俺の嫁（候補の一人）は大好きな戦国武将の娘さん！？しかも娘さんは溺愛を通り越し·····

第4話 謙信の願い

　なんでそんな優しそうな顔で話すのだろうか。

「な、何故ですか？戦国最強と謳われていたあなたならいくらでも勝機はあるのでは···！？」

「····そんなに褒めて貰えるとは嬉しいよ」

　手に持っていた盃はいつの間にか、床に置いていた。謙信は寂しそうな顔になっていた。酔っているせいなのか····感情の起伏が激しい気がする。

「さっき、私は自分の歴史を変えたいと言ったよね？」

「そうですね」

　表情と相まって、口調も優しく、おだやかになっている。

「変えたいと思っているのは私自身の歴史であって、この国全体を変えたい訳では無いよ」

　わがままではあるが、と呟きながら謙信は続けた。

「これは春吉とも話したんだが····、歴史を大きく変え過ぎると君たちがいる現代にも影響してしまう···。元々いた人がいなくなることだってあるはずさ。·····それが私は嫌なんだ」

「そんな···親父は何て言ったんですか？」

「春吉は現代なんて気にしないで長生きすればいいだろうって言ってくれたんだけどね····。私の中ではそれが許せなくてね···」

「そんな····」

　俺が言葉を探していると、謙信が苦笑する。

「私が長生きし過ぎるせいで、歴史が変わって、春吉や君たちの周りの人間がいなくなってしまうのは辛いよ。」

　高らかに笑っていた先ほどまでの面影はそこにはない。残念で····それでいて割り切れている様な顔を見て、俺は何だがやるせない気持ちになる。

「親父が転移したせいで····」

「春吉のせいではないよ。それに私は春吉（ゆうじん）と会えてとても良かったと思っている。この時代でやりたい事もやり尽くしたと思う。ただ····」

「ただ····？」

「私の娘だけは心残りでね····。娘だけは生きていて欲しい。···とても自分勝手なのはわかってるけど、思わずにはいられなかった。」

「それで俺のところに嫁がせてほしいと···」

　俺もまだ十六歳の高校生なんですが····。俺はまだ謙信の娘に会ったこともない訳だし、尚の事オーケーとは簡単に言えない。

「···迷惑なのは承知している。だからせめて、····最低でも現代に連れて行ってくれまいか？····私も娘が現代でも一人で生きていける術を教えておくから····」

　謙信は床に着きそうなくらい頭を下げた。唐突に大好きな戦国武将に深々と頭を下げられてあたふたしてしまう。

「ちょっ！顔上げて下さい···。謙信さんも一緒に逃げるわけには行かないのですか？」

「·····これでも城主でね。家臣たちを置いてはいけない」

　愚問だった。書籍上ではあるが俺は上杉謙信の人柄を良く知っているのに。義に厚い謙信が、部下を置いて逃げるなどはありえない。アホな質問をしてしまった。反省せねば。

　顔を上げながら謙信は真剣にお願いする。

「頼む。春喜君。···娘はとても顔は良いから···。顔立ちも母親似で現代寄りのとても美人だと思う。····戦国と平成のハーフだけど、顔の造りは嫁の平成寄りだから」

　真面目な顔して何いってんのこの人····。真面目な顔に似合った発言をお願いしたい。しかもなんだ、戦国と平成のハーフとは！？そんなパワーワードは聞いたことないぞ····。

　冗談ばかり言っている親父の悪い影響受けてるんじゃないかと思っていると、謙信は続ける。

「いや、顔だけじゃない。ちゃんと花嫁修業をしている。春吉に聞いたが、皆、嫁ぐ前に花嫁修業たるものをするのだろう？その点、うちの娘は大丈夫だ」

　親父め。変な知識を教えるんじゃない。俺の好きな武将になんて事を···！

「性格だってとても良い。ただ····」

「待って下さい。そう勢い良く言われても···」

「···すまない。つい娘のことになると···」

　現代でも良く聞くセリフだ。戦国だろうと現代だろうと根幹は変わらないか。我が子のことを大事に思うのに時代は関係ないよな。

　「駄目だな。飲みすぎたみたいだ。酔が相当回ってるみたいだ。···良し。今日はもう終わりにしよう。もう夜遅いし、現代に帰るのは明日にして·····今日は泊まっていきなさい」

「·····えっ。···良いのですか？」

「あっ！そうだ！せっかくだから私の娘にも会ってくれ。まだ起きてるんじゃないかな···」

　謙信は立ち上がり俺の横を通り広間を出ようとする。途端に、酒の匂いが鼻腔をつく。

　酒くさっ！···どんだけ飲んでんだこの人！

　戦国最強なのは武芸だけではないみたいだ。一体何合飲んだらこんなに匂うんだ···。

「いや、流石にいきなりは失礼ですしっ！」

「大丈夫！大丈夫！膳は急げと言うだろう？····それにあの娘（こ）は君のことが大好きだから」

　そういって謙信は視界から消えた。

　俺の事が好き？俺の事を知っているのか？いったい何処で·····いつ·····俺の事を····？

　近くで声が聞こえて来た。このすぐ近くに謙信の娘の部屋があるのだろう。戸をノックした音の後に謙信の声が続いた。

「····夢（ゆめ）。まだ起きているか？」

　夢···という名前なのか。いい名前だね···。····なんてノンビリしてられない！あの謙信の娘に会うとは····。

　ん？····娘？

　ここでふと我に返る。

　待てよ。謙信には子供がいなかったはずだ····。養子はいたが、娘の存在は知らない。戦国と平成のハーフなどにツッコミを入れてる場合ではなかった。

　俺が今転移したことで歴史が変わった？そんな事はないはず。ここに来て歴史が変わるようなことはしていないはず···。

　どうして、と考えていると謙信は帰ってきた。俺の腕を取り立ち上がらせて、背中をグイグイ押して広間から廊下へ追い出す。

「良かった。まだ起きてたよ。····どうせなら娘の部屋に·····横になれる大きさの物置部屋があるから、今日はその場所で休むといい」

「いや、そんな強く押さないで！···ってかクサっ！飲み過ぎですよっ！」

　自分と同じくらいの身長の酒臭い謙信に無理やり背中を押され、引き戸が空いている部屋の前まで連れて行かれる。今日は引っ張られたり押されてり災難だな。

　部屋の前まできて、一度止まる。

「とても良い子だが···ごめん···一応謝っておくよ···」

「えっ···なんて···」

　謙信に最後、ぐっと背中を押され部屋の中に入る。最期なんて言ったのか聞き返そうと振り返ったが、同時に引き戸をピシャリと閉められてしまった。

　ごめんって言ったのか？何でそんな事を····

　不思議に思っていると、背後から声が飛んできた。

「···春喜様····ですか？」

　とてもキレイな声が俺の鼓膜を貫いた。透き通った声としか言いようがない。混じり気なしのクリアボイスといったら良いのだろうか。

　ゆっくりと後ろを振り向き、部屋の中に体を向ける。

　そこには今まで生きてきた中で一番美人と言っても過言ではない····、同い年くらいの女の子が座っていた。