第19話 令和へようこそ
「それじゃあ、気を付けて。あまり遅くならないように」
「はい。いってきます」
まるで近くのコンビニにでも行くかのような軽さだな。これから444年の時を移動するというのに。
日光はお肌に悪い。俺の肌より、夢の肌が気になってしょうがない。白いお肌がっ。
そういえば·····。
「他の人と一緒に転移するにはどうすればいいんですか?」
「あー····言ってなかったね」
謙信は俺と夢を交互に見る。
「触れ合ってれば、一緒にいける」
·····といいますと?
より詳しく説明してくれますか、と言わんばかりに黙っていると、謙信は意図を汲んでくれた。
「片方がもう片方の服の袖でも何処でも掴んでいれば一緒にいけるんだけど·····」
「·····けど?」
「それだとつまらないから君たちは手を繋いでいけばいいんじゃないかな」
「!?」
な、なんですと〜!!
驚く俺の横で、夢は既に左手を俺の方に差し出している。
「·····よろしくお願いします」
照れているのだろうか、全く俺の方を見ていないワンピース姿の美少女は俺に懇願する。
俺は夢の手を掴もうとして、寸前で止めた。
その前にっ!
ズボンのお尻ポケットに入っているハンカチで左手を擦った。
手の皮が剥ける勢いで拭いた後、ハンカチを元のお尻ポケットに戻す。
「じゃあ····」
───俺はそっと夢の手を取った。
柔らかい·····ちっさいなぁ····。
小さい白い手は、料理の修行で酷使したとは思えないほど、繊細で綺麗だった。
「じゃあ、いってらっしゃい」
謙信が挨拶を言うまでお互い固まっていた。
慌てて二人で動き出す。
「で、では、いってきます」
「いってきます、父上」
二人揃って踵を返し、手をつないだまま地蔵の目の前にいく。
夢にその場でしゃがむ様に合図をする。夢は頷き、俺と同時にしゃがみこむ。夢は膝を立てずに、俺は片膝を地面に付けた。
「知ってるかもしれないけど、結構眩しいからね」
「はい。····大丈夫です」
了解を得た俺は一回目と同様に俺から見て地蔵の左斜め上の空間に手をおいた。
そして、ゆっくりと右にスライドさせた時、眩しい光に包まれた。
一瞬、悲鳴が聞こえたのがわかった。
────光量が落ち着いた事がわかる。
俺はゆっくりと目を開けて、飛び上がりそうになった。
夢は───眩しさのあまり、俺にくっついていた。俺の服をギュッとつかまって、怖いものでも見てたかのように眉を寄せた顔でいた。
「ゆ、夢ちゃん·····?」
「····っ!ご、ごめんなさい」
夢は急いでおれから離れてしまった。
───もう少しくっついていても良かったのに。
プラモデルの箱は床にあり、蓋は閉まっていた。
俺は箱を机の上に置く。夢の方を向くと彼女は部屋を見渡していた。
「ここが····」
「····親父の部屋だね」
薄暗い部屋を再度見渡し、そうですか、夢は一人呟く。
「とりあえず、足の汚れ落とそう」
今回は事前にタオルを用意しておいた。
小声で夢に言ってから気づいた。1枚しか用意してない。
まさか二人で転移するとは思ってなかったからなぁ、と応用が効かない自分の至らなさに嘆きながら、タオルを夢に渡す。
「いいんですか?私が使って?」
もちろん、と俺は頷き、ティッシュを取りに膝立ちのまま歩き、2、3枚引き抜く。
使ったティッシュは、ゴミ箱へ、夢が使ったタオルは畳んで部屋の隅に置いておく。帰ったら洗濯しよう。
「ちょっとここで待っててね」
俺は夢にここで待機するようお願いし、婆ちゃんの様子を見に行った。
俺はゆっくりと階段を降りて、祖母の様子を見る。
婆ちゃんはリビングのソファーで昼寝をしていた。毛布がかかっており、一定のリズムで微動している。
チャンスだな。
俺は音を立てないように階段を駆け上がり、親父の部屋に入る。
「今、ちょうど婆ちゃん寝てるみたいだから、今のうちに出よう」
「わかりました」
小声で話しかける俺に、夢は同じ声量で答えてくれる。二人して親父の部屋を後にした。
次の難所である階段をゆっくりと降りる俺に、夢も続く。
───なんか楽しくなってきたな。
この少しスリリングな状況は興奮する。
リビング前を通過して玄関に到達した時、しまった、と声を漏らす。
夢の靴がない·····。
どうしようかと一瞬迷ったが、裸足なら靴よりサンダルかな、と結論づけた。
「これでもいい?」
「?····私は素足でも···」
「それはとても目立つ。····それに炎天下のアスファルトは鉄板並みに熱くなっているから危険だよっ」
「····わかりました」
夢に俺が現在使っているサンダルを渡した。俺は予備で置いている少しボロいサンダルを履いた。
ゆっくりと玄関の鍵を捻り、ドアノブを押し込む。外に出てすぐにドアをそっと閉めた。
時間は掛かったが、二人は自宅から脱出に成功する。
「ふぅ〜···無事に出れたね」
「そうですね····、ふふっ、少しドキドキしました」
同じように思っていた夢に俺は笑顔を振りまく。
「だね〜。早速行こうか。あの店、混むんだよ」
頷く夢を右側にある──梅花の家とは逆方向にあるバス停まで案内する。
歩きながら夢はキョロキョロと辺りを見渡す。
「久しぶりに
「まあ、住宅街だし····ここが地方ってのもあるけど。ここが東京なら少しは変わってるかもね」
「東京って確か、この国の『しゅと』って所ですよね?····教科書で学びました。背の高い『びる』が多くある」
「そうそう。······
並行して歩く夢に俺は賞賛する。
「····いずれ住む
それもそうか。二年後いきなり今日から
納得と頷いていると、バス停まで辿りついてしまった。誰も待っていないバス停に二人で並ぶ。
───それにしても暑い。
「かなり暑いね····大丈夫?」
「はい·····」
夢の方に目をやると、顔に汗が溜まっている。額や鼻の先などに····。
ご尊顔がっ!これはいけないな!
「····良かったらこれで汗拭く?」
俺はお尻のポケットに入っていたハンカチを夢にどうぞ、と差し出す。
───差し出した瞬間に思い出す。
····これさっき使ったやつじゃん。
俺は急いで引っ込めようとしたが、引っ込めるよりも先に夢がハンカチを取ってしまった。
「ありがとうございますっ!」
夢は何だか喜んで見えた。
そしてあろうことか、ハンカチを顔面に押しつけた。
「へっ!?」
驚く俺に一切触れずに夢は満足そうな声を出す。
「·····春喜様の匂いがする〜······へへへっ」
いや〜!やめて〜〜!
せめて洗いたての物にして!、と少し論点がズレたことを思っていると前方から声がした。
「·····乗りますか?乗りませんか?」
「····っ!····乗りますっ!」
いつの間にかバスが来ていた。全く気づかなかった····。少々呆れ気味のバスの運転手の声がスピーカーから発せられる。
「乗るよっ!」
堪能している夢の腕を引っ張ってバスに乗る。
近くの二人席に座りこむと、夢は少し申し訳無さそうな顔になった。目線は夢の腕を掴んでいる俺の右腕をさしていた。
「春喜様·····その····」
「あっ!·····ごめん!」
急いで腕を引っ張ったので結構しっかり握ってしまった。痛かったのだろう。
俺は急いで夢の腕を離す。
声が大きかったのかオーバーリアクションだったのだろうか。近くの席の御婦人からヒソヒソと黄色い声が聞こえてくる。
「あらやだ、付き合いたてかしら」「若いわね」「それにしても女の子の方はすごい美人じゃない?」「男の子の方は···まあ普通ね」
普通って·····。
彼女らに悪気はないのだろう。だから怒りとかは起きないが、俺は少し落ち込む。
気を少し落としている俺は隣に座っている夢が対照的に少し嬉しそうにしている事に気づく。
「付き合ってる風に見えるんですかね」
嬉しそうに話す夢を見て、俺は元気を取り戻す。単純なやつだと自分でも思ってしまう。
夢が楽しそうにしてるなら、もう何でもいいや。
嬉しそうにしている夢と、メンタルを少し回復した俺を乗せてバスは走り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます