第3話 謙信の考え
まさか一日で二度も頭が真っ白になるとは。
「正確には、私の娘を現代に連れて行って、可能であれば嫁にしてほしい····といったところか。もちろん、今すぐという話ではなくてね」
少し照れくさそうに話す謙信を見て、空いた口が塞がらなかった。
「娘····?····嫁····?」
「突然で申し訳ない。理解出来ないのは当然だ。順を追って説明しよう」
困惑した表情でいる俺に、苦笑して返す謙信。
「先ほど、君はここが戦国時代かと尋ねたな?たしかにここは戦国時代に間違いないのだろうが、正確には変わってしまった戦国時代なのだ」
「····言っている意味がわかりません」
俺の返しに謙信は気にしないで喋り続ける。
「君は私についてある程度は知っているのだろう?」
「はい。そうですね」
「だが、それは本来の私ではない」
どういうことだがサッパリわからず、黙っている俺に謙信は続けて話す。
「十六年前、春吉に教えてもらったのだが、本来の上杉謙信は色白で、酒が大好き、四十九歳の時に厠で絶命したらしい。死因は脳梗塞?···っていう病気らしいが。酒の飲み過ぎが原因ではないかと言われていた。·····どうだ?君の知っている上杉謙信ではないだろう?」
「そうですね。トイレで最期を迎えたなんて初耳です。」
「そう。そして現在の私は見ての通り小麦色に日焼けしており····今年で五十歳になる」
まあ酒好きなのは変わらないけどな、と笑っている謙信を見て俺は必死に頭を働かせる。
「つまり、歴史が変わっている····ということですね?」
「そういうことになる。」
盃を手の上でゆっくり回しながら謙信は言う。
「もし自分の未来がわかったら君はどうする?少なくとも厠で死ぬ運命などまっぴらゴメンだと思わないか?」
「たしかに、人生の最期の場所がトイレってのは嫌ですね」
「だろ!しかも書物に残るんだぞ!そんなの嫌であろう!」
よほど気に食わない死に方だったらしい。徳利を豪快に盃に流し込む。····もし自分もトイレが死に場所だと知ったら絶対に嫌だが。しかしテンションが急に上がる人だな。酔っ払っているせいなのか?
「未来を知って、私は私自信の歴史を変えようと決めた。助かることに私の未来を教えてくれた春吉も協力してくれたしな」
「親父が···ですか」
「そうだ。酒の飲み過ぎが原因なのだから少しは控えろって春吉に言われてな····。お陰で長生きできている。····今では休肝日を作っている。」
酒を飲みながら謙信は肯定する。しかしこの時代で休肝日というワードが聞けるとは····。それにしてもこの人、酒を美味しそうに飲むな。
「そこで春吉と話し合い、春吉がこの時代に来る前の元々の歴史を『正史』《せいし》、来た後に変わってしまった歴史を『改史』《かいし》と呼ぶことに決めた」
「つまり、俺が知っている上杉謙信は『改史』の方····なんですね」
頷きながら謙信は口を開く。どこか満足げな顔だ。
「理解が早くて助かる。春吉自身も、私の『正史』の生き方が好きじゃないみたいでな。私の未来を変えることに協力的だった」
「親父はお節介なところありますから」
しかし謙信もよく親父を信用したものだ。見ず知らずの、しかも現代の見たこと無い服装の男を信用するものだろうか。現代に変な服装の未来人がやってきて、未来の事を言ってきても俺は信用しないと思う。聞いてみたいと思う気持ちは止められなかった。
「しかし、良く親父の言う事を信用しましたね?変な服装····現代の服装をしている男を何で信用したんですか?親父の言っている事はデタラメだと思わなかったんですか?」
「····命の恩人でもあったからな」
「親父が···ですか?」
「狩りの途中でな。私は大きなイノシシに足をやられてな。そこに春吉がやってきて助けてくれたのだ。····まあ、せっかくの思い出話だ。春吉も一緒にいる時に語ろうか」
そんな日は来るのだろうか。あまり楽しい時間にはならなさそうだが。
「私は春吉と、同い年でとても気が合って仲が良いのだが、家臣の中には私と春吉が仲良くするのを快く思っていない奴もいてな〜。未だに春吉を身元不明の南蛮人だ!って言うやつもいる···。それに春吉はイタズラが好きだろ?家臣に何度もイタズラしてたさ」
本当に親父はガキだなと俺は思いながら謙信の話に耳を傾ける。
「····それでも、私は春吉を信用した。·····私はあやつが嘘を付いているとは思えなかったんだ。····あやつは良い性格をしてると思うぞ」
大好きな戦国武将が自分の家族を褒めてくれる。嬉しいことだ。強いて言うなら親父以外だったらもっと嬉しかっただろうに···。
「戦国の世で生き抜くには人を見る『目』も必要だからな!」
「それは言えてますね」
「それに春吉と遊ぶのが楽しくてな〜。一時期は毎日のように現代に行き、二人で遊び回ったな」
「え?!この時代と現代は簡単に行き来出来るんですか?!」
「出来るぞ。春吉も一ヶ月前に
「よっ···よろしくお願いします!」
現代に帰れる事がわかって安堵した。一生この時代で生きるにしても、婆ちゃんや梅に別れの言葉も言えないのは辛い。もうこれは夢じゃないのだろうと薄々感じているし。
「······それにしても春吉には君たちのいる時代の知識や、遊び方を沢山教えてもらった。何回も
謙信は少し遠い目をしている。まるで
「·····その女性は
····そういや謙信に娘さんを頼まれたんだった。話が大きすぎて忘れてた·····。
謙信が歯切れ悪く言うので気になる。
「····なんですか?何か問題でも?」
謙信は楽しそうに話していたのに突如真顔になる。何か聞いては不味いことだったのか。
「····『改史』では二年後の夏に私は死ぬ事になっているらしい」
「そういや、謙信さんの享年って···」
····たしか五十二歳だったはず。今、五十歳って言ってたから、二年後で合っている。
「どうやら戦らしい」
「戦が起こることは『改史』でも書いてありました。では、どう勝つのかを考えているんですか?」
『改史』ではあるが、戦国時代最強と言われていた上杉謙信だ。戦に勝って歴史を変えることだって出来るはず。まだまだ生きていたいだろう。
真顔をしていた謙信は、一転、優しい顔になる。
「いや····この戦で私は死のうと考えている」
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