第30話 春喜と春吉
ターゲットはリビングの食卓でパソコンを弄っていた。
「····なんか用か?」
「····ああ」
俺はリビングの入り口付近の壁にもたれ掛かって、仕事をしていると思われる父親に声を掛ける。
「·····あのさ」
言葉が上手く出ない俺に顔面がアシストしてくれた。いつもありがとう。
「······昨日は軽率すぎたな。すまん」
俺の方を一瞥した父親が謝ってきた。
───先に謝りたかったんだけどな。
「······いや、昨日の事は俺の方が悪いと思う······ごめんなさい」
小さい声で謝罪する俺に春吉はビックリした顔で俺を見つめる。
「なんだお前···変な物でも食ったのか?」
「なんでだよ····」
反発する俺に春吉はノートパソコンを閉じて視点の焦点を俺に当ててくる。
「そりゃーそうだろ·····お前から『ごめんなさい』なんて何年ぶりに聞いたかわからんぞ····」
「·····だって親父、ほとんど家に───」
────危ない。また繰り返すところだった。
俺が止めた言葉の先を推測したのだろう。春吉は頭を掻きながらバツの悪い顔をする。
「······まあ、その通りだよな」
「·······」
俺は無言で肯定を表明し、食卓テーブルのいつも座っている席───春吉の斜め前の席に座る。
親父は俺が座ると同時に話しかけてきた。
「·······美久はな──」
「わかってる。親父のせいで病気になったんじゃない」
俺は親父の話を途中で遮り、昨日の発言を否定する。
「あれは流石に言い過ぎたと思っている。········夢ちゃんに叩かれなかったら、やばい事を言ってたと思う」
けど······親父ならあの続きを簡単に予測できてしまうだろうな。
話し出した時点で駄目だった、と後悔していると親父は、夢ちゃんがねぇ、と呟き、二階にある母さんの部屋の方向を見ながら口を開く。
「······春喜·····お前、夢ちゃんの事どう思ってる?」
ゆったりとした口調で何だか少し新鮮だ。
俺は夢を思い浮かべてから答えた。
「·······めっちゃ美人だと思う」
「いや、そうじゃなくてな······」
春吉は俺の目を見つめながら、真剣な面持ちで訴えかける。
「好きなのか?······それとも興味本位なのか?」
「えっ!?」
少し意表を突かれた俺は戸惑う。
「いや、言い方が悪いな。·····俺もお前も珍しい物には目がない。刺激を与えてくれる物が好き、と言ってもいいかもしれない」
───親父が言いたい事がわかってきた。
だが、あえて俺は口を挟まずに聞く。
「正直·····夢ちゃんは俺らの様な人種には『どストライク』な子だと思う」
俺らと言われると少し嫌だが、昨日の二の舞いになりそうなので反論は我慢する。
俺が我慢してるのがわかるのだろう。春吉はなるべく言葉を溜めずに話す。
「『純粋に女の子』として好きなのか、それとも『面白い女の子』として好きなのか?どっちだ?」
「·········」
俺は黙って、これまで胸の奥底にしまっていた感情と向き合う。
────今思っている事を正直に······だな。
「俺は·····」
言葉が出かかって止まる。沈黙が数秒続き、また親父にイジられるのではないかと思った。が、俺の意に反して、父親は何も言わずにこっちを見据えてくる。
「俺は······ただ、あの子に笑顔でいて欲しいだけだ」
「·······具体的に言えるか?」
いつもなら『これは何の面接ですか?』とおとぼけ脳内会議が開催されるのだが、今は鳴りを潜めている。
「俺の前だけじゃない······いつも、何処にいても、誰といても、笑っていて欲しいだけ······これまで城の中で寂しい生活を強いられていたのだから」
親父は何も言わない。今日は茶化す気はないみたいだ。
「·····まだ数日しか会ってないし、いきなり嫁にしてくれと謙信さんに頼まれても困るけど····」
自分の父親にこんな事言うのは恥ずかしいが、今日も溢れ出てくる言葉が止められない。
「····可能であれば、夢ちゃんの隣で一緒に笑っていたいと願っている自分もいる。それは単純に興味があるだけではないと思う」
───だから。
「だから······俺的には『純粋に女の子』として好き······になりかけていると思っています」
何故か最後は丁寧語になってしまった。あと言い切れないのは『俺らしい』な······。
俺の告白に父親は目を閉じて腕を組んでいる。
少しの沈黙が続く。エアコンの動作音がうるさく感じる。
「·····そうか」
ようやく口を開いた春吉は目を開け優しい表情をした。
こんな顔した親父を見るのは初めてだ。
しかし、優しい顔をしたのは一瞬で、すぐに険しい表情をした。
「わかっていると思うが夢ちゃんのこれまで経歴は
彼女と嫁というワードに少しビビりながら俺は反撃する。
「·······それはこれから考えるしかないだろ。俺達はまだ『これから』が長いんだから。まだ時間あるわけだし····それに──」
俺は一息吐いて、はっきりと口にする。
「一人じゃないなら大丈夫だと思う」
これをきっと楽観的って言うのだろうな。だが、このポジティブシンキングは俺の一番の長所だ。先程、俺は
それに『一人じゃない』のだから。
婆ちゃん、梅花、巻さん、友助、謙信さん、友助以外の友達数人·······あと一応、潤一郎さん·····そんでもって────。
─────親父。アンタがいればきっと何とかなる。
「·········勝手に成長しやがって」
真剣な表情の俺を見て、親父は嬉しいそうに·····されど寂しそうに呟いた。
なんか
久しぶりに親父と穏やかな時を過ごしている。俺も表情が柔らかくなっているのが自分でもわかる。
この時間は嫌いじゃない。
───────と、感傷に浸っていると斜め前に座る男が場の空気をぶち壊す。
「まあ、『好き』って言い切れないのは本当に情けないと思うけどな〜!」
「なっ!?」
ニヤつい親父が俺をイジってきた。俺はつい反射で反応してしまう。
「な、なにぃ〜!俺が恥ずかしい話をしているっていうのに!」
「はっはっはっ!恥ずかしがっているうちは青二才だぞ〜ハルキくぅ〜ん!」
俺は頭の中で脳内会議を強制的にブロックしていたシャッターをこじ開ける。戦闘準備っ!
「そもそもアンタが
「·····それでもし夢ちゃんが城下町になんか降りちゃって、他の男の事を好きになったらどうする?」
「あ!?そんな事あるわけないだろ!?だってあんなに············俺の事好きな子が!」
恥ずかしいので少し躊躇っちゃった。
激昂する俺に親父は正論パンチを繰り出す。
「そんな事あるわけない?じゃあタイムスリップ出来る事と、大好きだったけど長年会えないから熱が冷めてしまって、他の男に鞍替えしてしまう事······どっちがありえないんだ?」
「···········」
ちょっと!?脳内の俺よ!?言い返せる答えでないのか!?
意思とは裏腹に脳内では反撃できる案が出てきてこない。
上手く返せない俺に親父は勝ち誇った顔をしている。
「はっ!まだまだ俺には勝てねーよ!」
「くぅ〜!ムカつく!」
俺は乱暴に椅子から立ち上がってリビングから出ようとする。
「おい。逃げんのか?」
「ちげーわ。·······夢ちゃんのところに行って話したいだけだ」
·······それは逃げなんじゃないだろうか。
俺の脳内では『敗走』と認定しているみたいだった。
悔しがる俺の背後に今までとは違う声色で親父は言葉を投げてきた。
「えっ?お前知らないのか?」
「······は?何が?」
振り返る俺に親父は苦笑して答える。
「夢ちゃんなら、今日の朝、
「えっ!?」
知らなかった。
────なら
「それは得策じゃねーな。なんか考える時間が欲しいみたいだったからな」
「·····考える事っていったら───」
────俺を叩いた事か?
呆然と立ち尽くす俺に親父は、本当にしょうがねーな、と一言添えてから、ヘラヘラしてくる。
「心配すんな。数日だけだ。謙信にも言ってある」
「言ってあるって·····何をどう言ってあるんだよ?」
俺の顔を見てヘラヘラとしている親父は楽しそうだった。
「八月二日の夕方までには夢ちゃんを
「·······それって」
リビングのカレンダーを見ながら俺は思量する。
八月一日から三日間、長岡市民なら知らない人はいないだろう行事がある。特に二日、三日は地元が人でいっぱいになる日だ。
春吉は俺に今日一番のニヤけ面を見せてきた。
「まあ、あれだ········俺と謙信からの細やかなアシストだ─────受け取るかはお前が決めろ」
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