第14話 希望と不安
「そうね〜····顔は春吉君の方が好きだわ〜」
巻さんの言葉に、俺はカレーを吹きそうになる。
梅め。巻さんや潤一郎さん、親父が昔から幼馴染みで仲が良かった、という話をしていたら、突然『····ちなみにお母さんはハルのお父さんの顔と、ウチのお父さんの顔、どっちがタイプなの?』とか言ってきた。
しかし俺自身、全く興味がない話ではなかったので、口出しせずに親子の会話に耳を傾ける。
既に三杯目のカレーに突入している梅花は、変わらないスピードでカレーを口に運びつつ、口の中が空っぽになるタイミングで話す。
「···まあ、確かに顔はハルのお父さんの方が良いよね」
「···やっぱり梅花もそう思う?」
「·····」
嫁&娘ラブの潤一郎さんが聞いたら、血の涙を流すんじゃないのかな····?でも少しだけざまぁとも思ってしまった····。いつもサンドバッグにされてるんだし····。これくらい許してねカミサマっ!
心の中で神に許しを乞うと、カレーを食べながら、話の続きを聞く。
「····そういえばハルのお父さんとハルって結構顔似てるよね?」
「····そうね····確かに」
「ごふっ!」
「ちょっハルっ!?大丈夫!?」
梅花は慌てていたが、巻さんは落ち着いていた。今、ペーパータオル持ってくるね、と立ち上がり、シンクの方に向かう。
吹いてしまった····。俺が言われて嫌いな言葉、ワースト2になる言葉····『親父と顔が似ている』····をここで言われるとは。·····潤一郎さんのことを馬鹿にしたからバチがあたったのか?
やはり神は俺を許してはくれなかったのか、と悲観していると巻さんはペーパータオルを持ってきてくれた。俺はそれを会釈して感謝の意を表してから受け取る。
スプーンをペン回しの様にクルクル回しながら、梅花から細い目を向けられる。
「····も〜。ハルってホントにガキだよね」
「····返す言葉もありません」
口元をペーパータオルで拭きながら情けないと身を縮まらせていると、巻さんは俺の顔を見ながら微笑む。
「········私は春吉君より春喜君の方がイケメンだと思うな〜」
「····そんな事はないと思いますが」
お世辞でも嬉しい。
少し照れてると、浮かれんなよ、とばかりに梅花が俺を睨みながら肘を突っついてくる。·····なんだよ····嬉しいんだから良いだろ。
───特に親父よりも自分の方がってところ
この点が一番嬉しいかもしれない····。いつも俺は親父と比べられると負ける事が多いから····。
「···もしかすると学校でも春喜君の事狙ってる子、いるんじゃないのかな〜?」
巻さんは少し意地悪な顔をして俺と梅花を交互に見る。俺はどうでしょうか、と苦笑いしてると梅
花はふんっ、と鼻を鳴らす。
「ないない!ハルの事好きになる女子なんて、いない!いない!」
「残念ながら、梅の言うとお───」
───俺は最後まで言い切る前に一人の女の子が頭の中で浮かんだ····。
頭の中で浮かんできた女の子·····微笑んで、こっちに小さく手を振っている女の子がいる·····。
───夢だ。
俺は下を向いて黙ってしまった。
───どうして夢はあんなにも俺の事が好きなのだろうか。
昔会ったことがあるだけで、あれほど好きになるとは思えない····。残念ながら梅花の言っている通り、俺にはこれといった自慢できるものがない。そうなると···俺と夢の間に、何か俺の知らない····または忘れている過去があるのかもしれない·····。まだまだ知らないことばかりだ。
まさか俺の顔が、夢の好みにどストライクだったのだろうか·····と一人考えていると、巻さんと梅花は揃って首を傾げた。
「ハル、どーしたの?」
「いや····なんでもない···」
「何でもないわけないじゃん····急に止まっちゃってさ····」
俺はなんて返せば良いのか悩んでいると、巻さんのであろう····キッチンに置いてあるスマホが震えた。
「?·····潤君かしら?」
二人の注意がスマホに向く。巻さんはスマホを取りに行き、梅花は壁に掛けてある時計を見て今日は早いな〜、と独り言を放つ。
助かった····
スマホを見た巻さんが、少し申し訳無さそうな顔をした。
「やっぱり、潤君からだ。····仕事終わったから今から帰るけど、帰り道で買い物するから何か欲しいものあれば買ってくる、ってきたわ」
「でしたらっ、俺はそろそろ帰りますね」
一口残っていたカレーを平らげて、合掌する。巻さんも梅花も俺と潤一郎さんの仲の悪さを知っているだけあって、止めようとはしない。
「玄関まで送るよ」
「いいって、別に」
いいから〜いいから〜、と手をフリフリしながら梅花も立ち上がる。
「食器はそのままでいいからね〜。またね、春喜君」
「何から何まですみません。····カレーごちそうさまでしたっ!···お邪魔しました」
俺は、手を振っている巻さんにペコリとお辞儀をしてからリビングを出る。
玄関に既にいた梅花は少し残念そうな表情をしていた。
「ごめんね〜、こんなに早くお父さん帰ってくるとは····」
「いいって。·····じゃあお邪魔しましたっ」
俺は靴を履いて玄関のドアを開けた。開けると同時に、後ろから声が飛んでくる。
「そうだ····ハル、明日は予定ある?」
「·····明日は····」
明日は正午から
「···明日は外せない用事がある」
俺は神妙な面持ちで言ったのだろうか、梅花が気になってしまったらしい。
「·····ハル····なんかあったの?さっきからちょっと変だけど····」
「別に····ないけど···」
梅花は変わらず俺をじーと見てくる。
正直、仲の良い人に嘘を付くのは嫌だ。
ましてや、小さい頃からの幼馴染みにして、お隣さんとなると俺の交友関係ではダントツでトップになる。その梅に嘘を付くのは少し胸が痛む。
梅のやつ····変なところで感が鋭いんだよなぁ。
誤魔化せそうにないし、言うしかないか·····けど何て説明すれば納得するのだろうか·····。
戦国時代にタイムスリップしちゃって〜憧れの武将にあって〜その武将の娘にめちゃくちゃ好かれてて〜······。信じてくれるとは思えん····。本気で頭を心配されそうだ。
俺は途方に暮れていると梅花はため息をついて苦笑いする。
「···まあ、ハルが言いたくなったら言ってよ。····何があってもウチとお母さんはハルの味方だよ」
「····助かる、ありがとう」
俺の本心から出た言葉に梅花はうんうんと頷いた。
「じゃあ···またな」
「うんっ、またね」
俺に向って手をヒラヒラ振っている梅花に挨拶して、静かに玄関のドアを締める。
回れ右して家の敷地から出ようとする。一歩一歩、ゆっくりと歩きながら複雑な心境を整理しようとした。
家族以外で味方でいてくれる、理解してくれる人が居るというのが、どれほど有難いことか。この安心感は何事にも変えられない。正直に言えば、巻さんや梅には呆れられたり、バカにされたりはするかもしれないが、少なくとも見捨てられることはないだろうという信頼感。····信頼関係と言っても良いだろう。····ちょっと恥ずかしい言い方をするなら絆····といったところだろうか。
───では夢はどうなる?
先程から頭の片隅にずっといる女の子は───どうだ?
444年後の時代に転移して、そこから一生現代で生活するにあたり、今のところ知り合いは俺と親父だけ·····。それが、いかに心細く、怖いことなのか·····俺には全く想像できない。
·····夢が俺の嫁になる、ならない関係なく、
───そしてその第一候補は····間違いなく梅たちだろうな。梅花は歳が近いし、巻さんが悪いようにするとは思えないし····。
少し明るい気持ちになり、梅花の家の門を抜け、自宅のある方に向かった。
───瞬間、梅花の家の門の前で固まってしまった·····。明るい気持ちは何処かへ飛んでいった。
───俺は本当に忘れっぽい人間なんだと思う。
昔に夢と会っている事も忘れ····昨日の梅花との約束も忘れてしまっていたし·····。
俺は目の前の漢字二文字を見つめる。
·····たしかに梅の事は、小さい頃からあだ名で呼んでいたし、周りも名前で呼ぶことのほうが圧倒的に多かった。巻さんや潤一郎さんも名前の方で呼ぶ。その為····こっちで呼ばれている場面にほとんど出会わない。
「······別に関係なんてない····よな?」
そう自分に言い聞かせるしかなかった。実際に先祖がどうとか聞いたことないし、関係はないと信じたい。····信じるしかない。
一人呟く俺の見つめる先にはさっきまでお邪魔していた家の表札があった。
───そこには『武田』の二文字が掘られていた·······。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます