第34話 夏の夜空に
「春喜様っ!今なんと!?」
驚きの声が狭い公園内に響き渡る。
俺は鼻を掻きながら答える。
「えっと·····『夢』って言ったんだけど」
は、恥ずかしいな····。
どうして『ちゃん』を取るだけでこんなに変わるんだろうか。背中が痒くて堪らん。
「どうして·····」
夢は嬉しさ半分、疑問半分の顔で俺に訴えかけてくる。俺も大分この子の表情を読み取れるようになった。
「だって前『ちゃん』はいらないって言ってたから······嫌だった?」
俺の話を黙って聞いていた夢は首を横に振る。
「いえっ!そんな事はないです!私がお願いした事ですしっ·····とっても嬉しいのですが·····」
───ですが?
言葉尻に引っかかるが、俺は経緯を一応話しておく。
「今回、夢には悪いことをしたからお詫びと──あと助けてもらったからお礼に何かしたいな、って思ったんだけど」
説明していると夢は泣きそうな顔で俺を見つめてきた。俺は照れながら続けた。
「会えなかった時に考えていたんだ。夢に喜んでもらうにはどうすればいいかって」
照れるなぁ〜、と俺は苦笑していたら、夢はポツポツと呟きだした。
「そんな事を考えていたのですか····それなのに私は·····」
次の瞬間、夢は顔を歪ませて泣き出してしまった。
え〜!なんで〜!?
「ど、どうしたの!?何で──」
「だってぇ〜!春喜様は私の為に·····私を喜ばせようとずっと考えていてくれたのに······私ときたら」
食い気味で俺の言葉を遮った14歳は泣きながら言葉を紡ぐ。
「春喜様の考えている事を勝手に想像してっ!会わない理由を正当化してっ!」
うえーん、と泣く夢は、感情を俺にぶつけてくる。
「春喜様は寛大なお方なのにっ!それなにのっ!」
「寛大って、そんな奥袈裟な───」
「それなに私ときたらっ!もう会わないならせめて記念に腕の2、3本は
「それは困るから勘弁してね。あと、腕は2本までしかないので」
そうですよねっ!ごめんなさいっ!、と夢は泣きじゃくる。
しまった。普通に突っ込んでしまった。
発想が怖いのもそうだが、所々言葉が変だと思った。
俺の使ってた国語の教科書をあげよう、と思っていると、夢は泣き声のボリュームを上げていく。
「私は本当にバカですっ!春喜様の隣にいてはいけない人間ですっ!どうしたらいいのでしょうか!?」
「どうしたらって·····とりあえず泣き止んで!」
どうしたら泣き止むのだろうか。
途方に暮れている俺を地元は助け舟を出してくれた。
定刻になったのだろう。
夜空にひゅー、と甲高い声音が鳴り響き、次の瞬間、ばんっ、と爆音が鳴り響く。
助かった!
俺は心の中で花火師さんに感謝して、夜空に咲いた花火を指差す。
「ゆ、夢っ!これが───」
───『花火だよ』という言葉は発せられなかった。
「ばっ!」
俺は思いっきりベンチ前の地面に顔を叩きつけていた。雑草が生えている土の上とは言え、強打したので顔面が痛い。
「春喜様っ!伏せてくださいっ!」
夢は右手で俺の頭を地面に押さえてけていた。
「敵襲ですのっ!?どこの陣営!?」
武田か!?、と夢は叫んでいるのを俺は辛うじて聞き取った。
「ひがうっ!ひがうって!」
顔を地面にくっつけながら否定する。
「えっ?」
夢はようやく俺の頭から右手を離した。俺はぺっ、と口の中に入った土を出す。
「あれは──あれが花火だから!」
「そ、そうなんですか·····」
相変わらず切り替えが早い美少女は戸惑いながら夜空を見上げる。
俺と夢はベンチに座り直す。初めに座った時の距離よりも少しだが近くになった。
「俺もちゃんと説明しなかったのが───あれ、血ぃー出ちゃったか」
鼻を触った俺は鼻血が出ていることに気づいた。
夢は俺の鼻を見て慌てて巾着袋の中を漁っている。
「た、大変です!私のせいでっ!」
袋の中からポケットティッシュを取り出し、小さくちぎって丸める。
「春喜様っ、動かないで下さいね」
そう言い、夢は下から俺を見上げて、俺の鼻の穴めがけてティッシュを押し込む。顔が近い。
「·····もう動いて大丈夫です」
夢は本当にごめんなさい、と何度もペコペコしてきた。
「いいって!これくらい!」
「でもっ····」
まずい。また泣き出しそうだ。せっかく収まったのに。
こーゆー時はどうすればいいんだ?
脳内で検索していると、昔の記憶が蘇ってきた。
────そういや母さんは俺が泣きそうな時はよく頬を摘んできたな。
再度泣きそうな夢を見て、母さんが幼少期の俺にやってくれたことを実践してみた。
母さん、ちょっと技借りるね。
「っ!······は、はるひぃはま!?はにお!?」
俺は両手で夢の頬を摘んで引っ張った。夢は発音が上手くできない。
「いいから話を聞きなさいっ」
俺は初めて夢を叱った。
「いい?俺が大丈夫って言ってるんだから。····何で信じてくれないの?」
「····ほ····ほれは····」
夢は段々顔が赤くなってきた。俺に触られているのが恥ずかしいのだろうか。
「あのね。夢は俺の事·········大好きなんだろうけど、俺の事、全然わかってない。」
自分で言っていて恥ずかしくなっている。
「これくらいで俺が怒るわけないじゃん!ましてや夢に怒るなんて······ほぼありえないよ!」
ゼロではない。けど、限りなくゼロだ。
「·····もうちょっと俺を信じてくれよ······夢が好きな男は心が広いってさ」
こりゃー恥ずかしいな。もう2度と言いたくない。
「········」
夢は顔を真っ赤に染めながら、俺を見つめる。
どれくらい経っただろうか。俺は美少女の頬を引っ張ったまま、ベンチに座って返事をまっている。
「····っ」
夢は頬を掴まれながら必死に答えようとしてくれた。
「·····は····はかりまひた」
「よしっ!」
良く出来ました、と上から物を言ってから夢の頬から手を離す。
それにしても柔らかかった。モチモチだったな。
戦国武将の一人娘の頬の感触を心に刻みながら、当の本人を見る。
夢は両頬を手で押さえている。強く引っ張り過ぎたかと俺は思ったが、時折笑い声が夢の口から漏れてきた為、胸を撫で下ろした。
「へへへっ····今日は沢山触れてるっ」
内容は兎も角、これで一安心だな。
通常運転に戻った夢は口角を上げて浮かれている。
一件落着の時を見計らってか、火花がまた一発、空に花咲いた。
「うわ〜·····綺麗ですね!」
花火を見て感動している横顔に俺はドキドキさせられた。浴衣姿ってのがまた夢の可愛いさを何倍にでも膨らませる。浴衣って素晴らしい!
俺の思考回路も通常運転に戻っていると自覚した。
さっきまではそれどころじゃなかったからな。
今度は次々と打ち上げられていく花火を見て、夢のテンションは更に上がっていた。
「すごいです!こんなに連発して打ち上げるなんて!」
「これはねっ、『スターマイン』っていう打ち上げ方法なんだよっ」
へ〜!そうなんですねっ!、と夢は目を輝かせながら花火を見上げている。
「後で三尺玉っていうデッカイ花火も打ち上がるんだけど、これがもう爆音でさ!それから────」
俺が花火について語っていると夢は笑顔で反応してくれる。
こんなに楽しく夢と会話をするのは久しぶりだ。
この時間がずっと続けばいいと思った。
何だろう。
もっと夢について知りたいと思ってしまうのは。
知りたいだけじゃない。一緒にいたい。隣で笑い合っていたい。
これって、もう確定なんじゃないだろうか。
けど。
────今日ではないか。ティッシュを鼻に突っ込んでいる時に話す内容じゃないな。
せっかくのいいムードなのになぁ、と少し肩を落とすが、夢の眩しすぎる笑顔を見て、前向きになる。
まだ時間はあるさ。焦ることはない。
夏は始まったばかりなのだから。
「来年も一緒に見よう」
「え?何か言いましたか?」
夢は首を捻りこちらを上目遣いで見てくる。
その技、久しぶりに受けますが相変わらず最高ですね!
心の中でお礼を述べて、何でもない、と大声で答える。
変な春喜様っ、と笑みを浮かべたご尊顔をこちらに向けてくる夢を愛おしいと感じた。
この瞬間は誰にも邪魔されたくない。
隣の美少女も同じ事を思っていてくれたらな、と願いながら俺は地元の夜空を見上げる────。
第一章 終わり
俺の嫁(候補の一人)は大好きな戦国武将の娘さん!?しかも娘さんは溺愛を通り越し····· 浦がるむ @uragarumu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます