第23.5話  夢から覚めて


『ねえ·····夢ちゃんにお願いがあるの····』


『なあに?』


『もしね·····春喜と春喜のお父さんが大きな声で喧嘩してたらね·····夢ちゃんに止めて欲しいの』


『止めるって····どうやって?』


『ふふふ·····それはね──────』


 

────意識がハッキリとしてきた。


「······」


 いけない。漫画を読んでいたのに、いつの間にか寝てしまったみたい。


 自室の固い床に横たわっていたので身体が少し痛い。私───上杉夢は起きあがろうと上体を起こすと、毛布が掛かっていることに気づく。


 父上がかけてくれたのかしら。


 私は父親に心の中で感謝してから立ち上がる。


 どのくらいの間寝ていたのだろうか。部屋は行灯あんどんが柔らかい光を放っている。書籍を読むのには少々心もとない光量ではないが、木造のこの部屋には似合っている。

 

 ───それにしても今の夢·······。


 幼い頃の思い出。入院中の春喜の母──美久みく様と現代あっちでの会話。


 この夢をみるのは何回目だろうか。


 ここ最近は夢ばかりみる。しかも必ず『それはね─』までである。その先は一体。


 何を忘れているのかしら。


 思考に満ちている頭を動かし、歩きだそうとしたら、足元の漫画を蹴ってしまった。


 いけない!春喜様から買っていただいた大切な物を!


 蹴ってしまった漫画をすぐに拾い上げる。角が曲がったりしていないか確認する。


 曲がってない········良かった。もっと大切に扱わなくては。


 私は漫画の表紙をじっと見つめる。そこには可愛らしい女性キャラクターが


 それにしてもこの巻も良かったですわ。·······特に旦那であるキヨシの職場に嫁のユミがスタンガンを持って突入するところ·····。ユミがキヨシの事が大好きなのがわかりましたわ───。


 撫でるように漫画の表紙を触り、春喜の事を思い浮かべる。


 ·······本当に十年前と変わらず優しい人に育ってくれた。顔立ちもあの頃の面影が残っていて、大変嬉しくなりましたわ。


 私は自然と笑みを浮かべていた。大好きな人を思って口元が緩くなっている。


 少し夜風に当たりたくなったので、白い小袖を着た私は部屋の引き戸を開ける。夏の夜は日中と違い気温が低く、時おり吹く風が気持ちいい。


 部屋を出て廊下の手すりに捕まり、夜空を見上げる。


 そこには数え切れない程の星が縦横無尽に広がっていた。排気ガスもない戦国には星の輝きを邪魔するものは雲くらいしかない。


 ······早く会いたい。


 十年くらい我慢してきた反動なのだろう。三日前に会った途端、感情が抑えきれずに決壊してしまっている。自分でもよくこれ程長い間待ち続けられたと思ってしまう。


 春喜から触れられた左腕を右手で擦る。


 落ち着いて······落ち着いて私。また会えるのだから·····それに────。


 私は光る星々を視界いっぱいに収めながら、444を生きている男の子に想いを寄せる。夜風で長い黒髪をなびかせがら、明日が早くこないかと願う───。

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