第33話 できる事
腰が抜けて立てない。
俺も目の前の大学生2人も動けずにいると、越後の龍の娘は冷たい声で俺らを震えがらせた。
「····聞こえませんでしたか?」
夢の声が聞こえたと思った瞬間、今度は金髪2人の直ぐ上を『風の塊』が、ごおぉっ、と音を立てて過ぎ去っていった。
ひぃ~!化け物だぁ!、とようやく動き出した2人が一目散に逃げている時に、夢が呟くのを俺の聴覚がしっかりと仕事をしてくれたお陰で聞き逃さなかった。
「やはり、この格好では標準が定まりませんわ」
「········標準って······夢ちゃん·······一体何がどおぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
物騒な事を言っている夢の方に首を回した結果、脳内の思考回路がショート、大炎上してしまった。
「·····どうなされました?」
俺の視線の先には。
────そこには浴衣を着た夢がいた。
涼し気な印象を与える水色をベースとした浴衣に、幼さを少し感じさせる黄色の帯び。白い巾着袋を左手に持っている。キョトンとしたお顔の直ぐ横で結んである髪───いわゆるサイドテールがまたなんとも似合ってらっしゃる。
これは国宝より上じゃないか·······。
国宝の上ってなんだ!?世界遺産か!?
いや、遺産って。夢死んでないし。そもそも生き物を世界遺産って無理だろ、と炎上中の脳内でIQの低さを露呈していると、夢が俺を心配してくる。
「春喜様、大丈夫でしたか?」
「いや·····さっきのって···」
俺が不思議がっていると、夢は何かに気付いたのだろう、頬を赤く染めている。
「いやっ、そのっ、間違いですよねっ······」
ん?なんか俺が言いたいことが正しく伝わってないような········。
浴衣姿の夢は恥ずかしそうに弁解する。
「あんな悪い人たちは天国じゃなくて地獄に行きますよねっ·····咄嗟に出た言葉なので間違えました········」
─────いや、そっちじゃないんだが。
俺は腹を抱えた。
「·········っ·····っ·······!」
上体を折り曲げている俺を見て夢は首を15度ほど傾ける。
「───はっはっはっ!そっちじゃないし!」
街灯1つしかない小さな公園に俺の笑い声が鳴り響いた。
本当にこの子は俺の予測の範疇を軽々と超えてくる。
「春喜様?どうしたのですか?」
夢は不思議そうにこっちを見るが、構いやしない。
「あ〜······ここまで笑ったのは何時ぶりだろうか」
独り言を呟き、笑いの発作が収まった俺は夢にベンチに座るように勧める。
「········とりあえず、座りなよ」
「では······失礼して」
夢は俺の隣にちょこんと座る。久しぶりの接近に少し緊張してしまう。······国宝超えだもんな。そりゃーしないのは無理だろ。
少しってところに成長を覚えた俺は先程の現象について夢に問う。
「·····それにしても·······さっきのあの風?····は何?」
夢は苦笑いしながら自分の右手を見る。
「········実際に見てもらうと分かると思います」
そう言い夢は3メートル程先にあるポイ捨てされている空き缶を指差す。恐らく『あれを見ていて』と解釈した俺は、夢に従い赤い空き缶と彼女の右手を注視する。
では、と口にして夢は軽く右手を前方に突いてみせた。
すると右手から先程も見た『風の塊』が出現し、一直線に進んで空き缶に当ててみせた。吹き飛んだ空き缶はカランカラン、と自由気ままに転がっている。
「なっ······!?」
声を出せない俺に夢は不安そうな顔になる。
「·······久しぶりに出したのと、この『下駄』に履き慣れていなくて······足場が不安定でしたので先程の俗物には外してしまいましたが·····」
足場を見ながら途切れ途切れに話す夢に、俺は素直に思う。
「すっ······」
夢は眉を曲げながら『す』の発音の口になって俺を見てくる。
「───すっげぇ〜!何それ!?カッコいい!」
俺は無邪気に感嘆な声をあげると夢は一瞬だけ驚いた顔をしたが、直ぐに微笑みのご尊顔へと変えた。
「········本当に春喜様は変わりませんね」
何故か懐かしがっている様に見える夢に俺は、はっ、と気付く。
「······もしかして、利き手聞いた時に言いづらくしてたのは·····」
俺の推理に夢は苦笑しながら頷く。
「そうです·····右手は制御するのが大変なので、細かい事は左手で行うようにしてます······右手は握力も相当あるみたいなので······」
なるほど、と俺も頷いてみせる。これであの転移2回目に着ていたTシャツが破れていたのに合点がついた。思いっきり掴んでしまったのだろう。なら仕方ない!
しかし、この細い腕の何処からあんな力が、と思っていると、単純な感想が出てしまった。
「しかし、もし右手で殴られたらひとたまりも───」
「·········」
俯く夢を見て俺はしまった、と思った。
恐らく2人ともあの夜の事を思い出している。
「······あの春喜様」
口を先に開けたのは夢の方だった。
「あの時は·····叩いてしまって申し訳ございませんでした」
サイドテールしている
「いやいや!あれは俺も悪かったというか·····正直助かったというか」
煮え切らない言い回しをしている俺に夢はゆっくりと頭をあげて自白する。
「実は·····美久様からのお願いでして······」
「えっ!?······母さんから!?」
予想外な人の名前が出たので俺は少しベンチから跳ねてしまった。
「春喜様と春吉様が喧嘩していたら止めて欲しいと頼まれてまして······もちろんあの時、単純に春喜様を止めなくてはとも少しは思いましたが·····」
何かを振り切ったのだろうか。夢は真剣な顔つきに変わって続けた。
「一番の理由は、やはり美久様からのお願いでしたので、着付けしている最中の質問には否定させていただきました」
分かりづらくてすいませんでした、と夢は再度、頭を下げてきた。
「いや、それで全然納得いったから!顔を上げてよっ」
俺の許しの言葉に、気まずそうに顔を上げて夢は応えた。
「春江様にも、あれでは正しく伝わらないよ、と苦言を頂きました」
「そう·······婆ちゃんにも───────」
──────はあ?婆ちゃん?
「······何で婆ちゃんが出てくるの?」
はて?、と夢がキョトン顔をしてくる。いつもなら可愛くて脳内歓喜っ、となるのだが今は嫌な予感が俺を襲ってくる。
「あの時、春江様に浴衣を着付けてもらってたので」
「············」
つまり婆ちゃんにあのみっともない誘いを聞かれていた────となるのか。嫌だ。恥ずかしくてもう婿にいけない。
俺は婿入りを諦めてから、この話を結びまで強引に持っていこうとする。
「と、とにかく!俺は怒ってないから!」
「·······わかりました」
言葉とは裏腹に夢の顔は晴れない。夢が俺を叩いた時と同じ顔をしている。
夢自信、酷い事をしたと思っているのだろう。
何故翌朝に夢と話をしなかったのだろうか。問題を先送りにして結果がこれだ。
これは俺の失態だろ。
この7日間、どうすれば夢と以前のような関係に戻れるか考えていた。
熟考した結果、『以前と同じ』ではなく、『一歩近づこう』と結論づけた。
彼女との距離を短くするために俺がすること。
それはとても簡単な事だった。
しかもこれは彼女が望んでいた事であり、喜んでくれると確信はある。
夢は未だに悲しい顔して俯いている。萎れている顔もまた美しいとは思ったが、この顔は俺は好きになれなそうだった。
取り戻したい。夢の笑顔を。出来る事なら直ぐに。
それに本当に伝えたいのは『怒ってない』ではなく、『感謝』の方だ。これは言わないといけない。
正直に───自分の言葉で。
「·······でも、これだけは言わせてほしい」
気付いた時には口が動いていた。
なんでしょうか、と夢は俺の顔をみる。目には薄っすらと涙が溜まっている。
俺は拳を強く握りしめる。
ここで言わなきゃどうする!
自分を奮い立たせる。少し俺が恥ずかしい思いをするだけであの眩しい笑顔が取り戻せるなら安すぎるだろ。
悲しみに暮れている少女に俺はゆっくりと、はっきりと言葉を発する。
「───あの日、俺を叩いて止めてくれてありがとう。本当に助かったよ」
俺は続ける感謝の言葉に、夢のお願いを乗せる。
「それと、母さんのお願いも叶えてくれてありがとう──────夢」
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