俺の嫁(候補の一人)は大好きな戦国武将の娘さん!?しかも娘さんは溺愛を通り越し·····

浦がるむ

第一章

第1話 はじまり

「殿!城の近くで怪しい者を捕らえました!」


 広間に続く引き戸を開け放った瞬間に自分を連れてきた男が叫んだ。縄でぐいっと引っ張り、男たちと一緒に広間に入る。


 本丸である城の上層階にあたる大広間にて、俺は大勢の男の前で力任せに両膝を床に付かされる。左右に目を向けると時代劇でよく見たことのある服装をしている男が多数いる。

 宴会なのだろうか、アルコールの匂いがする。勢い良く開けられた引き戸の音と男の大声で視線がこちらに集中する。


 キツく締めすぎだろ····


 縄でキツく身体を巻き付けられているため、縄が食い込んだ両腕が痛い。乱暴に引っ張られながら城の上層階まで連れてこられ、混乱と疲弊している北春喜きたはるきはこれまでの経緯を整理するため脳みそを必死に働かせた。


───1時間ほど前に遡る。


「ごちそうさまでした!」


「お粗末様でした」


「婆ちゃん、今日も美味かったよ〜」


「ありがとね。···春喜よ、今年は宿題を最終日まで終わらせられるようにキチンと計画的にやりなよ」


 食べ終わった食器をシンクに入れなから俺はため息をつく。せっかく美味しい夕ご飯を食べた余韻に浸っていたのに····。時刻もまだ18時のため照明をつけなくても十分明るい。蝉の声も聞こえてくる。


「婆ちゃん····。夏休みは今日から始まったばかりだよ····」


「なーにいってんの。一ヶ月ちょっとなんてあっという間に終わるんだから。今日だって朝からさっきまでゲームしてたでしょ」


 高校に入って初めての夏休み。今日は夏休み初日だというのに宿題の催促をされるとは····。確かに中学三年間は毎年夏休みの最終日に焦って終わらせてはいたが····。いや、一年生の時は終わんなかったか。


「だって今やってるゲーム面白くてさ〜。主人公は戦国時代にタイムスリップして、好きな戦国武将の家臣になって、軍師として活躍し成り上がるってやつでさ〜」


「またあんたが好きそうな内容だこと。でもね、遊んでばかりだと····」


 「大丈夫、大丈夫。俺も高校生になったからには、勉学の方も真面目にやるよ」


「あんたの勉強嫌いは知ってるから。いつも口だけは達者なんだから····。そういうところは───」


「あーー!それ以上は言わないで!聞きたくない!」


 大きな声を出して耳を手で塞ぐ。『そういうところは····』に続く言葉は予測できる。この世で言われて一番嫌いな言葉だから全力で回避する。


 やれやれと、婆ちゃんは湯呑みに手を伸ばそうとして、はっとした顔になった。


「あっ···そうだ。梅ちゃんがあんたに用事があるからって昼頃来てたわよ」


「そうなの?なんで言ってくれなかったなの?」


「そう思ったんだけどね。けど梅ちゃんにあんたがゲームに夢中になってるって言ったら、じゃあ今はいいですって言って、直ぐに帰っちゃったのよ。何の用だったかわからないけど···」


「へー。じゃあ明日聞いてみるよ」


「今直ぐに聞いてきなさい。お隣さんなんだし」


「隣なんだから何時でもいいでしょ。急用ならまた来るだろうし」


 そう言って呆れ顔の祖母を残したリビングを出る。階段で二階に上がり、自分の部屋の前で立ち止まる。


 そういや、借りてる本は読み終わったっけか。


 俺は回れ右して、向かいにある親父の部屋に入る。


「····失礼しま〜すっと。」


 真っ暗な部屋に入り照明のスイッチをつける。部屋は八畳あるはずなのだが、部屋には本棚や物が沢山あり、とても狭く感じる。 照明近くにも物があるせいか、電気をつけても暗い。


 父親は旅関連の記事を書いているライターである。職業柄、父親の部屋には旅先で買ってきた物や、書籍、写真などが部屋に数多くある。


 父親は旅が大好きだと言う。好きな事をして生きていたいと何度も言っていた。大好きな旅を仕事に出来て日々充実しているらしい。


 そのため常日頃、旅に出ているので家には殆どいない。最後に父親に会ったのは一ヶ月前くらい。旅ばかりするので自分の学校行事に来た試しがない。自分の仕事が最優先だった。母親の居ない自分には婆ちゃんしか参加してくれる家族がいない。


 いくら仕事とはいえ、同居している婆ちゃんもこれには不満だったみたいだ。自分の子の行事くらい行きなさいと、親父が怒られているのを見たことがある。けれども婆ちゃんも諦めたのだろうか。最近は親父をこの事で怒ることが無くなった。


 そんな父親に俺は懐いてはいないし、好きでもない。どちらかというと嫌いの部類になるだろう。


 しかしそこは親子···なのかは分からないが部屋にある物は興味が湧く物ばかりある。趣味は似ているのだろう。残念な事に。


 親父が外出中、時々こうして部屋に入り、書物などを持ち出して、読み耽るのが楽しみになっていた。親父も勝手に持ち出していいと言っていたし後ろめたさは無い。


 ゲームを長時間しちゃうと目が疲れちゃうし····。何か面白いものはないかなぁ。


 本読むのも目を使うが、光を浴びない分はゲームよりはいいだろう。面白い本も読み出すと止まらない。


 部屋に入ってすぐ目線を上下左右していると部屋に入ってすぐ右の壁に隣接してある、作業机の上に置いてある箱に目がとまる。


 この前部屋に入った時にこんな箱あったっけ?


 近づき箱を見ると「春日山城」の文字と城の絵が書いてある。城のプラモデルだとすぐにわかった。春日山城とは現代の新潟県上越市にあった城である。


 新潟県が出身の人で歴史好きなら必ずと言っても良いほど知っている有名な武将がいた城だ。


 ───上杉謙信。


 歴史好きな俺は小学校低学年から知っている。敵に塩を送るエピソードは有名だし、とても好きな話しだった。


 好きな武将がいた城に興味が湧かないはずはなく、俺はプラモデルの箱を手に取りその場に座りこむ。


 ワクワクしながら角が少し傷んでいるプラモデルの箱を開けた。


 ───すると、いきなり箱の中身から白い光が視界いっぱいに広がった。音もなく光だけが部屋中を明るく照らし、俺は眩しさのあまり右腕で目元を隠した。


 それでも眩しさを防げなかったので両目をキツく瞑り、目を閉じた状態で固まってしまった。


 ───どのくらい固まっていただろうか。


 目を開いた時に一番最初に視界に入ったのは朗らかな笑みを浮かべている地蔵さんだった。


「うわっ!」


 びっくりして座ったまま後ずさる。畳の上に居たはずが、土の上に座っている。


 びっくりした〜。·····これ地蔵だよな?

 

 地蔵から視線を離し、左右を見渡すと山々が連なっているのがわかる。日も落ちかけて辺りは暗くなっており、不気味さも出ている。


 ここは····山奥?


 親父の部屋にいたはずなのに·····。それがなぜ地蔵の前で·····それもいつの間にか外に出ているではないか。


 更に情報を得ようと膝を立て身体を捻り、後ろを見た。すると、視界に入ったのは大きな建造物だった。


 建造物───それは城だった。


「なんで····」


 声が震えた。見間違いようがない。だってこの城は····。ついさっき箱の絵に描いてあった「春日山城」なのだから。


 何で春日山城が···。しかも春日山城は上越地方にあった城である。俺が住んでいる中越地方にはないはずの城だ。


 困惑しながらも座ったまま頭を働かせていると近くから男の声が聞こえた。


「何者だ!?」


 俺はびくっ、と身体を動かし、声の方向を見ると数メートル先に腰に刀を差した男が立っておりこちらを睨んでいる。


「!?····貴様、その格好は!?」


 膝立ちのまま呆けていると男は素早く近づき、後ろに回り込んで、両腕を背中に付け、力ずくで地面に伏せさせた。


「痛っ。···ちょ、ちょっと待って···」


 混乱と痛みで弱々しい声を出した俺を無視して、男はうつ伏せで抑えながらは叫ぶ。


「おい!誰か!来てくれ!」


 男が叫ぶと、近くにいたのだろう男が一人増援にきた。この男もまた帯刀している。


「どうした!?·····これは一体!?」


 一瞬、俺を見て驚いたが、すぐに我に返り、持っていた縄を解いて俺の身体に巻きつける。


「どうして····」


「わからん····とにかく殿のところに連れていくか!?」


「そ、そうだな····。おい!立て!」


 立ち上がった俺を縄をもった男はこっちにこい、と言わんばかりに城の方へ引っ張った。


 自分と同じくらいに困惑している男二人に強引に城の中へと連れて行かれてしまう。途中、掲げている旗が目に入った。知ってる家紋が印されていた。


 城に入り、縄で引きずられながら、必死に混乱した頭を落ち着かせようとしていた。


 一体どうなってるんだ····。


 城の中は人が殆どいないらしい。障子の紙を貼った照明器具の行灯あんどんがいくつか置いてあるが、窓が少ないため通路は暗い。そんな視界の悪い通路を進み、階段を上がっていく。一人もすれ違わずに広間へと連れて行かれた。


 ───そして現在。


 膝立ちした状態で春喜は視線を左右に振る。刀を携えた男が10人ほど座って居た。皆、肩衣袴かたぎぬばかまを着ている。


 日は落ちかけているが、行灯もあり、部屋はまだ明るいと言える。


 かなり広い部屋だ。何畳あるのだろうかと考えるくらいには落ち着いた。


 こちらを見ると皆一様に不思議な顔になる。


 ある男は驚き、ある男は困惑、またある男は興味‥。男たちはそんな表情だった。


「いや、その····怪しいというか····その····」


 俺を拘束している男が言い淀む。


 すると広間の真ん中に座っていた男が突然笑い出す。つられて皆、笑っている男を見る。


 そこには日焼けした濃い顔の男が座っている。座っているから正確にはわからないが、身長はあまり自分と変わらなそう。顔立ちはイケメンの部類に入るのではないだろうか。鼻筋がすっとして堀が深い。ただファッションに疎い自分でもわかるくらい、他の男たちよりもいい材質の服装であるのは目に見えてわかった。


·····真ん中に座って居る。·····材質がいい服。····「殿」とこの男を見ながら男が呼んでいた。ならばこの中で一番偉いはず。


 この城の主····か···?


 そう考えれば答えは簡単だ。この時、俺は自分が興奮していることに気づく。


 ────上杉謙信。


 この男が?小さい頃から好きだった武将?


 現状を全く飲み込めていないし、縄で身体を巻き付けられているのにも関わらず、興奮を抑えきれない自分がいた。


 俺の目の前にいる!?あの上杉謙信が!?


 これは夢なのか、現実なのかはわからない。でも身体が熱くなっているのはわかる。それくらい好きである人物。もし一人だけ、歴史上の人物で会うことが出来ると言われたら上杉謙信と言い切れるまでには好きな人物。


 しかし俺の興奮状態は長くは続かなかった。


 真ん中に座っている男が笑いながら····、しかし、はっきりとした声で言い放った。


「君···春吉はるよしの息子だな····?」

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