7. 無能の穴掘り
スイは14歳で正式に穴掘りに任命されるまで、毎日あちこちの手伝いに明け暮れていた。
体調を崩した者がいれば進んで代役を引き受けたし、困っている人がいないかいつでも探していた。
最初に村長がスイに命じたのは「火回り」だった。日に数度、全ての燭台を巡回し薪を足すのが主な仕事だ。
燭台は、岩壁の中腹まで取りつけられている。危険を伴なうが、高い場所にも臆さずひょいと登っていくスイの脚力が見込まれた。
だがスイは、わがままであると自覚しながらも、アルマと同じ穴掘りになりたいと申し出た。
アルマは、若干12歳で穴掘りに任命された。アルマは比較的体格が良く、年の割に洞察力や判断力があると評され、若くして穴掘りという大役を任された。
遊び相手だったアルマとの時間が減りスイは寂しがったが、土だらけで帰ってくる姿に憧れを抱くようになった。
自分も12歳になれば、アルマのようにかっこいい人間になれるだろうか。スイはそう期待して3年を過ごしたが、発育が充分でないため様子を見ると村長から言い渡された。
アルマが慣例より早かっただけで引けを感じる必要はないのだが、それでもスイは自分とアルマを比較して気落ちした。
同じ時期、アルマが水脈を見つけた。この空洞に転拠して以来、二つ目の地底湖だった。
およそ10年、新しい水源は見つかっていなかったため、一つ目の地底湖が枯渇すればまた大転拠かと人々に不安が芽生え始めていた頃だった。
皆がアルマのもたらした恵みに感謝し、祝い、盛大に褒め称えた。スイのアルマへ対する尊敬は、一層強まった。
だからこそ、スイの中の焦りは増した。アルマは立派に働いているのに、自分にできるのは未だ雑用だ。
役立たずと、心中でもう一人の自分が嘲笑する。耳を塞ぐようにスイは村中をがむしゃらに駆け回り、頼まれれば何でもやった。
14歳でようやく念願の穴掘りに指名された時、スイはアルマと抱き合って喜んだ。
ようやく一歩を踏み出せる。これからしっかり働いて村に貢献するのだと、熱く気合いを入れ直した。
この時点でアルマはもう17歳、一年足らずで成人し穴掘りを卒業する。少しでも多くのことを教わりたくて、スイはアルマに頼み一緒に坑道に潜るようになった。
槌の力の込め方、鏨の角度、鉱石を傷つけずに掘り出す技術。道具の手入れや蝋燭の火が消えた時の対処法まで、アルマは様々なことを学ばせてくれた。しかしスイは、もっと知りたいことがあった。
「水脈は、どうやって見つけたの?」
狭い道の中、スイはアルマの後ろで鉱石を雑嚢にしまいながら聞いた。
「地面は、固い地層と柔らかい地層が重なり合ってるんだ。地上で雨が降ると柔らかい地層に染み込んで、長い年月をかけて土を押し流していく。そうしてできた水の流れが地下水脈なんだって。ネム婆が言ってた」
「じゃあ、柔らかい地層を探せばいいの?」
「そうとも限らないかな。粒の小さい粘土帯とか、厚い岩盤層が手がかりになるらしいけど……まぁどれだけ頭で考えても、狙って見つかるもんじゃないってさ。俺が水脈を見つけられたのも、運がよかっただけだよ」
アルマは肩をすくめた。
「やっぱり簡単じゃないんだ……」
薄々分かってはいたけれど、近道などないのだ。ただ根気よく掘るしかない。
その後もスイは、アルマと坑道へ籠った。アルマの成人まであと少しという頃、前線で岩を削っていたアルマが突然呟いた。
「……土が濡れてる」
スイは一瞬耳を疑ったが、蝋燭の火は振り返ったアルマの真剣な顔を照らしていた。スイも真似てアルマの手元の土を掬うと、指先がほのかに湿った。心臓が跳ねあがる。
「前も、湿った土の先が水脈だった。行こう、スイ」
何度も頷く。アルマの的確な指示に従い、スイは夢中で助手を務めた。水の底を掘り抜いて溺れてしまわぬよう慎重に、時に迂回しつつ、脅威の集中力で掘り進める。
ややあって、二人は地底湖を掘り当てた。それは手燭の火では照らしきれぬほど、多量の水を湛えていた。
急いで村へ戻り、この吉報を知らせた。報告を受けた人々は驚愕に目を見開き、そして二人は英雄だと口々に喝采した。
スイは経験のない賞賛が照れくさかったけれど、大好きな人たちが喜んでいる姿を見ていると胸が熱くなった。
これで、大転拠をしなくて済む。両親のような犠牲者は出ない。スイが自分に、少しだけ誇りを持てた瞬間だった。
ほどなくして、アルマが成人した。これからスイは、一人立ちした穴掘りだ。必要なことはアルマに全部教わった。自分もきっと一人前にやってみせる。
しかし1年が経ち2年が経ち、17歳になった今でも、スイは水脈を見つけられていない。一人になった途端に、結果が出せなくなった。
(アルマは成人前に、二つも水脈を見つけたのに)
アルマと自分を比較する癖が、しばらくぶりに芽を出した。
思えば二人で地底湖を見つけた時も、自分はただ後ろについていただけだ。自身の受けたあの賞賛は、本来全てがアルマ一人のものだったのに。
水量には余裕があり、焦る必要はないと村の誰もが言う。そう根を詰めて働かなくてよいと、スイのおかげだと、水をありがとうと日々口にする。
そのたびにスイは、上手く呼吸ができなくなった。自分は優しいみんなを騙し、感謝の言葉を搾取していると言えなかった。罪悪感と自己嫌悪は、際限なく膨れ上がっていった。
醜い劣等感をこれ以上育てたくなくて、スイは手の
この重荷を下すためには、図太くかすめたアルマの成果を本物にするしかない。自力で水脈を見つければ、きっとようやく胸を張れる。
見せかけだけの、能無しの穴掘り。そう知られることが、スイはひどく恐ろしかった。
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