと見つめて問いを投げかける。
「春吉が『この箱、今直ぐ開けてくれ』と言ってきたら、君はどうする?」
「·······」
想像してみる───親父が俺の部屋に入ってきて、『今すぐに、この箱開けてくれ』っとヘラヘラした態度で俺にプラモデルの箱を押し付けてくる·····。
───開けないな。
ふっ、と笑う謙信は、俺の言葉を待たずに続ける。
「·····なら自発的に開けてもらうしか無い。だから春吉は君に開けてもらうための準備をしたのさ」
「でも····俺が絶対に開けるとは限らないじゃないですか?もしそうなったら───」
「そしたら別の策を考えるだけだよ。····今月もし春喜君がこっちに来なかったら····」
俺の反論を食い気味で返してきた謙信はいつの間にか真剣な面持ちに変わっていた。
「──春吉が夢を初めての令和に連れて行く予定だったんだ」
「······」
───なんだろう·····。
それは嫌だな。
そう思った。理由なんかわからない。けど、それは俺の役目でありたいと思ってしまった。
「なら···嵌められて良かったです」
───初めて来た
「····春喜君ならそう言うと思ったよ」
謙信はいつの間にか微笑みのある顔に戻っていた。
「けど、月一回の集会の日にやってくるのは、流石に笑ってしまったよ」
俺は転移した初日の高笑いした謙信の顔を思い出す。
「まあ·····けれど、軍略?····会議的なものだったんですよね?····皆さんお酒も飲んでいたような······」
「会議自体は一瞬で終わったからね。·····ほら、どうせこの先どうなるか知ってるわけだし」
「たしかにそうですが····」
未来がわかるってのは、案外人生がつまらなくなるのかもしれない。
歯切れの悪い言い方に謙信は静かに言葉を並べる。
「それに····彼らと一緒に過ごせるのもあと約二年ってわかってるなら·····尚更楽しく過ごしたいじゃないか」
「········そうですね」
君がそんな顔しなくていいのに、と謙信は苦笑いしてしまう。
つまりそれは娘───夢ともあと二年くらいしか一緒に過ごせないことになる。
やりきれない気持ちと、自分の無力さに落胆するのがわかる。
·····だめだな。これから夢を令和に連れ出すというのに。気分が上がらない。
これでは駄目だと無理やりにでも気持ちを上げないと、と思量していると後方から音がした。
「····準備できました。」
ノックした後に凜としたクリアボイスが聞こえてくる。
俺は引き戸を引く音が聞こえたので、座ったまま振り返った。
「·······早かったね······っ!!!」
意識が吹っ飛ぶかと思った。
───そこにいたのは
白いワンピースを着ていた夢だった。
髪をおろし、
「久しぶりに着たのですが····変じゃありませんか?」
「······国宝だ····」
眼福····!!これ以上の言葉が見つからん!!
意識が吹っ飛ぶのを必死に堪えていると、キョトンとした瞳で訴えかける。
「····『こくほう』って何ですか?」
はてな、と首を傾けながら夢は俺にトドメをさしに来る。その仕草は反則!
参りました·····と俺は顔を伏せてしまう。今、俺はどんな面になっているんだろう。·····人に見せられる顔になっていないのだけは確かだろう。
脳内で白旗を振っている俺を他所に、謙信は立ち上がった。
「それじゃあ····地蔵まで送ろう」
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