第15話 再会
この光に慣れる日が来るのであろうか。
───激しい光を感じなくなり、代わりに鳥の鳴き声と、木々の葉の擦れる音が聞こえてくる。
目元に持ってきている右手をゆっくりと地面に付き、目を開けた先に昨日ぶりのお地蔵さんが視界に飛び込んでくる。現在俺は、胡座をかいて土の上に座っている。左手は地面に置いてある紙袋の取っ手を掴んでいる。
····これで転移後の体勢もわかった。
転移する時、転移し終わった時の格好は、強烈な光が放たれた時にとっている最後のポーズになるということが判明した。
今さっき
自分と地蔵の間には1メートルも満たない距離で転移するため、目を開けると視界には地蔵·····というのは怖いかもしれない。
けど、わかってたら怖くないや。
二回目ともなると余裕もあるのだろう。俺は地蔵にただいま戻りました、と小声で挨拶し、左手で紙袋の取っ手を握ったままその場から立ち上がる。
上を見上げて、両腕を伸ばし思いっきり伸びてみる。今日も裸足で来てしまったが、土の感触は気持ちよかったので気にならない。
今日も天気が良かった。雲一つない快晴だ。夏の日差しを全身でたっぷりと受け、すでに額に汗が滲んでいる。
俺は空を見て、遠くの山々を見渡し、戦国時代の新潟の夏を堪能していると、後ろから凜とした
「春喜様っ!」
続けて心臓をドキッとさせられながら俺は振り向く。
───そこには小袖姿の夢がいた。
初めに会った時と同じく髪を下ろし、相変わらずの完璧なバランスで揃えられたお顔に微笑を含ませ、黄色い小袖を着て立っている。
「夢ちゃん····」
正直驚いた。出迎えがいるのであれば謙信だと思っていた。なんなら出迎えは無しで一人で城に入ることも考えていたほどである。
驚きを隠せずにいると、夢は小走りで近づいてきて、俺の目の前で減速し、停止する。
緩い坂になっているせいか、夢は少し前のめりになりながら、俺の顔を上目遣いで覗いてくる。
「春喜様が言ってた通り、すぐに会えましたね」
·····何この可愛い生物····。
くるるん、と丸い瞳が俺を捉えて離さない。
「うん···また会えたね···」
脳内が『可愛い』で容量限界まで埋まっているのだろうか。思考回路が上手く回っていない。昨日ぶり?と捻りも何も無い俺の普通の問かけに、はい、と笑顔で答えてくれる夢。
「····もしかして、待ってた?」
「いえいえ····私も来たところですから」
夢は頭を振り、全く問題ないことを表す。良かった〜····白く綺麗なそのお肌が、俺のせいで日焼けしようものなら斬首ものだからな····。
首が繋がっている喜びを噛み締め、俺は夢に城の中に入ろうと勧める。
「ここ、日差しも強いし城内に入らない?」
「そうですね····」
夢は太陽を一瞥し頷く。
お互いに城門の方へ向き、歩き初める。俺は夢に歩幅を合わせるために少しゆっくり歩く。隣を歩く夢は時おり吹く夏のカラッとした風に髪をなびかせていた。
「昨日別れた後、父上とは無事話せましたか?」
「うん。····色々あって聞きたいこと全ては聞けなかったけど····」
まあ、そこは追々ね、と付け足し、俺が苦笑いしていると夢もそうですか、と眉を歪めた。
「····聞きたいことは山程あると思いますので····私で良ければ何なりと聞いてくたさいね」
フワフワと風で動いてしまう髪を手で抑えながら夢は言う。俺の持っている紙袋も揺れてしまい、自分の足に当たり、カサりと音を立てる。
「···それは『おにみ』の····」
夢は俺が持っている紙袋を見つめる。ひらがなで店名が大きく印刷されているので分かりやすい。
「そう。謙信さんに頼まれてね」
やっぱりですか、と思ったのだろう。夢は深く頷いた。
「昨日、
「いや····頼まれてたのが豆大福だったから今日の午前中に買いに行ったよ」
朝早くから『おにみ』の紙袋を持って家に帰ってきたから婆ちゃんからは少し変な顔されたけど·····。
「そうですか。···昨日は
「昨日は········パフェを食べに行ったなぁ」
·····後はカレーを吹いたりしました·····とは言えない。恥ずかしいから口が裂けても言えん。
「····パフェ···ですか?」
どうやら知らないらしい。首を傾けた夢が俺に尋ねる。
「あ〜····写真取ったから後で見せるね」
俺はポケットからスマホを取り出して夢にみせた。謙信曰く、親父もこっちに来る際に時計代わりとして携帯しているらしい。俺も真似する事にした。
夢はスマホを見て、楽しみですね、ふふふっと微笑む。俺との会話を楽しんでくれてるみたいで何よりだ。
「それで、夢ちゃんは昨日俺と別れた後、何してたの?」
「あの後ですか?····まず朝食の食器の後片付けをやって·····それから春喜様の残り香がある部屋に入って·········いえ、何でもありません····」
·····待てい。お主、あの部屋で何をした?
頬に手をあて、ポッとなっている夢に対して俺は心の中で突っ込む。····あと何クネクネしてるんですか?
恥ずかしさの余り挙動がおかしくなっているのだろうか·····続けて夢は俺に対して甘えた声を発する。
「····知りたいですか?」
「····大丈夫です」
うおぉぉ〜!知りたい!!教えてくれよ〜!!
大暴れしている本心を理性で必死に押さえつけて、言葉を捻り出す。
顔を赤くしている夢を見て、俺もソワソワとしてしまう。
いかん····。場の空気が持たない。話題を!話題を変えるんだ俺!
咳払いをして俺は尋ねる。
「····そういや、今日もこっちに来てから他の人を見てないんだけど···この城には誰もいないの?」
丁度本丸に入ったタイミングだった。日差しが当たらなくなっただけで、随分と涼しく感じた。
「···そうですね。ここの本丸には私と父上しか住んでいません。···一昨日は月に一回の集会がありましたので城周りも警護の者が巡回していましたが」
夢はいつの間にか通常運転に戻っている。凜とした横顔はとても美しい。····昨日も思ったが、切り替えが本当に早い。
「月に一回の集会の時に転移したのか···。つくづく俺も運が無いな···」
他の日だったら縄で縛られることも無かったのでは、と悲観していると、夢は苦笑を浮かべている。
「まあ、春喜様らしいですよ」
·····どういうこと?俺ってどんなイメージを持たれているわけ?
フォローのつもりかもしれないが、俺の胸の中ではシコリが残る。
上の階へと続く階段を上がりつつ、夢は並行して歩く俺に顔を向ける。
「私と父上はこの先の歴史を知っているので、必要な警護はいりません。···それと一番の要因は私でしょうから····」
「そっか···そうだよね」
確かに謙信の娘だとバレてしまうと、歴史が大きく変わってしまいそうだからな。隠し通すためにもなるべく人目につかない方がいい。
俺は少し疑問に思っていることを夢に問う。
「···ここでは俺の親父の娘という事になっているのも謙信さんから聞いたけど···嫌じゃない?」
「そ、そんな事はないです!」
何とも言えない顔をしている夢に対して俺はニカっと笑ってみせる。
「····試しに俺の事をお兄ちゃんと呼んでみるかい?」
「えっ····何でですか?」
·····やばい·····キモかったか?
「いや、いざとなったら困るから練習にどうかと思ったんだけど···」
何故、と不思議そうな夢の顔は、突然、朱色に染め上げられた。
「ん?···どうしたの?」
異変に気づいた俺は夢の綺麗なご尊顔を覗き込む。
「いえ·····その····」
夢は、モジモジしている。足取りも少しおぼつかない。階段を踏み外したら大変だ。
俺は何でだろうと夢の紡ぎ出す言葉を待つ。
「····春喜様は····その·····そういう『ぷれい』がお好きなのですか····?」
「違います」
誰だ!?そんな言葉教えたやつ!今すぐに出てきなさい!
誰····とは思ったが犯人の目星はついている。今度会ったら言ってやろうと心に決め、先ずは現代からの土産を渡すべく、夢と謙信の部屋に向かう。
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