第21話 教科書
「うわ〜広いですね!」
店内に入った夢はウキウキしているのか、嬉しそうな声を漏らす。
「一応、市内で一番大きい書店だからね」
ここ戸田沼書店は
「夢ちゃんは本が好きなの?」
「そうですね。一人でいる時間が長いですし······
確かに。現代に生きている我々はどれだけ電気の恩恵を受けているのか····。少なくとも俺は電気が無い時代を生きて行ける自信はない。
入り口でずっと止まっているわけにも行かないので、俺は行き先を聞いてみる。
「それで、何か欲しい本があるの?」
「えっとですね····教科書を買おうかと····」
それなら教材系かなと思い、上の案内ボードを見る。丁度近くにあるのだろう。すぐ近くにあるという表示が書いてあった。
「えっと·····教材はあっちかな?」
俺は夢に教材がある方に指をさして教えてあげる。しかし、夢は微笑して首を横に振る。
「恐らく春喜様が思っている
夢はキョロキョロと店内を見渡す。書店に来たのも数年ぶりなのだろうからテンションが上がっているらしい。目が生き生きとしていらっしゃる。
「正直に言ってしまうと、漫画ですね」
夢は目を輝かせながら続けた。
「春吉様が
「·····それって、よくある『漫画で分かりやすく』ってなってる教材の事?」
俺の問いに夢は少し目を泳がせている。ほんのりと頬が淡いピンク色に変わる。
「実は····その·····私、字を読むのが余り得意じゃないというか····」
ゆっくりと話す夢に、俺は大丈夫、聞いているよ、という眼差しで続きを待つ。
「·····正確には漢字が苦手でして····ルビがふってある漫画で
そういや、漢字苦手って言ってたな。料理本にルビを書いてもらったって言ってたし。
「だけど、本当に漫画が勉強になるの?」
「そうですね。言葉遣いとかはとても参考になります」
ふむふむ。
実際ここまで夢と会話して、通じてない言葉は少ない。
「細かい『にゅあんす』?·····でしたっけ。わからない所がある度に春吉様や父上に聞いているので、それなりに
英語はまだ得意じゃない夢は必殺の上目遣いで俺を見る。
「····私の言葉使い····変でしょうか?」
「っ!···全く問題ないよ!」
それやめて!困っちゃうから!
気を落ち着かせるのに役に立つ本は無いかと近くの書物に目をやるが、旅関連の雑誌しかない。駄目だ!役に立つものがない!
俺の平常心が何処かに旅立ってしまい固まっていると、夢はふふふ、と笑い出す。
「なら良かったです」
「·······」
本当に
初めて見るものが多いからなのか、好奇心は旺盛みたいだからなぁ、と勝手に納得し俺は夢のお目当ての
こっちにあるみたい、と指さして俺は夢と並んで歩き出す。自然と夢の歩幅に合わせてあげる。
「てか、今更だけどサンダル大きくない?歩きづらかったら言ってね?」
俺は夢の足元を見ながら言う。見るからに大きくてブカブカなのだが·····。
「いえ、全く問題ないですよ」
当の本人は全く問題ないらしい。涼しい顔をしている。
───と、思った矢先、いきなり夢が躓く。
「·····おっと!」
軽い悲鳴をあげて転びそうになった夢の腕を掴んだ。細い腕を掴みながら俺は笑ってしまう。
「言ってるそばから!問題あんじゃん!」
「·····そ、そうですね」
気をつけます、と言って夢は俺が掴んでいる腕に注視する。俺は掴んでいる腕を勢いよく離す。
「ごめん!また強く掴みすぎた!?」
バス停前で掴んだ腕の位置とほぼ同じであったため、痛めてしまったのかと、とても不安になる。
「いえ、そんなことはないですよ。····ありがとうございます」
照れながらお礼を言う夢を見て、俺も照れてしまう。
自分の顔が赤くなっているのがわかる。恥ずかしいので夢とは顔を合わせないように前方を向き直し歩き出す。夢は俺の右側、半歩ほど後ろからついてくる。
横目で夢を確認すると掴んでしまった左腕の部分を右手で触りながら歩いている。
やっぱり痛めてしまったんじゃないだろうか。
そう思ったのだが、夢の表情が何故か嬉しいそうに見えた。
······よくわからないけど、痛めては無さそうで良かった。·······怪我させたら謙信に何て謝ればいいのだろうか。
優しい謙信も娘に怪我させたとならば、例え俺でも切るのではないかと、思考が通常に戻っているのを確認し、到着した漫画コーナーで歩みを止める。
「ジャンルはやっぱり少女漫画かな?」
「その
頷く夢は、お目当ての物を探していた。
「えっと、その漫画は続きなの?」
「そうですね。何冊か続けて読んでいますが、今だと二冊ほど新刊が出ているはずなのですが····あっ!」
お目当ての物があったのだろう。夢はサンダルをパタパタと鳴らして平積みの漫画を二冊取る。
笑顔で俺の元に帰還した夢を見て、俺は可愛いなと思ってしまう。
すると───いつも通り俺の顔が語っていたのだろう。察した夢は赤色のクレヨンで頬を塗っているのではないかと思わせる顔をこちらに向ける。
「勉強ってのが前提になっていますが······内容も·····とても気に入っていまして·····続きが気になってしまうのです」
漫画を大切に持ちながら夢は途切れ途切れに話す。俺は共感の声を漏らす。
「わかるわ〜。その巻の終わり方次第によっては続きがめっちゃ気になるもんねっ」
「っ!ですよね!ですです!」
知能が一気に急降下したと思うくらい言語機能が落ちた夢が嬉しそうに満面の笑みを俺に向ける。真夏の太陽顔負けの眩しさ。·····サングラス必須。
他に買いたい物がないか確認してから、レジのある方向を指差す。頷く夢と一緒にレジに向かう。つられて気分が上がっている俺はレジに向かいながら手を夢に差し出す。
「······俺が買うから頂戴」
「そんな!?駄目ですよ!私これでも
「いいからっいいからっ」
夢が手に入れる通貨の入手経路を少し考えながら、俺は手を出した状態で歩き続ける。
「·····ではお言葉に甘えて」
諦めた夢は俺に漫画を寄こす。
「お兄さんに任せなさいっ」
───上機嫌で受け取った俺は漫画のタイトルを見て立ち止まってしまった。
『マリー、アントを
『今日仕事って言ってたよね?会社に電話したら有給使ってるって言われたんだけど······ウワキ、ユルサナイ·····。七巻』
───わーお。
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