第2話 上杉謙信
瞬間、頭が真っ白になった。
「え····まさか」「この小僧が?」「殿····何を根拠に」
家臣達がザワザワと騒ぎ出す。この様子だと、家臣達も、俺の親父を知っているらしい。皆、『殿』と自分を交互に見る。
「ん?····違ったか?」
殿は眉を歪ませながら聞いてくる。低音ボイスでゆっくりとした声だが、しっかりと聞き取り易い声で飛んでくる。
「·····」
声は出なかったが、何とか頷くことは出来た。
「やっぱりか!顔がどことなく春吉に似ているからなぁ〜!」
良かった、間違ってなかった、と大きな声で笑って、手に取っている盃に口をつける。
「本物なのか?」「本当に春吉殿の御子息?」「言われてみれば····似ている····か?」「しかしなぜ?」「ならこの小僧にあの男の借りを返させてやるか?」「待て、俺に先に仕返しさせろ!」
何やら物騒な事を言っている家臣はいるが、今はスルーだ。今は頭が全く働かない。予想外にも程がある。なぜ、親父の名前がここで出てくる!?
「皆、すまんが彼と二人にしてくれないか?あと縄を解いてやって」
それに今日はもう遅いし、解散しようぞ、と殿は両手をヒラヒラと振る。右隣りにいる家臣がそれに異を唱える。
「で···ですが···殿···まだ確証もなければ、何か危険な物を持っている可能性も···」
「なあ···頼むよ···」
笑顔は消えてない。目も口元も笑ってる。なのにさっきよりも更に低い声のせいかなのか···言葉には威圧感がある。
「··っ!····かしこまりましたっ!」
反論した家臣は深々と頭を下げ、他の家臣に帰るように先陣をきって広間の外へと誘導する。つられてゾロゾロと家臣達は広間から出ていく。俺を連れてきた男が急いで巻き付いている縄を解く。小声で、すまなかった、と言ってた気がした事を後になって思い出すことになる。
家臣達が階段で下に降りていく音が聞こえ、暫くすると静寂が訪れる。二人だけになったせいか、余計にこの広間が広く感じられる。
「あ〜···あれだ····一応、君にとっては『はじめまして』になるから自己紹介するか」
そう言って男は正座をし、背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見つめて告げた。
「上杉謙信です。ここの城主です。よろしくお願いします」
「っ!····き、北春喜です。···こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いしますっ!」
何をお願いするのか分からないが、反射で答えてしまった。
両手と額を床に付けていると、謙信は気分が良くなったのか今までで一番大きな声で笑い出す。
「まあ、気楽にいこう。春吉はもっとフランクだったぞ」
「は···はぁ····」
謙信がフランクとか言ってる···。戦国時代にそんな言葉なかっただろうに。一体全体どーなってんだ····。
「で?どうやってここに来た?」
「え?どうやって?」
「何をしたらこの時代に『転移』したのかを聞いている」
酒を飲みながら謙信は聞く。
どうやってって言われても···。ありのままを話すか···。まだ考える頭も働かないし····。
「親父の部屋にあった、この城のプラモデル···えっと模型でいいのかな?···この城の模型が入ってた箱を開けたら···この世界に?···時代にきました···」
途切れ途切れの俺の説明を聞き、謙信は頷きながら満足そうに聞いてきた。
「まあ、あれがそっちの時代からこっちの時代に飛ぶための『トリガー』だからな」
「トリガー?」
「まあ、その辺はまた追々話すとして····」
徳利から盃に酒を継ぎながら謙信は続ける。
「何で親父の部屋にいたんだ?」
「えっと···、それは···」
「いや、大体想像がつくぞ。···父親が居ない間にこっそりと部屋に入って物色でもしてたんだろ?」
「····あたりです」
「ハハハッ!そうだろ!そうだろ!やっぱりな!面白いものを求めて何事にも後先考えずに突っ走る····」
上機嫌で謙信は満面の笑みで俺を見て話す。
「そういうところは本当に春吉に似ているな!」
「うっ!」
一時間ほど前、婆ちゃんから言われるのを回避した言葉。
俺が言われて一番嫌なこと。
それは『親父に似ている』と言われること。
「ん?どうした?」
ショックを受けてのがわかったのだろうか。謙信が俺の顔を覗き込もうとしてくる。既に日は落ちてしまい、広間は数個の行灯だけでは心許ない明るさになっていた。
「いえ、何でも····」
ショックだったが、お陰様でいつもの調子に戻ってきた。頭も回るようになってきたのがわかる。皮肉なことだ。
この様子だと親父とは結構仲が良いみたいだ。ここまでの会話からして間違いないだろう。
まず、ここが何処なのかを知りたい。例えここが夢の中だとしても。
「あの·····上杉さん?」
「謙信でよい」
「····では謙信さん。···尋ねてもよろしいですか?」
「ん。ひとつだけな。なんか眠くなってきたし」
ケチだな····。俺の好きな武将はこんなにケチだったのか····。
不満が顔に出たのだろう。謙信はごめんと言わんばかりに破顔する。
「すまんな。···君にはもっと優先的に話したい事があってな」
「はぁ」
何だろうかと考えてしまうが、先ずは聞きたいことを聞いてからでも遅くはないだろう。少し出鼻をくじかれたが、背筋を伸ばして聞く。
「では····質問ですが····ここは戦国時代で間違いないですか?」
「うん。恐らく」
「そうですか」
「はい。おしまい。今度は私のターン」
はやっ!早くないですか、俺のターン!しかも恐らくって····。全く情報を引き出せなかったんですけど····。
「私からは一つ頼みがある」
「····頼み····ですか?」
うぬと、目をつぶり腕を組み、独り言をブツブツ言い出す。
「父親に似て頭も良いだろうし、洞察力もあるだろう。歴史好きで、戦国の世にも理解はある。軍略もある程度は知っているとみた。顔も悪くないし。行動力も申し分ない。······うん。思っていた通りに育ってくれたな。これなら任せられる。」
何をブツブツと····。こんな俺に頼み事なんて。現代人の俺に···。何だろうか···。頭が良いとか、理解がどうとか、軍略とか、顔が悪くないとか聞こえたような···。
「良し。決めた」
···ん。この流れは今日プレイしたゲームのストーリーに何処となく似ていないか?現代を生きていた主人公が戦国時代にタイムスリップし、戦国武将に気に入られて家臣となり、現代の知識と、熟知している戦国時代の歴史をフル活用して軍師として成り、天下統一を目指す···という話に。
まだ夢なのか、現実なのか定かではないが、歴史好きな俺がこの展開を熱くならないわけがない。
俺も熟知しているとは言い切れないが、それなりには知識があると自負している。それに現代の知識だけでもかなりのアドバンテージがあるはず。
謙信は、天下統一の手助けをしてほしいと言ってくるかも····。考えただけで胸が熱くなる。
俺は非日常的な生活に憧れていた。親父の部屋に侵入し物色するのも、今考えてみると、退屈な毎日から何か刺激を得ようとしていたのかもしれない。
これが夢ならばそれこそ失うものなどない。となれば返事は一つだ。
「では、北春喜くん」
「はい!」
期待に胸を膨らませて、今日一番元気のいい声で応える。····ん?····そういや戦略練ったりするのに、顔の良し悪しは関係するのか?
少しだけ首を傾げた俺に、謙信は真面目な顔で言い放った。
「私の娘を····嫁にもらってほしい」
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