第11話 帰宅


「そうだ·····これを春吉に渡して欲しいんだが····頼めるかな?」


 俺が地蔵の前に立った時、謙信は俺に白い紙を寄こす。それは手の平サイズで、イラストも線も入って無いシンプルなものだった。二つ折りになっていて、内容は読めない。


「大丈夫ですけど····親父、いつ帰ってくるかわかりませんよ?」


「知ってるよ。だから会った時で良いよ···。それで····春喜君は次いつ戦国こっちに来てくれるんだい?」


 俺が折られているメモをポケットに入れた時、謙信は聞いてきた。


「そうですね····夢ちゃ····娘さんには直ぐに会えると言いましたから·····よろしければ明日にでも····と思います····」


 最後に見た夢の微笑んだ顔を思い出す。会いたいという気持ちに嘘はない。


「····別に私の前でもでいいのに」


 そう言われても····。恥ずかしさで目が泳いでいると、謙信は追撃してくる。


「ついでに私の事はで構わないよ」


「か、からかわないでください·····」


 酔っ払ってないのに、ダル絡みしてくる。····世の中の父親は娘に関わる事になると、こんなに人が変わるのだろうか。····いたたまれない気持ちになる。


 俺はこの状況はなしから抜け出すために話を無理やり戻そうと試みる。


「····明日の昼間に戦国こちらにお伺いしてよろしいでしょうか?」


「大丈夫だよ。夢にもそう伝えておく。····どうせなら昼ご飯も食べていったら?···夢も喜ぶから」


 なんとか話を軌道修正できた。


 明日の予定を確認できたし、そろそろ現代あっちに戻ろうかと地蔵の方に身体を向けた時、謙信が、あっ、と発する。


「春喜君····良ければ明日こっちにくる時に、『おにみ』の豆大福を買ってきてくれまいか?」


「『おにみ』のですか····?もちろん、構いませんが····」


 ───『おにみ』とは現代あっちの地元にある有名は和菓子屋さんだ。


 なぜという顔をしていたのだろう。謙信が補足してくれる。


「いや〜···私は甘い物が好きでね。昔····春吉に会うまでは塩っ辛いのが好きだったんだが····あやつが持ってくる和菓子は全て美味びみでなぁ····特に『おにみ』の菓子が気に入ってるのだが·····お願いできるかい?」


 俺はコクリと頷きながら、謙信に向けて·····というより謙信が着ているTに向けてボソりと呟く。


「·····『塩より砂糖』ですものね····」


「?···なんか言ったかい?」


 なっ、なんでもないですよ、と頭を横にブンブン振りながら答える。


 ······ツッコんだら負けだな、と勝手に思い、明日の予定の最終確認をする。


「それでは、明日、正午ごろに『転移』してきますね」


「うん。····じゃあ···『いってらっしゃい』」


「はい。····『いってきます』」


 俺は改めて地蔵の方に向き直る。


 ここに来る間に、どうすれば現代あっちに帰れるトリガーを発生させられるかは聞いたいた。その方法とは·····。


 ───『地蔵を撫でる動作をすること』


 地蔵に無闇に触れることは戦国こっちでも現代あっちでもタブーであるため、地蔵ので起動してくれる····とのこと。


 何故それがトリガーなのか謙信に聞いたのだが、はははっ、と苦笑するだけで教えてくれなかった。別に言いたくないならいいけど····気にならないって言えば嘘になる。····振り返って、もう一度謙信に聞くか?


 ·····聞くのは後日でもいいだろう。聞ける機会はまだまだ沢山あるだろうし。とりあえず今は現代むこうに帰る事を優先して、と····


 地蔵は俺の膝くらいの高さしかないため、片膝をついてしゃがむ。


 ····なんか緊張するな····。


 俺は一つ息を吐き、俺から見て地蔵の少し左上の空間に右手を添えた。そして───ゆっくりと右手を


 すると、眩しい光が俺の網膜を刺激した。


 我慢出来ない光量のため、も俺は目をキツく閉じた。


 ───激しい光を感じなくなった。


 ····目をゆっくりと開けると、現代の·····実家にある親父の部屋にいた。


 ·····戻ってきたのか。


 ···この場所が随分と久しぶりに感じる。時間で言えば丸一日も経っていないのに····。戦国むこうにいる時間の····と自問自答する。


 片膝をついた状態でいる自分の····すぐ横に春日山城のプラモデルの箱が、フタの閉まった状態で置いてある。


 開けた箱なのに閉まっているのは、どういう仕組何だろう·····と思っていると一階からとすら感じる声が聞こえてきた。


「春喜ー。·····流石にもう起きなさーい」


「·····はーい!」


 婆ちゃんの声に応えてから今何時かと作業机の上にある時計を見た。


 ───針は丁度11時を指していた。


 これは、と怒られるだろうなと少し億劫おっくうになりながら、プラモデルの箱を作業机に置いて親父の部屋を出た。


 寝起きを演出するために、ゆっくりと階段を降りる。···オマケにリビングに入るタイミングで欠伸も追加しておこう。


「ふぁ〜····良く寝た···」


「····あんた、もう11時だよ····朝ご飯はないからね」


 はーい、と返して一応確認を入れておく。


「····婆ちゃん、昨夜と今日····二階に上がった?」


「?···膝が痛いから上がってないけど····なんでそんな事聞くんだい?」


 そうだった。婆ちゃん、膝を痛めてから婆ちゃんが二階に上がっているところを見てない。痛めてからだから····三ヶ月前くらいかな。


「いや、別に何でもない····早く治るといいね」


「?···ありがとう?」


 はてな、と疑問に思っている祖母を見て、少しだけ安堵した。戦国あっちに行っていた事はバレてはいないみたい·····。孫が光と共に、今度は腰抜かすだろうし····。


 早く治ってほしいのは本当だからね、と心の中で呟きながらソファーに腰を下ろす。どっこいしょおぉっと!····と、いい年した、疲れ切った中年サラリーマン(管理職トッピング)が出すような声が出た。


 ····なんか長い夢を見ていたみたいだ。


 ソファーに全身を預け、ちょっと休みたいと思っていたら、不意に家のチャイムが鳴った。


「····誰かしら?」


「····俺が出るから、婆ちゃんは座ってなよ」


 椅子から立ち上がろうとする婆ちゃんを制し、俺は玄関へ向かう。築年数が長い我が家にインターホンはない。


 すると、玄関のドアの·····すりガラスになっている部分から、見覚えのあるが見える····。


 ───しまった。忘れていた····。


 俺は急いで玄関のドアに向って突進する。


 ドアを勢い良く開けると同時に謝った。


「悪いっ梅!···昨日は本当にっ!」


 ドアを開けると、そこにはほぼ毎日のように顔を見合わせている女の子が立っていた。


「····も〜〜〜·······昨日の穴埋めってことで、これから付き合いなさいよねっ!」


 ショートカットの茶髪を風になびかせながら······俺の幼馴染みはブーイングをした後、ニカっと笑う───。

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