第37話 新世界へのプロローグ 9

「『アンテの時間稼ぎ』が終わったということだな」

 スタークは、バシリアスの部屋にあった本に書き込まれていた言葉を借りて言った。

「その辺りのことは、多分イーツが気に掛けてくれていると思う。凄く頭のいい人だから」

 ミディエは他意なくそう言ったが、ヴェールが口を尖らせた。

「儂は酒を飲むばかりで役に立たんか? そのイーツは儂の教え子だぞ」

「何、ひがんで。さっきまで死んでた人が言うこと? 全く、能天気さは変わらないんだから」

 ミディエはため息混じりに返しながらも嬉しそうだ。

「あ、そんなことよりちょっといいかな?」

 ミディエは「そんなこと」と言われてまた不服そうな顔をしたヴェールを無視して、視線を動かした。その先には少女の姿になったサンティがいる。

「僕のこと、だね」

 ミディエはサンティの顔を見たあと、空を見上げて息を吸った。

「サンティ、君はファンデルに創られたんだよね? 僕たちノス・クオッドみたいに、聖獣を材料に。サンクテクォの亡骸を素材にして」

 言い終えてミディエは再びサンティを見つめる。不思議と聖獣だった頃のサンティと話す気分と全く変わらない。それが少し不気味なくらいだった。

「そう。最初に言ったように、僕も死んだんだ。スタークたちと同じように。そして、ファンデルに新しい命を与えられた。でも、僕は聖獣を材料にしたとは言っても、ユーランとフィルの一部を使ったスタークたちとは違う。僕はサンクテクォそのものだからね」

 ミディエはサンティが話している間、じっと七色に光る目を見ていた。

「じゃあ、どうして人の姿なの? これはファンデルに聞いたほうがいいのかな。どうしてって」

 ファンデルを宿したサンクテクォは皆の輪から一歩下がった位置にいる。サンティは、そのサンクテクォの方を見ることなく、首を横に振った。

「いや、僕が答えるよ。それは僕が答えるべきだから。だって、僕がそう望んだんだから。ミディエたちと同じ姿になりたいって」

 サンティはそう言い終えた後で、サンクテクォの方を見て一回頷いた。

「僕はね、聖獣という枠から外れすぎたんだと思う。先代のサンクテクォがもう一体幼体を発生させたと知って、正直ホッとしていたんだよ。僕がサンクテクォを継ぐ必要もないなって」

「それが今の姿に関係あるの?」

「あるみたいだね。ミディエが好きだから」

「え?」

 思わぬ答えに、ミディエはどぎまぎした。

「一緒にいるにしてもミディエたちと同等に旅したいと思ったから。ザックワーズ公やイーツに『言葉を話す聖獣』として、驚かれて、ちょっと怖がられて、それも少し楽しかったけど」

 そう言って笑顔を浮かべるサンティは、いたずらっ子そのものだ。

「だけど、いつも宿の外で一人待つのはつまらなかったし、ご飯だって一緒に食べたかった」

 サンティは照れたようにそう言った。

「じゃあ、その姿になったのは、ファンデルの力じゃなくて、サンティの意思でそうなったってことなの?」

 ミディエが首を傾げる。なぜそれをファンデルと一体になったサンクテクォが叶えたのか。それが分からなかった。

「三人の利害の一致ってやつかな。サンクテクォは二体いらないし、僕は聖獣であることに疲れていたし。ファンデルは安定した生命体である聖獣の力を借りることで、やはり安定した力を持てた。サンクテクォは、迫るアンテに備えて強くあろうとした。まあ、新しく命が動き出したのはファンデルのおかげだけど、この姿や今後の生き方については、ミディエの言う通り、僕の意思ってことになるね」

 ミディエはサンティが説明する間、心の奥に不安を押し込めているような感じを受けた。わがままが聞き入れられるのか。特にスタークとヴェールに対して、そういう不安を持っているのが、七色の光を持つ瞳から伝わっていた。

 ミディエは、自分よりもほんの少し小さくなったサンティの肩を優しく抱き寄せた。

「不安がらなくて大丈夫。みんなもサンティのこと好きだから、安心して。今度からご飯も一緒に食べようね」

 話が一区切りつくと、今度はヴェールが口を開いた。

「ミディエも相当疲れているのではないか? 足元が随分と危ういぞ」

 ヴェールが言う通り、ミディエも疲れ果てていた。それに、スタークとヴェールにしても、間違っても元気だとは言えない。

「サンティ、この近くに休めるところはないのか? とても宿があるとは思えんが」

 サンティは少し考えて口を開いた。

「確かに宿みたいなものはないけど、神殿の巫女に頼めば、僕たちを一日一晩くらいは面倒見てもらえるんじゃないかな」

「なるほど、神殿か。それならついでに少し話も聞けるかもしれんな、バシリアスについても」

 ヴェールはそう言ったが、スタークは眉間の皺を深くした。

「今更バシリアスについて聞いてどうする? ファンデルがここにいると言うのに意味はなかろう。変なところでイーツと競っているんじゃないのか?」

 スタークにそう指摘されて、ヴェールは咳払いした。意外とミディエの言葉を根に持っているようだ。そのミディエが笑っている。

「イーツはイーツ、ヴェーちゃんはヴェーちゃんでしょう? イーツは頭が良いとは言ったけど、ヴェーちゃんが、その、ねっ。ダメみたいなことは言ってないじゃない?」

「何故言葉に詰まるのだ、ミディエ。ふん、どうせ儂はオルビスとも繋がっとらんただのジジイだからな」

 年甲斐もなく拗ねるヴェールに、ずっと黙していたサンクテクォが近づいて口を開いた。

「そうだった、ヴェール。これを貴公に託したかった」

 口を開けたサンクテクォの舌の上には白い石が乗っていた。支配のオルビスだ。

「オルビスの力は私に一旦戻ったことで、完全に復元されている。これを貴公に預けたい」

 本当に初めからそのつもりだったのか。ここにいるヴェール以外全ての者が訝しんだが、その支配のオルビスがヴェールの耳に収まった。

「私の、ファンデルの力の中でも、支配の力は特殊で強力だ。ヴェールにこそ相応しいと思うよ」

 ファンデルの意識をもったサンクテクォがヴェールに言う。

 思わぬところからの思わぬ重責に、ヴェールはなんとか心を落ち着かせようと何度か深く呼吸した。

「ふうむ、そうか。では、とりあえず儂らは一旦休もう。動き詰めで頭も働かん」

 明らかに動揺しているヴェールを見て、サンティがコロコロと笑った。

「それじゃあ、神殿へ案内するね。みんな僕について来て」

 サンティはそう言って風穴の横を抜けて森の奥へ向かった。

 サンクテクォはその場で全員を見送っている。これからファンデルの力を持った聖獣サンクテクォとして、どういう働きをするのか。自分達を見送る瞳の色に、サンティはその覚悟を見た気がした。

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