第31話 誘い
あれから7日たった。
親父───は釈なので、謙信を信じて夢が
──のだが。
「帰ってこないじゃん····」
自室のベッドに横になっている俺は一人呟く。スマホを見てみるともう18時になろうとしている。
この7日は常にソワソワして落ち着かなかった。遊びに行く気分ではなかったので、夏休みの宿題を片付けていた。俺が宿題をやっていると、怖いものでも見ているような、異様な表情をしていた婆ちゃんに病院に行けと勧められた。7日間で3回もだ。えっ、そんなに変でしょうか?
梅花もよく遊びに家に来ていたが、外に遊びに行こうとは言ってこなかった。あいつなりの気遣いなのだろうか。変に気が回るやつだ。まあ、5分置きくらいに『つまんない』だの『腹減った』だの言って邪魔だったが······。
お陰で暇とは思わなかったから良かったか。
サンキュー梅、と本人に届くはずのないお礼を心の中で言うと、親父の部屋がある方向から物音がした。
ん?······まさか帰ってきたのか?
本来の部屋の主である春吉は昨日からまた
微かだが廊下を歩く音が聞こえ、部屋のドアを開ける音──そしてすぐに閉まる音が聞こえた。
恐らく·······夢だ───。
一昨日、謙信が俺に『必ず
けど流石です、と大好きな戦国武将に礼を言い、ベッドから上半身を起き上がらせた。
この7日間で夢が
───長岡祭り──つまり花火に誘おう、と。
それが俺の答えだった。毎年8月2日、8月3日に地元長岡で大きな花火大会がある。日本三大花火の一つだ。そうだぞ〜!俺の地元は凄いんだぞ〜!
誰に自慢しているわけではないのに、勝手に胸を反らせていると、母さんの部屋のドアが開く音がした。続けて閉める音と廊下を歩く音が響く。
え········こっちくるのかな!?
少し身構えていると俺の部屋をスルーして、そのまま階段で下に降りる音が聞こえた。その直後、また戸が閉まる音がしたのだが········。
今のは何処を閉めた音だ?
不思議がっている俺は、ふと我にかえり、こうしてはいられないっ、と自分を奮い立たせる。
夢を花火に誘うんだ。
そう決めていたのだが、何て言って誘うか未だに決めかねていた。
何通りも考えたのだが、どれも納得がいかなかった。俺は言葉のセンスがないのだろう。
いっそ誘うのを辞めるか?·······いや、このまま何もしなかったらきっと後悔する。それだけはわかる。
「おしっ!」
俺は気合を入れ、ベッドから出る。しっかりと床に足をつけ、自室を出る。
もう迷うことの無い俺は階段を駆け下りた。
最後の段を降りて、ようやく俺は気付いた。
リビングの入り口の戸が閉まっている。
ここが閉まっていることって滅多にないよな。
けど、玄関が開いた音は無かった。だから間違いなく夢はこの中にいる。
確証のあった俺は、恐る恐るリビングに入る引き戸の前で立ち止まる。
「ふーっ······」
一呼吸して俺は戸をノックした。
「·········はい」
戸の向こう側から約一週間ぶりに聞く夢の声が聞こえてきた。なんだろう、これだけで嬉しくなってしまった。
「俺だけど······今入ってもいい?」
断られないだろうと引き戸に手を掛けた時、夢のクリアボイスが鳴く。
「あっ······いえ····今は会いたくないので······開けないでください」
ぐはっ。
俺は心の中で吐血した。だ、誰か助けてくれ〜、と俺の中の意思は泣き叫んでいる。
会いたくないほど嫌われているのだろうか。そうだよなぁ······。あんな暴言吐くような男だもんなぁ······。
「······そ、そう。わかった······」
想定外の事でパニックになってしまった。焦った俺は後でゆっくり聞きたい内容をこの場でつい聞いてしまった。
「·······この前叩いたのって、俺のため?」
この一週間、ポジティブに考えた結果、夢が俺を叩いたのは、喧嘩を止めるため·····強いて言うと親父をこれ以上責めないように·····つまりは俺の為に、と止めてくれたと結論付けたのだが·····。果たして。
「················違います」
ぐはっ。
衛生兵〜〜!!
俺のライフゲージが瀕死状態になった。辛い。
もう一撃食らったら立ち直れそうにない。
撤退も視野に入れた俺に対して、国宝級美少女の声が飛んでくる。
「·······話しは変わります······が·······春喜様·····私に何かっ······御用ですか?」
「·······へっ?······えっとね」
気のせいだろうか。さっきから夢の声は何故かぎこち無い。
変だな、と疑問に思っていると、木の板の向こう側にいる夢が気にかけてくる。
「······どうしたのですか?」
「いや·······その·········」
もう難しく考えるのはよそう。カッコつけたってしょうが無いだろ。小細工は無しだ。
「今日っ······これから大きな花火大会があるんだけど、一緒に見ない?」
「······花火·····ですか?」
「知らない?······いや、無理にとは言わ───」
「行きます」
食い気味で答えた夢に俺は少したじろいだ。
嫌われていないのだろうか。それとも単純に花火に興味があるのだろうか。
夢も俺と親父と同類で『好奇心の塊』だと思っている。ごめんね。同じにして。
『同志、夢』に向って俺は約束を取り付ける。
「この前パフェを食べに行くためにバス乗り場に行ったこと覚えてる?」
「······」
無言で返ってくる事を肯定と捉えた俺は続けて話す。
「その近くに小さな公園があるんだけど······そこが花火を見るのに穴場なんだ········小さすぎて全く知られてないんだけど······良かったらそこで見ない?」
予定にはなかった言葉だらけだったが、何とか誘えた。よくやった俺。
「······はい。わかりました」
「········」
いやっほ〜〜い!!やったよ〜!!
俺は完全に浮かれ上がっていると、夢は申し訳無さそうに訴えかけてくる。
「ただ······もう少しお時間が欲しいので···春喜様は先に行っててくださいますか?」
「ん?····う、うん。わかった。バス停から見える位置だから迷わないとは思うけど·····気をつけて来てね」
幾分かテンションが落ち着いた俺は声を絞り出した。
「········じゃあ先に行くねっ」
居た堪れなくなった俺は夢の返答を待たずに玄関へ歩きだす。いつもの御馴染みのサンダルを履いて、家を出る。
良かった。
成功の安堵も束の間、誘ったからには引き返せないという恐怖が襲ってきた。
怖がるな。ここまで来たら面と向かって話すだけだ。
玄関の扉を開け外に出る。外は既に薄暗くなっていた。日は落ちかけ、セミの鳴き声が俺の聴覚を刺激した。その他にも近所の子供たちは、花火だっ花火だっ、と楽しそうな声を上げているのが耳に入る。
俺にもあんな時代があったなぁ、と懐かしがっていると、急に右手側から声がした。少し肩が跳ねてしまった。
「·····ハル·······夢ちゃんと仲直りしたの?」
声の発生源を見ると、幼馴染が弊から顔を出してこちらを覗いている。いつからそこにいるんだ?
「うーん、これからかな?」
俺が少し思案してから答えると梅花が優しい顔立ちで励ましてくる。
「大丈夫だって。ハルならきっと大丈夫」
「そうだな·····そうだよな」
そう、俺がポジティブな時は確かにいい方向に事が進んでいる。いや、その気がするだけかもしれない。
けど。前向きでいることは悪いことはないばずだ。
「·····じゃあ行ってくる」
「···いってらっしゃい」
手をヒラヒラと振る梅花を背に俺は歩きだす。目的地に着くまで、踏み出した足はもう止めることはしない。
俺は楽しそうに
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