第35話 新世界へのプロローグ 7
そして現在のシェニム。エスを通じて空のアンテの願いを受け取った者、オルビスと繋がるバルバリの民であり検石主のミディエは目の前で起こったことの整理がつけられずにいた。
ミディエの目の前には、自分と同じくらいの背丈の少女が潤んだ瞳をして立っていた。
「サンティ、なんだよね?」
ミディエがその手を取って聞いた。星明りの下でも、その姿の美しさは際立っていた。いや、星明りの下だからこそというべきか。
長い髪はサンクテクォの毛並みをそのままに、基本的には白く見えるが見る角度によって色を淡く変えている。聖獣サンクテクォと違うのは、瞳の色だ。七つの色が複雑に配色されている。宝石のような美しさだ。
「びっくりだよな? でも、ちゃんとオレって分かるところが不思議だろ?」
「サンティ、これでも着て。私でも目のやり場に困っちゃう」
ミディエがサンティに精霊使いの上着を渡した。
「ありがとう、ミディエ。それでね、サンクテクォが、ううん、ファンデルが、ああ、どう言ったらいいんだろ。基本的にはサンクテクォの意識が強いみたいだからサンクテクォでいいか。そのサンクテクォがミディエに話があるって」
その美しい姿と声に誘われるようにして、眠りと覚醒を繰り返していたサンクテクォの幼体が木陰から姿を現した。黒い靄は纏っていない。
聖獣サンクテクォを継ぐ幼体は少し震えていたが、ミディエが安心させるようにその背中を撫でて抱き上げた。
この場所で何があったのか。ミディエには詳しくわからなかったが、ミディエが初めてファンデルとひとつになったサンクテクォの幼体と対峙した時、その後悔と謝罪の念は痛いほど伝わってきていた。
それと同時に、ミディエが抱き上げているサンクテクォの幼体が、ファンデルの力を使い多くの命を一瞬のうちに奪ったと理解していた。
だが、腕の中で少し震えるこの姿を見ると、ミディエにはその事実を容易には受け入れられなかった。ほんの数日前まで、組合の前に居ついていた頃のサンティとよく似ている。だが、この幼体が多くのスキアボスと、フィルとユーラン、そしてスタークとヴェールを殺した。それが事実だ。
「話って、なに?」
ミディエは、できるだけ穏やかに聞いた。
「相談があるんだ」
サンクテクォはそう言って視線を後ろに動かした。
「っ!」
ミディエが思わず声にならない声を上げた。
そこには、スタークとヴェールの遺体がいつの間にか並べられてあった。ふたりとも胸に大きな穴が開いている無残な姿だ。
そして、それだけではない。その周りに、多くの羽根の欠片や、水晶の鱗の欠片。かつてフィルとユーランだったものが集められていた。
「これはファンデルの意志であり力。それを分かった上で聞いて欲しい」
サンクテクォが言う。ミディエがそれにすかさず言葉を返した。
「これ? これって何? 皆を殺したこと?」
「そうじゃないよ、ミディエ」
サンティが詰め寄ろうとしたミディエの腕を握って言った。
「殺した力はファンデルの物だったけど、そうさせたのは、このサンクテクォの怒りだった。でもね、今からサンクテクォが話すことは、ファンデルの意志であって、ファンデルの力についてのこと」
サンティがミディエを落ち着かせるように、その腕を握る手に力を込めた。ミディエがそのサンティの目を見ると、唇を噛んで力を抜いた。
「うん、分かった。それで、なんの相談なの?」
ミディエがそう言っても、すぐにはサンクテクォの口は開かなかった。まだ少しの迷いがあるのだろう。ミディエは腕の中にいるサンクテクォが再び話し始めるのを静かに待った。
「僕は助けてくれなかったフィルとユーランが許せなかった。とても怖かったのに。でも、スタークとヴェールはそんなユーランたちを止めようとしてくれていたんだんでしょ? サンティに触れて知ったんだけど」
そう言って背中を撫で続けているミディエを見上げた。
「僕はね、ミディエが一生懸命スタークとヴェールを助けようと、持っているフォッシリアを全部使って傷を治そうとしてたのを見てた。でも、完全に命を閉じている二人にはそれもできなくて」
ミディエはサンクテクォが平坦に「完全に命を閉じている二人」と言ったことに再び怒りが湧き上がったが、それを察知したサンティが掴んでいた腕を離して両手でミディエの手を暖かく包んだ。
それを見ているのか見ていないのか、サンクテクォは話を続けた。
「フォッシリアじゃ無理だけど、彼らの中のファンデルの一部と、ユーランとフィルを使えばスタークとヴェールをまた動くようにできると思う」
「また、動くように? 生き返るってこと?」
ミディエが聞く。だが、サンクテクォは首を横に振って「分からない」と小さく言った。
「ねえ、ミディエ」
サンティがミディエの正面に回って話しかけた。
「オレも死んだんだよ。聖獣サンクテクォとしては、完全にその命を閉じていた。でも、ファンデルの力で生きた部分を再配列されて、ファンデルの身体と言っていいのか、ファンデルのごく小さな一部を使ってこうして生き返った。サンティとしての記憶や思考、その力に至るまで全てをそのままにね」
ミディエはサンティがそう言ったことで、ようやく全てが理解できた。
「そう。ノス・クオッドを創り出したときのように、聖獣を材料にしようというわけね」
ミディエにサンクテクォは頷いたが、全てを肯定はしなかった。
「基本的には同じだけど、もうスタークとヴェールにはファンデルの一部は入っているんだ。もちろんミディエにもね。だから、使うのはユーランとフィルの組織。でも」
サンクテクォは言葉を選んでいる。いや、言い淀んでいるのか目を伏せた。
「命を奪ってしまった僕がこんなことをしていいのかも悩んだし、スタークとヴェールは生きていた頃のままとはいかないかもしれない。ううん、まず間違いなく聖獣の影響が大きくなる。そのことの是非をひとりでは決められないんだ」
ミディエもすぐには答えを返せなかった。
ヴェールの肩を治した時のようにふたりの傷が治るなどという、ただそれだけのことではない。
命を閉じたふたりが蘇る。それも聖獣の身体を使って、かつてとは違う形で。普通のバルバリの民では、ノス・クオッドではなくなる。そういうことだ。
「やって」
ミディエが言った。
「やれることがあるならやって!」
もう一度決心を強く繰り返す。その言葉にサンティも頷いた。
「ユーランとフィルには申し訳ないけど、スタークとヴェールは私には必要なの。絶対にこれからもふたりがいないとダメなの。私のためだけじゃない。バルバリの、この世界の未来のために」
ミディエは言いながら泣いていた。ミディエの心の奥底から、身体の根源から沸き立つ想いがスタークとヴェールの生命を諦めたくなかった。
「分かった。で、提案しておいて悪いけど、成功する保証はないから。もちろんできるだけのことはやるけど、聖獣の身体もかなり痛めつけちゃったから」
サンクテクォはそう言いながらミディエの腕の中から地面に降りると、スタークたちの方へ歩いて行った。
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