第24話 びっくり


「あーつまんない」


 俺はリビングにある食卓を囲むテーブルで、夏休みの宿題を広げている。苦手な数学からやろうと思ったのが間違いだったか。


「黙ってやりなさい」


 キッチンにいる婆ちゃんがうるさいとばかりに声をあげる。


 時計の針は十三時を少し過ぎたあたりを指している。先程お昼ご飯を食べて少し眠くなってきた。


「婆ちゃん、宿題は自分の部屋でやるよ」


「そんな事言って、やらないのは知ってるわよ。見てないとあんたはすぐサボるからね」


 全く信用されてない······。


 夏休みに入って今日で4日目。今朝、朝食を食べている最中に宿題の進捗状況を聞かれ、『全く』と正直に答えたらこの始末。まだ4日じゃん。


「ほら、無駄口叩いてないで手を動かしなさい」


 婆ちゃんかんしいんは大根の皮を剥きながら、サボらないように注意する。


「へーい」


 仕方なく宿題をやっているのだが、どうにも進まない。やらされている感がやる気が上がらない原因のひとつだろうか。


 やる気の出ない俺に対して婆ちゃんは、あっそうだ、と声を発する。


「今日、巻ちゃんがお友達と夕ご飯行くみたいだから、今日の晩ごはんに梅ちゃんと、潤一郎君呼ぶよ」


「あー······うん。わかった。」


 ───正直なところ潤一郎さんとご飯は嫌なんだけど········これは仕方ない。


 この前もそうだが、度々『武田家』にご馳走になっている身であるため、ノーとは言いづらい。婆ちゃんは『武田家』のキッチンの守護者まきさんがいない夕ご飯の時、家に招待する事が多い。旦那と娘は料理が皆無であるため。


「まあ·····潤一郎君居るのが嫌なのはわかるけど、大丈夫よ。今日は春吉もいるからは無いわ。父親の影に隠れときな」


「········ならいいけどね」


 俺等の仲を知っている婆ちゃんは、息子を盾にし、自分まごを守る算段みたい。ありがたく提案された作戦でいこうと思う。

 

 ペンが走らない原因は教科にあると思った俺は数学をやるのを辞めるか、と思っていると親父が二階から降りてきた。リビングに入るなり、俺に声をかけてきた。


「なんだ、お前·····こんなところで宿題やってんのか?」


「うるっさい」


「春吉、春喜の邪魔すんじゃないよ」


 婆ちゃんが親父に牽制を入れる。親父はへいへい、とだけ言って顔を婆ちゃんに向ける。


「········それで母さん、一つ頼みがあるだけど──ってなんでそんな嫌な顔すんのさ?」


 婆ちゃんは大根を持ちながら、とても嫌な顔をする。久しぶりに婆ちゃんのこんな顔見た。


 「········あんたの頼み事って基本的に大変な事ばかりなのよ」


「いやいや、そんなことないだろ〜」


 親父は笑い声を出しているが、婆ちゃんの顔は変わらない。


「····で、今回は軽い用事なのかい?」


「いや······ここ最近で一番大変かも」


 まったく!、と大根をまな板に置き、婆ちゃんは手を洗っている。


 「それで····頼み事って何?」


 手についた水気をタオルで拭きながら婆ちゃんは嫌な顔を隠さずに親父に問う。


 ここまであからさまに嫌な顔されると、流石の親父も言い難いのだろうか、苦笑しながらゆっくりと話す。


「·····実は·····一人泊めて欲しいがいるんだけど」


「······


 俺はペンを置き呟く。婆ちゃんはため息をついている。


 いや本当にごめん、と婆ちゃんの方に手を合わせている。······俺にもしなさいよ。


 俺は椅子の背もたれに身を預けながら過去の記憶を引っ張り出す。


 親父は旅先で意気投合した人をたまに連れてくることがある。今回みたいに旅から帰ってきてすぐのタイミングが多い。それでもって遠くから来た人は基本的に一泊、ないし二泊させる。

 今まで連れてきた人は様々で、サラリーマンから地方の会社の社長、ミュージシャンや外国人と幅広い。

 泊める理由は多種多様。地元を紹介したい、家族を紹介したい、話をもっとしたい····等、色々あるみたいだが。


 「······それで泊めるって事は遠い所から来るのかい?」


「そうだね····めちゃくちゃ遠いね」


 そんなに遠いなら外国人かな?、と俺は数学の問題を解いている振りをして二人の会話に耳を傾ける。


 「それで今回は一泊かい?それとも二泊?」


 「いや·····それがよお·····」


 俺はチラッと親父を見ると今日一番の申し訳無さそうな顔をしている───と思ったが、若干口角が上がってる気がした。


「······八月三十一日までお願いしたいんだけど·····」


「「八月三十一日まで!?」」


 俺と婆ちゃんはシンクロした。


「そんなに!?」


 驚きの表情を見せている婆ちゃんに対して親父はヘラヘラとした顔で喋る。完全に笑ってやがる。


「しかも····春喜と同い年くらいなんだけどよぉ」


「·················春喜」


「·····わかってる······通報するね」


 俺と婆ちゃんがを発動させると、親父は俺の取り出したスマホを見て、待て待て、と慌てる。


「大丈夫!保護者の了承も得てるしさ!」


 安心してくれよ、と親父は手を合わせて再度婆ちゃんに謝るポーズを決めている。········だから俺にもしなさいよ。


「だからって───」


「まあまあ!今二人とも近くに来てもらってるんだ。本人に直接聞いてみてくれよ〜」


 婆ちゃんの話を遮り、親父は笑顔を崩さずに説得しようと、まくし立てる。


「近くって····家の近くに?」


「もちろん。今呼んでくるわ」


 親父は一言婆ちゃんに返答してから踵を返し、リビングを出る。


「はぁ〜·····全くあの子は·····」


 こめかみを抑えている婆ちゃんは俺を見て、眉をひそめる。


「嫌だったら言いな······。流石に一か月以上となると話は別だからね」


「······もちろん」


 同じ屋根の下、一か月以上も他人と生活を共にするなら相当ストレスが溜まるだろう。


 それにしても何でそんなに長期間も?同い年くらいってことは学生で夏休みって事か?


 首を捻って思量していると、親父の声が聞こえてきた。連れと話しているみたいだ。

 俺は本当に近くに居たのかと思ったが、同時に一つ違和感を感じた。


 ·····。


 耳が悪くなったのか、と自分の聴力を心配していると親父が視界に入ってきた。続けてが視界に飛び込んできたのだが────。


「母さんは小さい頃にあっているんだけど····」


 親父は先に泊める子の保護者を婆ちゃんに紹介した。


 あら、そうなの、と婆ちゃんは呟く。


 ───対する俺は開いた口が塞がらなくなった。


「お久しぶりぶりです。春江さん」


 ペコリと挨拶している男性は───紛れもなくだった。


「っ!」


 俺は言葉にならない叫び声を上げてしまう。


 つまり、この人が保護者ということは。


 答えは既に出ていたが、俺はを見て更に口を開いてしまった·····。


 ひょっこりとリビングに入ってきた越後の龍の娘────上杉夢は婆ちゃんに挨拶をする。


「はじめまして······春江さん」

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