第25話 エスと新たな脅威 8

「やはり通じぬか」

 エスが眠る洞窟に入る直前、イーツはスタークとミディエのルクイトールを呼び出していた。これまでも何度か呼びかけたが一度も繋がっていない。

「無事ならば良いが、何かが起こってはいるのだろうな。吾輩も急ぐか」

 流石のイーツも不安が隠せない。やはり全員に繋がらないのは異常だ。好ましくない事態が起きているのは間違いなかった。

「エスから全てを聞き出したら、吾輩はシェニムへ急ぐ。お前たち二人はスタークの指示があるまで今まで通りに」

 イーツは背後に並んで立つ二人の若い姉弟に言った。創造と合成のオルビスに繋がった二人だ。

 長らくオルビスと繋がるイーツはさらりと言ってのけたが、二人の姉弟の胸中は穏やかではなかった。突然オルビスと繋がり、オルビスの正体と、それらを取り巻く現状を知ったばかりだ。エスに関する情報もこれまで聞いていた物とは違うようだ。

 バルバリの王であるスタークと連絡が取れなくなったと聞いて、弟の方はすっかり怯えている。この二人は「聖獣の目」によって、カルニフェクス議長がどのように死んでいったかを、多くの民と一緒に目にしていたのだから怯えるのも当然だ。

「分かりました。とにかく急ぎましょう」

 合成のオルビスと繋がる姉のテラの方がそう言って弟のクウォンテの背に手を添えた。オルビスに繋がる者の使命だ。世界を守るために働かねばならない。

「よし、では急ごう」

 イーツはそう言って歩みの速度を速めた。

 壁、床、天井の全てが白く輝く通路。静かな空間に足音が反響する。ゆっくりと下っていくその通路の先にフィクスムの塔の根元部分があるが、まだそれは見えない。

「ねえ、なんだか人の声が聞こえない?」

 クウォンテに言われ、二人とも足を止めた。

「ほんとだ。女の人かしら?」

 姉のテラにも僅かに反響する声が届いたようだが、イーツにはまだ何も聞こえなかった。

「吾輩にはまだ何も聞こえんが、先客だろうな」

 イーツは気にせず歩き始めた。この場所にはバルバリの民以外来ることはない。先客にもこちらの足音は聞こえているはずだ。

 やがて坂が緩やかになるとフィクスムの光も強くなり、周囲がさらに白く輝き始めた。

 フィクスムの塔が三人の視界に入り、その中に漂うエスの姿が見えた。だがそれ以外に人の姿はまだ見えない。

「さっきの声、気のせいじゃなかったよね?」

 クウォンテがテラに確認する。

「うん。確かに人の声は聞こえたけど」

 足を止めたときに聞こえた声は三人が来たことで声を出すのをやめたのか、それ以降聞こえることはなかった。そして、塔を前にしても誰の姿もなかった。

「あっ!」

 クウォンテが声を上げて走り出した。

「どうしたの?」

 クウォンテを追って、テラとイーツも駆け足になる。

 クウォンテは、塔の前に片膝を立ててしゃがんでいた。

「ダメだ。息をしてないよ」

 全体が白い部屋。その床に、白装束を着た女が倒れていた。強い光で完全に床と同化していて遠くからは見えなかったのだ。テラがその女の首筋に手をやった。

「冷たい。亡くなって時間が経ってる。さっきの声はこの人じゃないの?」

「しかし、儂らは誰ともすれ違っておらん。ほかに道はないぞ」

 クウォンテはエスに向き直り、まずはこの女性の遺体についてエスに尋ねた。

「おかしいよ。エスが何も返してくれない。何も答えてくれないよ」

 クウォンテの言葉を聞いてテラとイーツもエスに話しかけたが、やはりエスは何も返すことはなかった。

 エスの見た目には何の変化もない。塔の中心に膝を抱いて浮かび、黄金の毛髪に覆われている。その毛髪の奥で僅かに開いた双眸が三人を捉えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る