第22話 父親
ゆっくりと玄関のドアを開けようとしたら、ガチャリと音がなった。鍵が掛かっている。
「ありゃ·····婆ちゃん出かけたのかな?」
俺はスマホを取り出し確認する。後ろから夢が小さな声で囁く。
「春江様はいらっしゃらないのですか?」
「うーん·····何も連絡ないから、夕飯の買い物に出かけたのかな?」
少しの
「今がチャンスだね」
ポケットから家の鍵を取り出し、差し込み口に入れて捻る。誰もいないのならコソコソする必要はない。出た時とは違い、勢いよく玄関のドアを開ける。
「たっだいま〜····」
「おじゃまします····」
誰もいないのに俺と夢は挨拶をする。
「さあ、今のうち」
はい、と応える夢は履いていた俺のサンダルを玄関に綺麗に揃えてから家にあがる。俺は履いていた予備のサンダルをテキトーに履き捨てる。
二階に上がり、二人そろって親父の部屋に入る。当然ではあるが数時間前に出た時と何も変わっていない。
俺は作業机の上にあるプラモデルの箱を床に置き、もう一度夢に確認をとる。
「····本当に送らなくていいの?」
家に帰る途中で、
「大丈夫ですよ。それに春江様もすぐに帰ってこられるのでしょう?」
「たぶん····」
先程夢にも『北家ルール』を話していため、春江がすぐに帰って来るのてはないかと夢は示唆していた。
「でも、すぐに
「?·····春喜様は知らないのですか?」
夢はなんのこっちゃ、と顔に書いている俺のために続けてくれる。
「転移には·····いんたー····いんたー···なんでしたっけ?」
「····いんたー?」
「·····いんたーはい?」
······種目は
「もしかしてインターバル?」
「それです。確か転移を使用してから一時間ほど使えなくなるそうです」
ほう。それは聞いておいて良かった。
「そうなんだ。貴重な情報ありがとう」
俺はお礼を言って、プラモデルの箱に目を向ける。
「····その箱、開けるだけで行けるから」
「はい····わかりました」
夢は寂しそうにしながらお別れの挨拶をする。やめて!こっちも悲しくなっちゃう······。
「今日はありがとうございました。あと·····これも大事に読ませていただきますね」
俺は夢が持っている小さな紙袋を見る。
「こちらこそ。お昼ご飯ご馳走になっちゃって·····とっても美味しかったよ。ありがとう」
その漫画で学ぶのは言葉遣いだけなの?と聞きたいのを喉奥で、ぐっ、と押さえつけながら、夢に感謝を伝える。
「では···また近いうちに」
「うん····またね」
夢は名残り惜しそうにしてからゆっくりと俺に背を向けてしゃがむ。小さな手が箱の蓋をそっと持ち上げると、激しい光が部屋一面に広がる。眩しさに目をキツく閉めたのは一瞬───再び目を開けると蓋が閉まっているプラモデルの箱だけが床に置いてあった。
なんか急に寂しくなったな。これは静かになったから·····だけではない。
そう感じたのも束の間、玄関のドアが開く音がした。
あぶね〜。鉢合わせするところだった。
俺は慌てて親父の部屋を出て、階段を降りる。
「婆ちゃんっ、今晩は───」
───階段を駆け下り、玄関を見た俺は今日何度も硬直した身体をまた固めることになる。
「おう。春喜。久しぶりだな」
「なっ!」
そこに立っていたのは一ヶ月ぶりくらいに見た父親───
短髪の黒髪にいい感じに日焼けした肌の色。身長は俺より十センチ程高く、筋肉質といった体格。顔は····梅花達に言われた通り、残念ながらやっぱり俺に似てると自分でも思ってしまう。黒いTシャツとグレーの短パン、足元はサンダルといったラフな格好で立っていた。
「なんだよ·····久しぶりにあった父親の顔を見て固まりやがって·····」
全く相変わらず感情豊かだね〜、と感想を言いながら春吉はサンダルを脱いだ。
「·····いつも突然帰って来るんだから、ビックリするのも当然だろ·····連絡くらい入れろよな」
「おー。すまんすまん」
俺は嫌味も込めて言ったのだが、春吉は全く気にもとめない様子で、玄関の靴置き場を見ながら軽く返してくる。
数秒その場で俺に背を向けて立ち止まり、こちらに向き直ってから唐突にニヤついた顔を見せてくる。親父のこの顔が一番キライだ。
「──それで·····夢ちゃんと何処いってきたんだ?」
「っ!?」
なんでいきなりそんな事を·····。まだ転移した事すら話してないのに。
───まさか。
「·····この状況だけでわかったのかよ」
俺がいつも履いているサンダルが綺麗に揃えて置いてある事、前使っていたサンダルが乱雑に履き捨てられている事。たったこれだけで分かったのか?
「····これだけあれば十分だろ」
何を言ってんだこいつは、とでも言いたい顔をしている春吉に、俺は不快感が募る。
「·····悪かったな。俺はあんたほど頭が良くないんだよ」
ブスッとした顔で話す俺に
「大丈夫だ。俺の子なんだから、お前も十分頭が良いと思うぞ」
「·····けっ」
ふざけんな。俺にあんな推理が出来るかよ。
不貞腐れている俺に春吉は顔を変えずに尋ねてくる。
「それはそうと、春喜·····夢ちゃん、とんでもなく美人だろ〜!」
「······ああ」
リアクションが薄い俺に春吉は畳み掛けてくる。
「幼い頃からこの子は美人になるだろうなぁと思っていたけど、ここまでになるとは思わなかったぜ」
幼い頃っていつぐらいから?いつから知ってるんだ?───と、本来なら思うのであろうが、今はそんな考えには至らなかった。
早くこの空間から抜け出したい。
「母親に似たのが功を奏したのか──て、おい、どこ行く気だ?」
父親の脇をすり抜け、綺麗に揃えてあるサンダルに足を突っ込んだ時、春吉が呼び止める。
「······ユースケのところに行ってくる」
約束など無いが、あいつならきっと家にいるだろう。そう咄嗟に思い口を開く。
「あ?夕飯はどうすんだよ?」
「いらない。婆ちゃんに言っといて」
まったくよぉ、と一人苦笑する春吉は、背を向けた俺に言ってくる。
「俺の弟子に『よろしく』言っといてくれ」
うるさい、と心の中で反論して玄関を開けて外に出る。
外は日が落ちかけており薄暗くなっていた。ひぐらしの鳴き声が響き渡っている。
俺はスマホを取り出し、さっき名前を口にした親友にラインを送る。
『今から行っていい?』とだけメッセージを飛ばした俺はスマホをポケットに入れながら歩き出した。
早く家から離れたかった俺は家の敷地から速歩きで出てしまったので、道行く人にぶつかりそうになってしまう。俺は身体を急停止させて接触を避けた。
「わっと·····すみません」
危なかった、と謝罪を込めて上体を倒す。
すると、聞き覚えのある声が上から降ってくる。
「····まったくだ。気をつけろ」
「····じゅっ、潤一郎さん!?」
顔を上げると、そこには梅花の父親である───潤一郎が俺を睨見つけている。
高身長に縁無しのメガネをした潤一郎は、スタイルが良いためネイビー色のスーツ姿が様になっている。キリっとした顔だちから放たれる眼光は鋭く、俺を萎縮させるには十分だった。
立て続けに会いたくない人に会ってしまった。
テンションが下がっている俺に潤一郎さんは追い打ちをかけてくる。
「ふん····こんな時間からどこにいくのやら·····
「·····はあ」
本当にこれで親父と仲がいいのか疑問になるセリフを吐いた潤一郎は俺に一瞥してから自宅へと足を向ける。
「うちの娘を
ギラッとした目を再度俺に浴びせた後、足早に自宅に入る。
「───たっだいま〜!!巻ちゃ〜ん!梅花〜!帰ったよ〜!」
「······」
玄関を閉めても聞こえてくる声量で潤一郎は家族に愛を叫んでいる。
·········この人、ギャップが凄いんだよな。
俺と親父に対する時だけ態度が悪いが、その他の人に強く当たっているところは見たことがない。··なんで俺等だけ·····。
これもどうせ親父が悪い、と切り替えようと思っていると、スマホが震えた。
スマホを取り出して画面を見るとオーケーサインを出しているキャラクターのスタンプが返ってきていた。
良かった、と思った俺は、二人の父親の事を頭の中から追い出し、親友の居る家に向う。完全に落ちかけている夕日を背に逃げるように歩いていく······。
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