第17話 二人で


 「暇だなぁ···」


 俺は夢の部屋の真ん中で『大の字』で横になっている。


 『すぐに作りますので部屋で待ってて下さい』


 夢はそう言い、廊下をそのまま直進し、突き当りを右に曲がって視界から消えてしまった。


 俺はお言葉に甘えて夢の部屋で待っているのだが。あれからどれくらい時間が経っただろうか····。

 

 ····まだ時間かかるのかな。


 横になりながら、器用に部屋を見渡す。


 夢の部屋には物が殆ど無い。

 日が落ちてから使う行灯あんどんが部屋の四隅にあるだけ·····。


 普通に考えれば、女子の部屋に一人ってシチュエーションはソワソワしてしまうものだろう。


 しかも超絶美少女だ。ソワソワなんてもんじゃない!ワクワク、ウキウキだろ!


 ······本来ならそうなんだがなぁ。

 

 しかしここまで殺風景だと、何も思わないな····。····が正しいが。


 俺は必死に一昨日寝た場所····俺の推し部屋を見ないようにしている。·····昨日の朝、俺が去った後に夢はあの部屋で何を····。


「······」


 考えるのはやめておこう。


 気を取り直して、天井の木目をみつめながら今出来ることはないか思考を巡らせる。


 ····そういえば、さっき。


「よっ」


 俺は上体を起こし、ポケットからスマホを取り出す。


 電波は····入ってないか。


 まあ、当然だよな、とロック画面をあけてフォトのアプリをタップする。


 夢にパフェの写真を見せる約束したからな。


「·····げっ」


 しまった。


 パフェの写真は1枚しか撮っていなかった。しかもその1枚とはパフェ本体とその横に梅花が写っている写真。····どちらかというと梅花の方がセンター寄りになっている。少し引いて撮っているため、パフェの各層が分かりづらい。


 ····これじゃあパフェの中身が良くわからないよな。しかも引いて撮っているのくせにパフェの上の方が写ってないし。俺、写真撮る才能ないかも。


 俺はに対してどうしたものかと考えている。


 ······しかし、この写真でオーケー出す梅もセンス無いんじゃないか。


 ハルにだけは言われたくない、と突っ込まれそうだなと思っていると引き戸がノックされる。


「春喜様、出来ました。····入りますね?」


「うんっ。どうぞ」


 待ってました、と言わんばかりに俺は部屋の入口に目を向ける。


 引き戸を開けた夢は昨日の朝の格好──割烹着姿に髪をポニーテールにしていた。


 その格好も最高っ!、と思いながら俺は立ち上がる。


「何か手伝おうか?」


「ありがとうございます····でしたら春喜様の丁度立っている下にテーブルが入ってるので出していただけますか?」


「下?····あっ」


 フローリングの床と同色の回転式の『取っ手』を見つけた。気づかなかった。けど····。


 床下収納····?この時代に?


 また俺ののだろう····。夢は面倒臭がらずに答えてくれた。


「春吉様が作って下さいました。たしか···でぃー·····でぃー····なんというか忘れてしまいました」


「····DIY?」


 それです。流石ですね、と笑顔の夢とは対象的に俺はため息をつく。


 戦国時代の城にDIYすんなよ····上手く作ってあるところが余計に腹が立わ。


 悪態を付きながら、俺は昨日の朝使ったテーブルを出す。収納扉を閉めてからテーブルの脚を展開して床に置く。俺は早く食べたいとの意思表示代わりにすぐにテーブルの前に座った。


「あと必要な物はと····」


 夢は、おもむろにポケットからを取り出し、テーブルに置いた。


 「じゃあ料理持ってきますねっ」


 今日は上手くいきましたわ、とウキウキとした声で部屋から消えていった夢に対して俺はテーブルに置かれた物のせいで動けなくなっていた。


 こ、これは!?


 テーブルに置かれている物───それは小刀だった。


 何が始まるんだ!?解体か!?解体ショーなのか!?


 鳥か?魚か?もしくは···、と空腹で燃料切れを起こしている脳内で一人会議をもよおしていると夢が二つの皿を持ってきた。


「おまちどうさまでした」


「····おっ!これは!?」


 夢の持ってきた皿の上では───熱々で赤い色をしたチキンライスと、その上に乗っている楕円形のオムレツがいい匂いを放っていた。


「オムライス?しかもこれって──」


「えへへっ。そうですよ」


 夢は俺の続けようとした言葉を掻っ攫う。


 上機嫌なのか····小刀を左手でクルクル回している。·····機嫌良いのは良いことだけど、とてつもなく危ない。やめようね。


 「····見ててくださいね」 


 俺はコクリと頷く。夢はそんな俺を見て、俺の分のオムレツから刀を入れる。


 すぅっ、と一直線に割かれたオムレツの中から半熟状態の卵が雪崩のようにチキンライスを滑り落ちる。


「おおお!」


 テレビで見たことあるやつ!


 オムレツを切った瞬間からバターの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


 俺は感動の声をあげた。自分では到底作れそうにない料理を前に興奮してしまっている。


「大袈裟ですね」


 笑いかける夢を見て俺は急かす。今ならわかる。待てを言われている犬の気持ちが!


「はやくっ!食べようよ!」 


「はい。いただきましょうか」


 向かい側に夢が座り、手を合わせる。俺は既に手を合わせた状態で今か今かとその時を待つ。ハリアップ!


「では、いただきます」


「いただきます!」


 速攻でスプーンを手に取り、半熟オムレツとチキンライスをすくって口に入れる。


「っ!旨いっ!」


 当然だが美味かった。半熟オムレツはバターを沢山使ったのだろう。とてもコクのある仕上がりで、半熟部分と完熟部分の割合が完璧であり、舌触りが最高だった。チキンライスも丁度いい味付けで、オムレツのあくまでも相棒になるための味の濃さを保ち、アシストとして最高の仕事をしている。


 お水持って来るの忘れてました、と夢がいなくなってしまったが、俺はスプーンを操る手を止められずにいた。


 どうしてこんなに美味しいのだろう。なんか危ない物でも入っててもおかしくない···。


 いや、それは夢に失礼だろ、と心の中の俺をグーで殴っていると、夢は水が入ったコップを二つ持ってきた。


 プラスティック製のコップは戦国時代には似つかない物なのだが、今はそんなのどうでもいい。舌に全神経を集中させているのだからそんなの後、後!


「気に入って貰えて良かったです·····。」


 練習した甲斐がありましたわ、と俺の食べっぷりを見て夢は頬を赤くしている。


 5口くらい食べてようやく落ち着いた俺は、自分が食べているオムライスと、夢の前にあるオムライスを見比べる。


「···俺の方が量多いね」


「····沢山食べて頂きたくて····食べ切れますか?」


 楽勝っすよ、夢さん····。例え胃がはち切れる量が来ても食べてみせますよ。


 余裕だよっ、とだけ言って俺は食べ進める。夢も食べ始めたのだが、お腹が空いていたのだろうか、黙々と食べていた。


 暫く二人とも食事に専念した。


 沈黙が苦痛にならない。幸せな時が流れる。


 夏休みの昼ご飯は素麺が多かった。婆ちゃん曰く、暑いから台所立ちたくないとのこと。料理しないからわからないが婆ちゃんシェフが言うんだ。そりゃあ大変なんだろう。


 この時代、いくら親父がしたからといって冷房があるとは思えない。少し心配になる。


「作ってる最中、暑くなかった?」


 既に半分は平らげているオムライスを少し寂しそうに見ながら、向かいに座る戦国こっちのシェフにお話をお伺いする。


「······まあ、慣れですね」


 キリっとした表情で玄人っぽい言葉が返ってきた。シェフ····かっこいいっす。


「台所って、そこの角を右に曲がった先にあるの?」


「はい。これも春吉様が作ってくださいました」


 ·····親父ってそっちの才能もあるのか?


 比べられて負けるジャンルが増えてしまった。いけない。勝てるジャンル探しておかないとな。


 親父に勝てそうなジャンルが思いつかないまま、俺は最後の一口を味わう。


 俺は口がしっかり空っぽになってから息を吸い込む。


「ごちそうさまでしたっ!」


 大満足の俺は大きな声で、食材と夢に感謝を示した。


「おそまつさまでした」


 夢はコップの水を飲んでから少し悔しそうな顔をした。


「これで甘味があれば、完璧なお昼ご飯でしたのに····」


 スイーツもあったらもう満点だ。·····違うな。既に満点なんだから。自分を責めてはいけないよっ。


 落ち込む夢に笑顔を取り戻して貰うべく、俺は先程した約束を果たそうとする。


「そうだ。さっき言ってたパフェなんだけど···見る?」


「!····見ますっ!」


 余程気になっていたのだろうか。立ち上がってすぐに俺の横に座りに来た。未知なる物への探究心はおさかんのようで。落ち込んでいた顔は見る影もない。


 隣に座る夢から甘い匂いと、キラキラとした瞳が、食後で満足感たっぷりの俺に襲いかかる。もう色々と苦しいです····。


 スマホを慌ててポケットから出し、何千回以上も解除したであろう画面に四桁の数字を入力する。


 フォトのアイコンをタップして、フォルダーの先頭に来ていた写真を見せる。


「これなんだけど····」


「····っ!····これは!」


 俺の見せた写真を見て夢は固まる。


 思ってたのと違ってたのかな、と思っていると夢は明らかに先程より低いトーンで喋り出す。


「·····春喜様····このは?」


 ····女?···夢にしては言葉が乱暴の様な····


「幼馴染みってやつなんだけど···意味知って──ひぃっ!」


「·····」


 夢の目から放たれている眼球鋭い目付きに俺はつい悲鳴をあげてしまった。


 可愛いご尊顔からそんな眼差し出るんですか!?

 それは戦国武将の娘しか出せない特有のスキルか何かでしょうか!?


「····それで····この女は?」


 俺の言葉が届いてなかったようで、夢は追撃してくる。


 俺の中に眠っていた····というやつなのだろうか·····ここで梅を褒めたらマズイ気がした。


「····えっと、この女の子は大飯ぐらいで·····男勝りっていうか·····こ、この大きいパフェ一つじゃ物足りず、俺の食べてたパフェの····残り半分も食べちゃったんだけど····」


 ゴモゴモと恐る恐る言葉を選んで言ったのだが、夢の顔がみるみると鬼の形相に変わっていく。


「っ!!···春喜様の食べかけぇぇえ····!?」


 いかん。なんか踏み抜いたらしい。


 「················やましい」


 ん?なんて?


 声が小さすぎて聞こえなかった。

 

 顔を阿修羅化トランスフォームしてしまった夢が、スマホ画面から視線を外さずに呟く。


「······私もこのパフェ····食べに行きたいです····」

 

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