第7話 戦国の朝


 戸をノックする音が響く。


「·····春喜様?起きていますか?」


 夢の声が聞こえてくる。


 俺は寝返りながら返す。


「····ふぁ〜····起きてます·····」


 物置部屋なのに小さな窓が三つもあり、朝日が入ってくる。明るくなった物置部屋で目をこすり開くと、目の前には小学生の頃の自分の笑顔があった。友達と肩を並べている写真。親父と写っている写真。俺一人の写真····。どれも笑顔で写っていた。


 目覚めは最悪だった。何が楽しくてが沢山いる部屋で寝たのだろう。


 謙信が謝っていたのは、間違いなくこの俺の推し部屋の事だろう·····。何故にここで寝させたのか····。後で聞いてみないとな。


 頭が徐々に覚醒してきた。時計やスマホは持っていないため、今何時だろうと考えていると、扉の方から声が聞こえてくる。


「春喜様?····聞こえていますか····?」


「····あっ···ごめん」


 聞いてなかった。思考に夢中になっていたようだ。悪い癖がまた出てしまう。


「朝食の準備が出来ましたので···よろしければご一緒にいかがと思いまして····」


「···わかった。ありがとう。」


 布団も敷かずに寝たので身体の節々が痛い。狭い部屋で立ちあがり、扉を開けようとして手を伸ばしたが、途中で止まってしまった。


 ───昨夜の寝る前の夢の顔を思い出す。


 妖艶?···エロい?···そんな表現であっているのだろうか。うっとりとした表情で両手を頬につけ、真っ赤な顔でいた夢。


 その後、俺はびっくりして直ぐに物置部屋に逃げ入り、おやすみなさい、っと上ずった声で就寝の挨拶をしてしまった。数秒後、夢からもおやすみなさい、と返ってきてから物音一つ立たなくなった。


 疲労で限界だったのだろう。床に直接横になり、なぜ転移してしまったのか、戦国こっちの時代の事、現代むこうの事、謙信の事、そして夢の事····考えを整理しようとしたが直ぐに寝てしまった。


「····春喜様?····まだ寝たり無いのですか?···でしたら無理には···」


 心配そうな声が飛んてきた。


「いや!大丈夫!起きてる···起きてるよ!」


 待たせても悪い。昨日の振り返りは朝食を食べながらでも問題ないだろう。


 少し勢いよく戸を開けた。


 目の前には夢がいた。───のだが····


「おはようございます。春喜様。」


「お、おはよう····その格好は?」


「····変でしょうか?」


 目の前には割烹着姿の美少女がいた。割烹着も白ではなく、現代あっちにあっても不思議ではないデザインをしている。黄色をベースに青や赤の花のデザインが夢にとても似合っていた。髪もポニーテールにしているせいか、昨日とはまた印象が違う。


「全く変じゃないよ。····むしろ似合ってる。」


 割烹着は明治時代から良く着られたはずなのだが····。まあ····誰がこの知識を戦国こっちに持ってきたのかは大体わかるのだが····。


 数年ぶりに親父に感謝していると、夢は少し照れながら応えてくれた。


「ありがとうございます。····良かった。····さあ、冷めると悪いので頂きましょうか。」


 夢の送った目線に誘導され、俺も視線を振る。そこには戦国こっちには本来ないであろう、脚が折りたたみ式の長方形のテーブルがある。


 もうなんでもありだな、と思いながらテーブルの前に座ると、美味しそうないい匂いが鼻腔をつく。


 白飯に味噌汁、漬物に焼き魚、それと玉子焼きまである。我が家の····現代あっちの朝食にとても似ているのではないか。


 お腹がぐぅっと鳴いてしまった。対面に夢が座ったのと同時に手を合わせる。


「それでは···いただきます」


「いただきます·····お口に合えば良いのですが····」


 自分の前で合わせた手を引き放す動作が止まる。


「これ、全部···君が作ったの?」


「····はい。····美味しくなかったら残して下さい」


 美少女が作った手料理。例え美味しくなくても残すものか、と息巻いて味噌汁を啜る·····あっさりとその心配は解消した。


「う、うまい····!出汁のとり方も完璧では····」


「っ!····良かった·····」


 ホッとした表情の夢を見て、箸を止めずに動かす。白米も柔らかさが絶妙。少し柔らかめが好きな俺にドンピシャの硬さになっていた。漬物の塩加減も言う事なし。焼き魚の焼色も言わずもがな。皮はパリッと、中の身はふんわりとしており、箸で簡単に割ることか出来た。


 婆ちゃんは料理がとても上手いため、俺の舌は自然と肥えていたのだが····。そんな俺の舌も大満足させているクオリティー。この子、とんでもなく料理が上手い。特に····


「特に、この玉子焼きは最高だね!出汁の割合と、ふわふわ加減が完璧····。料理上手な婆ちゃんが作ったって言われても疑わないレベル····すごいや!」


「ふふふっ····ありがとうございます····でもまだ春江はるえさんには敵わないと思います」


 『敵わない』と言いつつも、とても嬉しそうな笑顔をしている夢を見て、なんだがこっちも嬉しくなってきた。自分で言うのも恥ずかしいが、好きな人から····俺から褒められたら嬉しいものだろう。


「婆ちゃんの事も知ってるの?」


「はい。春吉様から。···実際に会ったことは無いのですが、とても料理が上手と聞いております。····なので負けないように努めてきました」


「いやいや!君の料理だって···その歳で····本当にすごいと思うよ」


「·····」


 夢は少し顔を下げてしまった。


 ····しまった!なんか偉そうに言ってしまった!歳だってそんなに変わらないだろうに、随分と上から目線で物を言ってしまった····。


 恐る恐る夢を見ると、何故か少しモジモジしながら俺に話しかけてきた。


「····可能であれば·····その·····私の事は『君』ではなく·····名前で呼んでいた頂けますか····?」


 ドキッとした。


 幼馴染み以外、女の子を名前で呼ぶ機会があまり無いせいか、名前で呼ぶのには慣れていない。『上杉さん』と呼ぶのも変な気分だったので『君』と呼んでいたのだが·····


 恥ずかしい気持ちを抑えきれずに頼んでくる夢に応えてやりたい·····。


「····じゃあ····夢·····ちゃん···では駄目?」


「····出来れば呼び捨てがいいのですが·····いきなりは春喜様も恥ずかしいですよね·····大丈夫です····」


「·····なんかごめんね」


「っいえいえ!とんでもない!····私のワガママですので····それに····謝らないといけないのは····」


 頭を横に振っていた夢の声が尻すぼみに小さくなっていく。何だろうと黙って待っていると、夢は箸を置いて何か申し訳ない顔をしている。


 部屋がしーんと静まり返る。鳥の声がやけに大きく聞こえてくる。····気まずい沈黙が続く。


「···えっと────」


 我慢出来ずに聞こうとした俺の声と同時に、夢は目の前のご飯茶碗に突っ込む勢いで頭を下げた。


「春喜様っ!····申し分ございませんでした!!」

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