第19話 エスと新たな脅威 2

「二手ということは、シェニムとフィクスムの塔に分かれるということだな」

 浄化の道筋が見えてきたころ、多くのノス・クオッドは眠ることを選んだ。だが、バルバリを名乗った一部のノス・クオッドは、今でも「ジェイド湖の底」に生きている。そのバルバリの道を示したのがエス。

 そのエスはフィクスムの塔の光により一万年経った今でも姿を変えず、その意志を伝えている。

「ならば吾輩はもう一度エスに言葉を授かろうと思う。このような小国、数日王がおらぬでも問題なかろう。その王もそもそもよそ者だ」

「ミディエはどうする?」

 スタークはイーツに同意し、食事がひと段落着いたミディエに聞いた。

「私はやっぱりファンデルが気になる。ユーランがいたとしてもね。でも、エスの所に行きたいとも思う。あの時は私たちも何も知らなかったから。ファンデルの目的、それを知らなきゃいけないし。それに、今ならなぜエスが生きたいって泣いていたのか分かるかもしれない。何よりそのエス自身、本当の目的があって今も生きているのか、誰かから生かされているのか分からないから、それも確認したいかな」

 ミディエは皆を導く者だ。ミディエの迷いは全員の迷いに繋がる。スタークは検石主としてのミディエももちろんだが、個人としてのミディエも自身の目の届くところに置いておきたかった。いや、ミディエの目の届くところに自分がいた方が安心できると言った方が正確だろう。

「エスに話を聞くのは誰でもできる。イーツ、一人でも大丈夫だろうか?」

「無論、問題ない。あの場所なら危険もない。吾輩のみで充分」

 スタークとイーツは力強く頷き合った。

「サンクテクォ、その後ユーランたちはどうだ?」

「静かなものだ。シェニムでのんびりとファンデルを待っているのだろう。ファンデルがシェニムに辿り着くのは、今のまま飛び続けたとしても明日のフィクスムが昇ってからだな」

 サンティの言葉に、スタークは頷いた。

「では、それで決まりだ。エスはイーツに任せる。ミディエ、剣と聖獣の力が及ばない時、必ずお前の力が必要になる。頼むぞ」

 初めて直接スタークからハッキリと頼られ、ミディエは胸の検石主のフォッシリアを掴んで頷いた。

 スタークたちの会話を聞いて、しばらく目を閉じていたイーツがこれまでに誰も考えもしなかったことを語り始めた。

「吾輩は、エスはバルバリを操るための道具かもしれんと考え始めている」

「イーツ、それはどういう意味だ。分かるように話せ」

 ヴェールに言われ、イーツはイスに深く座り、息を吸った。

「ノス・クオッドはファンデルが聖獣から創った。ファンデルは無数のマシナから突如発生した。そうだったな?」

 イーツが円卓を見回すように視線を送ると、全員が頷く。特にサンティは「間違いない」と声を出した。

「ファンデルは当初、自分のコピーであるオルビスに、ファンデルが停止した後の未来を託し、のちに自分を復活させるようにさせていた。そのエネルギーの源がノス・クオッド。だが、ノス・クオッドはフィクスムの光なしでは行動できない。そこで、長くフィクスムの光がなくとも動くことができるノヴィネスを作り、穢れを浄化させた」

 イーツはスタークたちがユーランから聞いた話を、再度確認している。

「そして、穢れを浄化させる目途が立った時、多くのノス・クオッドは機能を停止していたが、一部動き続けたものがバルバリと名乗り、エスに導かれる」

 再びイーツが言葉を区切った。しかし、誰も何も言わない。イーツの言葉の先に何があるのか全く想像できないのだ。

「エスはノス・クオッド、バルバリ。呼び名はどちらでもいいが、ファンデルのコピーに創られたそれらの一人だ。フィクスムの塔を作ったのもノス・クオッドのはず。そのエスが『生きたい』と泣くなど、吾輩には信じられん。無論、ミディエの言葉は信じる。だが大事なのは、エスが、ノス・クオッド、ファンデルの一部、マシナの成れの果てだということだ。我々もバルバリだ。同じくマシナの成れの果てと言うかもしれんが、少なくとも我々は自分で自分のことを機械だとは思わん。我々は人間だ。そうだろう? 一万年の時がそう変えていった。だが、エスもそうだと言い切れるだろうか? 少なくとも吾輩は、ブロアヒンメルの王となれと言ったエスを同じ人間だとは思えなかったよ」

 これ以上言うことはないと言わんばかりに、イーツは飯を口いっぱいに頬張った。

 しばらくの静寂が宮殿に満ちた。まだイーツの言葉をまっているらしい皆に、イーツは口の中のものを水で流し込んだ。

「今これ以上考えても無意味だろう。エスに会う。それが一番の近道と再認識したのみ。吾輩の話はこれまでだよ」

 今度は態度ではなく言葉ではっきりと話の終わりを告げると、ようやくミディエが口を開いた。

「でも、今日はもう休ませてもらえるよね? もう外は真っ暗だもの」

 ミディエがスタークに尋ねると、スタークは「そうだな」と頷いた。

「儂らはファンデルか。この剣が誰の血も吸わずに済めばよいが」

 ヴェールがミディエに治してもらった肩を左手で触りつつ、腰の剣の重みを右手で確認した。剣が振れるようになったものの、まだ実際にはその力を試していない。若干の不安もあるのだろう。そのヴェールに気遣って、スタークが声をかけた。

「親父、一宿一飯の恩にこの国の周りのガルでも狩るか?」

「なるほど。儂の肩を食いちぎった奴に年寄りを舐めるなと言ってくるか」

「まだ年寄りと呼ぶには早すぎるだろうに」

 ガルは貴重な食糧でもある。一般的には光槍のフォッシリアで狩るのが主流だが、二人は剣で狩るつもりだ。

 スタークとヴェールは楽し気にそうやり取りして、部屋を出て行った。

「完全に仲直りしているみたいね」

 ヴェールの肩に手をやって出ていくスタークをミディエと共に見て、サンティもどことなく嬉しそうだ。

 そして、王宮の中やその塀の外で、それぞれの夜を過ごす間。一足先にエスのもとへと飛ぶ者がいた。

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