第29話 助言は不要


「·················何の用だ?」


「··········」


 いやぁぁぁぁああ!


 俺は今、武田家の玄関前にいるのだが───。


 なんだこのトラップは!?インターホンに出たのは梅花のはずだが!?平日のこの時間帯は仕事じゃないのか!?


 脳内で殺到する情報を処理しきれないでいると、目の前にいる潤一郎がため息を吐く。


「聞いているのか?·······まったく······顔も知能も容姿も悪いのに·····今度は耳も悪くなったのか?······あとは何処を悪くさせればいいんだ?」


 ·······何でこの人は俺を悪くさせようとしてくるのだろうか。あと顔と容姿は意味合いが被っていると思うのだが。


「いえ····梅花さんに用があったのですが···」


「······今いないぞ」


 嘘100%の解答を潤一郎は真顔で言ってくる。


「そうですか······では」


 俺は帰ろうと踵を返そうとした。


「──ちょっとぉ!待ったぁ〜!」


 家の中から梅花がこっちに突進してくる。潤一郎は咄嗟に突撃してきた娘の進路に立ち塞がり、愛娘まなむすめを全身でキャッチした。


「梅花!そんなに父さんの事が好きなのか!?それとも寂しかったのか!?すまなかった!一瞬でも一人にして!」


「違うわ!·····ハル、ごめんね。お父さん、いつものことだけど、ちょっと変なのっ」


 ガーン、とショックで固まっている潤一郎を置いて、梅花はサンダルを履き、外に出ようとする。


「······お父さんいるとうるさいから外で話そうよ。今日は曇り空だからそんなに暑くないし」


 とどめを刺された潤一郎はシクシクとリビングの中に消えていった。自分の嫁まきさんを大声で呼んだのを最後に音一つ聞こえなくなった。ドンマイっ!


 玄関から出たばかりの梅花に俺は疑問をぶつけた。


「······なんで玄関から出てきたのが潤一郎さんなんだ?」


 梅花は玄関前にある段差に腰掛けて、俺の疑問に答えてきた。


「お湯沸かしてたからさ。止めてきたのよ。しかも丁度、今日有給使ってたお父さんが二階から降りてきたから······そのせい」


 タイミング悪すぎだろ。


 俺も梅花に並んで腰を下ろした。座るには低すぎる高さだが、長時間話す予定はないので問題ないだろう。先程、友助の家から帰る途中、ラインで梅化に『今から少し話せないか?』と連絡したところ、『少しなら大丈夫!』と返ってきたのだから。


「そんで〜話って······あっ!夢ちゃんのこと!?」


「·······当たりです」


 本当にコイツは変にカンが鋭いんだよな····。


 考えないで感覚で生きている人種の特技なのだろうか、とド偏見を幼馴染に対して思っていると、梅花は笑いながら、俺の背中を叩く。


「はははっ!なんか怒らせたの?叩かれたりしたの?そんでもって嫌われた?」


 自分の家の防音機能が低すぎるのでしょうか?それともこれもカンなのでしょうか?どうなんですか、梅化さん!?


 盗聴もありうると、恐怖を覚えた俺は梅化にアドバイスを募る。


「まあ、確定ではないんだけど、そんなところかな?····どんな言葉をかけた方がいいのか·····相談というか······助けていただけないかなと······」


 俺の詰まりながらの言葉に、ふふーん、と自慢げに鼻を鳴らした梅花はドヤ顔をする。


「なるほどっ。それならまかせなさいっ!ハルキ君!」


 ·········既に心配でならない。やはり人選ミスなのではないか?


 胸を張って応える梅花は表情崩さずに俺の顔を見る。


「おっと、その前に·····夢ちゃんは何処から来た子なの?昨日、この事だけは、はぐらかされて聞けなかったから」


 でも会話になっていたのか、と俺は関心しながらどう話すべきなのか考えた。


 正直に話すべきなのかな?


 ここに来る道中、あらゆることを想定し話す内容プランは考えていた。


 俺はプランAを実行に移す。


「·······もし時空を超えてきたって言ったらどうする?」


「······タイムスリップってこと?」


 俺が頷くと、梅花はキョトンとした顔になった。


「·······ハル······今日は平日だからどこの病院も開いてるよ」


 ········駄目でした。プランBで行こう。


「·······実は俺も知らないんだよね」


「へ〜·····そうなんだ〜」


 梅花は、じーっ、と俺の顔は見てくる。


「な、なんだよっ」


「別に〜。まあ、いいや。これは本人に聞くよ」


 少し胸を撫で下ろした俺に、梅花は追撃をかます。


「それで、ハルは夢ちゃんが好きなの?」


「なっ!?」


 俺は驚きを隠せないでいると梅花は再度笑う。


「いや、見てればわかるっしょ!あれで隠せていたつもりなの?」


「だって、昨日一日見ただけで······」


「いやいやいや!一日見ただけで十分だよ!」


 顔に出過ぎたぞ〜ハルキ君〜、と親父みたいな言い方をしてきたので、少しムッとした。


「どうなんだろうか······気にならないかって言われたら嘘になる·····これって、好きになりかけてるのかな?」


「······ハルはやっぱり正直だね〜」


 梅花は空に向って伸びをしてから答える。


「夢ちゃんには『いつもの正直者のハル』で会ってきなさい!つまりウチからのアドバイスは特になし!小細工は無用!」


「·······へ?それじゃあいつも通りでいいってこと?それじゃあ俺の言葉が上手く伝わらかった時や言葉に詰まった時はどうすれば·····」


「大丈夫だよっ!後はハルの『顔』で伝わるから!」


 ──完全に否定できないのが辛い。


 でもなぁ、と俯く俺をいつの間にか真剣な表情になっていた梅花が補足してくる。


「それに、恐らく夢ちゃんはハルの事を嫌ってないと思うよ」


「······なんでそう思えるんだよ」


「······この前、話してみて感じたんだよ」


 俺を見ずに、正面の道路の方を見て呟いてきた。梅花は道路ではなく、ずっと先の──遠くを見ているような気がした。さすが学年トップ3に入る逸材だ。真顔をしている横顔はとても美しかった。


「夢ちゃんね、ハルの事を話す時だけ明らかに顔色が違ってたの。どうしたらこんなに幸せそうな顔で話せるんだろうって思ったんだ」


 梅花の微笑も様になっていて、俺は目のやり場に困った。


「あそこまで好きって気持ちを出せるのって凄いと思ったよ。ウチも好きな人の事をあそこまで恥ずかしがらずに話せるのは無理じゃないかなって思ったくらい」


 あっ、恥ずかしがってはいたか、とテヘヘと笑う梅花を見て、俺は気持ちが少しだけ上向きになった気がした。


「だから、小さなこと一つでハルを嫌いになることは無いって事!全然問題ない!心配しない!以上!」


「最後テキトーだな·····」


「それにさっき答えてもらった通りならハルも夢ちゃんのこと好きなんでしょ?」


「·······言い切ってはないぞ」


 はいはい、わかりました、と梅花は立ち上がる。


「少なくともハルは自分の好きな相手を悲しませるような事は言わないだろうからさ。自分の正直な気持ちをぶつければいいんだよっ」


 そこんところウチが保証するっ、と保証書うめかはうんうん、と頷く。


 嬉しい事を言ってくれるじゃん。


 梅花は少し明るくなった俺の顔を見て、何かを感じ取ったのだろう。人を顔になった。


「·······どーせ、ユースケあたりに女心を学んでこいって言われたんでしょ?仲直りするために必要だー、とか言われてさ」


 正解っ、と渋々頷く俺に、梅花は苦笑いする。


「·······言っとくけど、女心ってアンタらが思っているより複雑だからね」


 梅花はべー、と俺に舌を見せてつけてきた。


「それに簡単に分かるようなら、世の中のカップル、夫婦は喧嘩してないんじゃないの?」


「おお······。梅がマトモな事言ってる······」


「え?····なんだって?」


 梅花が両手をポキポキと鳴らしているので高速で頭を下げた。よろしい、と梅花は満足そうに微笑みながら続ける。


「とりあえずハルはポジティブシンキングの時はいっつも何とかなってるから!万が一、失敗したらその時は········えっと、何ていうんだっけか?」


 俺は助け舟を出さないで梅花の言葉の続きを待つ。


「········『頭蓋骨は拾ってやる』?」


「········『骨は拾ってやる』な·······なんで頭部限定なんだよ······全身を拾ってくれ」


 あー、それそれ、と梅花はダラダラと拍手する。音からして全く褒められていない事がわかる。


 さて、行きますかね、と俺も立ち上がる。


 いつの間にか、日が照ってきた。曇り空の隙間から太陽が顔を覗かせている。


「ありがとな。ちょっと気分がスッキリしたわ」


「ちょっとかいっ·······けど良かった。······さっそく夢ちゃんのところに行くの?」


 梅花の問いに俺はブッサイクな顔で答えてやる。


「いや······先にから片付ける·····」

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