第36話 新世界へのプロローグ 8
スターク、ヴェール、そして聖獣のユーランとフィル。四体の亡骸の集まる中心でサンクテクォはファンデルの一部を外に出し、ふたりの遺体と聖獣たちを繋いだ。
「サンティ、ふたりは助かるよね?」
ミディエがサンティに聞く。
「助かる、と言っていいのかな。とにかく、再び生命を宿すことは間違いないと思う。ふたりの意識も多く残して。でも」
サンティが話し終える直前、付近を包む空気が震えた。フィクスムはとっくに沈んだというのに、まばゆい光がファンデルを包む。
そして次の瞬間、ヴェールを中心に竜巻のような突風が吹き、スタークを中心に火柱が唸りを上げて空に昇った。
「でも、ユーランとフィルの力は強力だから」
サンティが目を細くし、細い腕で美しい顔を庇いながら、復活していくふたりを見つめる。
風と炎の渦の中でヴェールとスタークは、自身の手や穴が開いたはずの胸元を見つめて不思議そうに立っていた。
そのふたりの背後にファンデルはいた。
サンクテクォの上に、不気味な黒い影を浮かべている。八本の足でサンクテクォの背中に立ち、八本の腕でスタークとヴェールに触れている。
その様子をミディエとサンティはただ静かに見守っていた。
二人の影がスタークとヴェールから放たれる光に、ゆらゆらとシェニムの大地の上で揺れている。
やがてその光が収まるとファンデルの影はサンクテクォの中に消え、スタークとヴェールはふたりとも両手両膝を地面につき、肩で息をした。
「スターク! ヴェール!」
ミディエとサンティが駆け寄る。
スタークとヴェールの近くはまだ風が舞っている。熱を帯びた風だ。
「な、何が起きている? 私たちは一体?」
スタークが肩で息をしながらもしっかりとした口調で話した。
「うむ、儂も死んだような気がしたが」
ヴェールが胸をさすっている。違和感はまだ拭えない様子だ。
「えっと、どう説明しようかな」
ミディエが二人の顔を見て頭を掻いている。嬉しさや、驚き、色々な感情が渦巻いて、スタークたちの顔を正視するのも恥ずかしいような気がしていた。
「とりあえず私が見たことを説明するね。一番近くで見てたの、私だから」
ミディエは涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を手のひらで拭いながらそう言った。そのミディエに対して、スタークが何とか立ち上がり、つい言ってしまったといったふうに溢した。
「どうした、ミディエ。酷い顔だな」
スタークのいう「酷い顔」でミディエはスタークを睨み、ツカツカと彼の方へ歩み寄る。そして何も言わずに、まだ少し足元のおぼつかないスタークに抱きついた。
「良かった。生意気で嫌味なスタークで」
ミディエはスタークの胸に耳を押し当て、その確かな鼓動にまた涙を溢した。
「貴方たち、ふたりとも死んだんだからね」
ミディエからそう聞いても、スタークとヴェールは特別驚いた様子でもなかった。
「やはりそうか」
「だろうな、そんな気がする」
ふたりして他人事のように話している。
死んだ感覚があるが、今生きていることに実感がわかないのだ。そして感じる確かな変化。かつて生きていた頃とは違うものが身体の中にいる。
「一度死んだのはいいとして、この力は何だ? オルビスやフォッシリアの力とは全然違う」
そう言うとスタークは手のひらを上に開いた。その手のひらから拳ひとつ分の高さに、炎が生まれた。
「それはユーランの力ね」
「ユーランのだと? なるほどな、脳裏にバルバリの国の様子が浮かぶのもそのユーランの世界を見渡す力か」
ミディエは、あっさりと納得したスタークが意外だった。だが、確かに実感として感じていてもおかしくない。
「ならば、儂のこれはフィルの力か」
今度はヴェールが右腕を上に振り上げた。それほど力を込めていたようには見えなかったが、目の前の木が風により真っ二つに裂けた。元々が風使いのヴェールと呼ばれた男だ。ごく自然にフィルの力を使った。
「ユーランとフィルが砕け散るのを儂らが死ぬ前に見とったからな。ファンデルの仕業なのだろう? お前がファンデルか?」
ヴェールは周りを見渡して、見慣れない少女に向かってそう言った。
「違うよ、この子はサンティ。ファンデルは後ろ」
言われてヴェールと、スタークも振り返る。そこにはサンクテクォの幼体がいた。元々はミディエがサンクテクォの幼体をサンティと呼んでいたはずだ。だが、そのサンティは二人が初めて見る少女がそうなのだとミディエは言う。スタークたちは少々混乱した。
「ミディエ、どういうことだ?」
「サンティ、私たちと旅してたサンクテクォね。サンティも、やっぱり一度ファンデル、というか、ファンデルと一体になったその新しいサンクテクォの幼体に殺されたの。で、昔ファンデルが聖獣からノス・クオッドを創ったように、サンティからこの子を創った。サンティの記憶をそのままに残してね。だからこの子はサンティ。分かった?」
スタークは、サンティとサンクテクォを交互に見た。その表情は険しい。
「では、このサンクテクォの中にファンデルが棲んでいるということか。そこまではユーランたちの思う壺だったというわけだな」
「そうね。でも、その力は想像を超えていた。ファンデルの力というより、聖獣の身体とひとつになったファンデルの力が。復讐なんてする間も無く、一瞬でバラバラ。今思い出しても震えちゃう」
ミディエはそう言って、自分の一度失った左腕をさすった。
「それはわかったが、なぜ儂らを救う? なぜ今ものんびりとファンデルを前に話しとるのだ?」
ヴェールのやや荒い語気に、ファンデルとしてのサンクテクォは首を縮めた。
「それはボクが悪いんだ。ファンデルが悪いんじゃない」
幼体のサンクテクォが小さな声で話す。
「ファンデルは今ボクと一緒にいるけど、眠っているのと変わらないんだ。ボクが働かせようとしない限り、何もしない」
「つまりは、ファンデルは強力なフォッシリアみたいなものということか?」
スタークの言葉に、サンクテクォが頷く。
「簡単に言えばね。そう理解していても不都合はないよ。ただ、ファンデルから語りかけてくることもある。選択肢を与えられることが。でも、あくまでも決定権は僕にあるんだ」
決定権と聞いて、ヴェールがサンクテクォに二歩、三歩と近づいた。
「では、ファンデルを追い出すこともできるのか?」
サンクテクォはヴェールを見上げて頷いた。
「できる。できるけど、その必要はないと考えてる」
やや怯えたように身体を硬直させて答えているサンクテクォだが、視線は鋭い。真っ直ぐヴェールを見てブレない。ファンデルと共にあり続ける覚悟の強さを見せていた。
「何故か聞いても良いか?」
ヴェールがサンクテクォに聞く。サンクテクォの視線が僅かに揺れた。
「自信はないんだけど、ファンデルが言うんだ。アンテが必ず攻めてくるって。もう眠っている場合じゃないって」
その答えに、スタークとヴェールは顔を見合わせた。
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