2. 地底の村 2
800年前、人間の中に突如として「新人種」と呼ばれる存在が出現した。
新人種は強かった。ひとまわり大きな肉体と獰猛な本能を持ち、従来の人間――旧人種たちの住処と命を次々と奪った。
地上は新人種で埋め尽くされ、逃げ延びた数少ない旧人種たちは地底に身を隠し、息を潜めて生きることを余儀なくされた。
今の地上に、旧人種はいない。新人種にとって旧人種とは絶滅した過去の種であり、時とともにその存在自体は風化していった。
この歴史は、地底村の皆が胸に刻んでいる。
旧人種の集落は他にもあると、そう語る祖先は何代か以前にはいたようだが、現状を知る者はない。
地上へ出て万が一新人種に見つかれば、大昔の先人のように凄惨な末路を辿る可能性がある。
だからこそ、齢18を迎え成人と見なされた男は、村の命綱だった。唯一地上へ出ることが許され、村に必要な物を調達してくるのが彼らの仕事だ。狩りや採集で食糧を手に入れ、木材などの資材を集める。
しかし原始的な手段のみでは、48の村人の生活を支えることは難しい。そこで月に一度か二度、男たちの中でもごく一部の、地上の経験が長い者や体が大きく腕っぷしがある者だけが、近隣の新人種の集落を訪れる。
刃物、布、塩や砂糖など、自力で入手できない物を買うのだ。「穴掘り」が掘り当てた鉱石を磨いて石屋へ持っていくと、「貨幣」に替えられる。一定の価値を認められたそれは、あらゆるものと交換ができた。
女と子供は村から出ないため、皆が透き通るような白い肌をしている。髪も薄い黄や白金色の者が多い。
対して、成人した男たちは肌と髪の色が濃い。「日焼け」と呼ばれる現象で、地上に出る時間が長くなるほど浅茶けていくのだ。
地上活動の指揮をとる村長の息子は一等色が濃く、くるみの殻のようだった。一人前の男の証だと、彼はよく胸を張っている。
アルマも、二年前に成人して地上へ出るようになって以降、色がつき始めた。体質なのか、肌は一時的に赤くなって白く戻るけれど、スイと同じだった儚い黄金色の髪は、飴色に変わった。
(僕も、成人したら色がつくのかな)
今日もスイは、坑道で黙々と穴を掘る。毎日岩を削り土を崩すその手には、
地上のことを考えると、スイは身震いがした。本音を言えば、新人種のいる地上は恐ろしく、出来ることならば出たくはない。けれど男として、この村の習慣には従わなければならない。
しばらく無心で作業をしていたが、そろそろ空腹と疲労を無視できなくなってきた。そろそろ夕食の頃合いだろう。坑道を引き返して村へ戻ると、丁度夕食を知らせる鐘が鳴っていた。
中央広場にある大竈は、一日に一度稼働する。そこで当番制の「飯炊き」が、全員分の食事を拵える。
食事が出来上がれば鐘が鳴り、各々が広場へ出向く。そして家族分の夕食と、翌日の朝食を持ち帰るのだ。
「おかえりスイ、今日も結構掘ってたね」
帰宅すると、伯母のメイアが迎えてくれた。既に食事は取ってきてくれたようだ。
「うん、今日は大きくて綺麗な石が出てきた。上で高く売れるかも」
「お手柄じゃない。これは腕が鳴るわ」
メイアは「石磨き」をしている。穴掘りが採った石を、少しでも高価な値がつくよう削って整えるのが仕事だ。
甥の成果を笑顔で褒めるメイアとは対照的に、スイの胸の内は晴れなかった。立派な鉱石を掘り当てても、心の曇りはもうずっと晴れていない。スイが探しているものは、今日も見つからなかった。
「アルマはさっき帰ってきたけど、上で獲ってきた獣をさばくのに時間がかかるんだって。先に食べちゃおう」
メイアが湯気のたつ器を二つ食卓に並べる。今日の主役は、白身魚のつみれと香味野菜の煮汁、そして蒸かした麦だ。
旨味の染み出た湯気が鼻に届き、スイはため息を漏らした。一日働いて疲れた身には毒なほど魅力的な香りだった。
メイアは明日の朝食も見せてくれた。卵と山菜の炒め、それから小麦粉を水で捏ねた生地を焼いたもの。
スイとメイアは手を合わせ、今日という一日に感謝の口上を述べた。村に古くからある、食事前の挨拶である。
魚のつみれ汁を一口すすると、優しい味の中で香辛料がぴりっと舌を刺激し、食欲が更に掻き立てられて啜る手を止められない。
アルマはまだ帰ってこない。今日は冷めた料理を食べることになるだろう従兄に少しばかり同情して、スイは食事を噛みしめた。
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